|
産経新聞「緯度経度」欄(6月23日付)で、「朝鮮通信使」が詳しく取り上げられていて、最後には交 流の難しさが語られていて、なるほどと思わず納得したので、ご紹介する。
朝鮮通信使はあまり耳にしない言葉だが、江戸時代に朝鮮(韓国)から日本に派遣された公式使節団 で、今年が400年。そしてこれにちなんで日韓双方で記念行事が活発だという。
以下産経記事を要約する。
日韓が友好関係にあった時代の文化交流の再評価というわけだが、当時、日本各地で庶民レベルにま で関心を呼んだ朝鮮通信使は、いわば”韓流”の草分けだった。朝鮮通信使は計12回派遣され、毎回4 00人前後の大規模なもので、対馬経由で江戸に向かい、往復6ヶ月、海路や陸路で日本を旅した。
一行は日本のいたるところでで歓迎され、漢詩や書、儒教思想など「文化」を求める日本人が押し寄 せ、その様子は「群倭が雲の如く集まった」などと使節団の製述官(書記)が日本訪問記に書いてい るが、日本のことを終始「倭」といい、日本人のことを「群倭」と書いている。
これは明らかに蔑称で、日本側の朝鮮通の接待役が日本、日本人と言ってほしいと抗議した。
それに対してこの著者は、蔑称は(朝鮮を侵略した)豊臣秀吉への悪感情から出ているのだから理解 しろといい、秀吉論になる。さらに加藤清正は最も凶悪なので、その子孫などとは会わないので、
面会者には気をつけてくれという。
秀吉の朝鮮出兵はこの時より120年前のことである。豊臣家を滅ぼした徳川家ということで、、朝鮮は
徳川幕府と国交正常化し使節団を派遣するようになったのだが、依然こだわりは強かった。
そのため一行は京都での大仏訪問予定も、秀吉ゆかりの寺だから訪問を拒否すると言い出し、おおも めしている。
最近の北朝鮮の労働新聞など国家メデイアが日本のことをしきりに「倭国」とか「倭王」(天皇)な どといった言葉を使っている。国家的次元で日本をバカにしたつもりなのだが、いわば400年前と同じ
国家感覚ということだろう。
21世紀の現在、韓国のマスコミは日本の天皇を「日王」と称し、格下げ気分で溜飲を下げている? が。しかし「海遊録」における日本見聞で興味深いのは、当時の日本について、精巧、清浄、精麗な どの言葉を使い、その清潔さやすべてにきちんとしている様に驚きを示している。
幕府の重鎮で儒学者の新井白石などは「軍事では日本にかなわないので文でその恥をそそごうとして いる」と冷めた見方をしていたことで知られる。
「朝鮮通信使」に対する「日本通信使」は最後まで実現しなかった。本当の相互交流にはなっていな かったのである。以上
*higuma786所見
これを読んで現在の韓国や北朝鮮の反日感情やものの見方などが、今次大戦にはじまったものではな いことがよおーくわかり、納得した。
「元寇」の日本襲来のとき、先兵として真っ先に対馬を侵攻し、暴虐の限りを尽くしたのは、日本を 今も侵略国呼ばわりする朝鮮民族であることを日本人は決して忘れてはならない。
彼らは所詮こういう民族なのだ。日本人の皆さまご感想は?
|
当時日本の外交窓口になっていた対馬藩が日本の徳川将軍の文書を勝手に封を空け改竄したり書き換えて「低姿勢」宥和外交を続けていたようですね。現在の外務省チャイナスクールに似ているように思えました。国全体より自己組織(省益)優先の点では今の日本も努力が必要と思います。竹島なんか政府と外務省の先送りで解決の見通しありませんからね。
2007/6/25(月) 午前 11:45
有り難うございます。対馬藩のからくり工作、はじめて知りました。竹島、北方四島共に日本領土なのに、日本国の指導者にはもう
「大和魂」が喪失しているのでしょうか?
2007/6/25(月) 午後 1:03 [ hig**a78* ]