近代戦史と国際情勢の研究、考察

旧北方領土(樺太、千島列島)の史実伝承

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 この日米両軍の大計画が、単に机上のものにとどまり、現実の日程にのぼらず、流血の惨事と国土の
 荒廃を未然に防ぎ得たことは、日米両国民にとって幸いであったと言わなければならない。
 (中略)
 阿南陸相は、かっての濠北方面軍司令官として、ビワク島の戦いで一度アイケルバーガー軍の上陸を
 撃退した経験があるので、海岸の直接配備で、決戦をやるべきことを強調した。そうして自ら九州、
 関東と陣地の構築状況を視察に出かけた。(中略)

 阿南陸相は、その戦況説明で「来るべき本土決戦においては、勝利の事実をもって、国民諸君の熱烈
 なる御支援に答えん」と結んだが、すでに濃厚なる敗色は拭い去ることも出来なかったし、予期され た万雷の拍手を聞く事も出来なかった。

 本土決戦における勝算についての、梅津、阿南両大将の腹は、前述のような太兵をあつめて、1回戦
 においては必ず勝ち得る。だが、2回戦以後は補充が続かないので自信はない。
 1回戦において、大打撃を与えた時期に、なんとかして有利な終結に導き得ないものか、というので
 あったようである。

 私(著者)は、7月初め、広島司令部に転勤を命ぜられた。ちょうど、原爆投下の1ヶ月前である。
 離京を前にして、梅津、阿南の両将が、ささやかな送別の宴を張ってくれた。

 2人の将軍は、大分の出身で、しかも少年期を熊本で過ごしている。始めて少尉に任官したのも、東 京の同じ歩兵連隊であったという。クラスは梅津さんが3期上である。阿南さんにしてみれば、梅津 さんに同郷の、しかも同連隊の出身で、同じ将校団の先輩であった関係上、なにかと教えを仰いでお られたようである。

 この2人の将軍は、敗戦日本を、その最高の責任者として背負って立たなければならなかった。
 私は東京を去るにおよんで、この2人の将軍にからまるであろうところの悲劇を、想像せずにはいら れなかった。(完)
 
*higuma786
「大本営発表」の著者(元大本営報道部長、広島軍管区参謀長、陸軍少将)の記述はここで終る。
幾十年ぶりでこの本を読み直しながら、要点をかいつまんでご紹介した。
 この書は原本で、昭和27年5月20日に発行されたもので、同年7月10日までに6版を重ねてい る。復古版は2,500円くらいで入手可能なので、ご希望の方は書籍で乞ご検索。
 ご来訪いただき、お読みいただいた方々に深く御礼申し上げます。有り難うございました。

 *この写真は、鵜城漁港風景。
 
 
   


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