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この頃、樺太各地に展開し駐屯するソ連軍の悪行に関する噂が続々と入ってきた。
悪名高いソ連軍の略奪、暴行は予期していたとおりだったが、意外だったのは日本人の時計や万年筆を
名称を挙げて要求しているらしいことだった。
そして略奪した時計は両腕にいっぱいつけ、万年筆は胸ポケットにいれ、ところかまわず書きなぐり、
インクが切れるとそのまま捨ててしまい、時計も同様、動かなくなると捨てる兵士がほとんどだったと いう。要は彼らの多くが所持していたことなどなく、インクを補充したり、時計のネジを巻くことを知 らない結果だという。
誰もが知っていた精神病の若い女性が、親が目を離した一瞬にソ連軍の目のとまる場所に歩き出し、
ソ連兵に集団レイプされた悲劇は、電波のような速さで樺太各地の日本人に広まった。
ソ連軍の占領地での略奪、暴行は、よほどのことがない限り、上からは黙認されていたようだ。
後年、わたしたち一家と交流したソ連兵は、
(自分たちロシア人は、家族をドイツ兵に殺されたり、姉妹をレイプされた者が多い。
だからその後ドイツに侵攻したときは同じことをして復讐してやった)
と話している。
帰国後、調べてみると、日本進駐の米軍でも同じようなことが多発している。
やはりこの頃、隣町の日本人に、粗末な「日露会話集」を売りに来た業者がいたことを聞いた父は
情報先を調べこの小冊子を入手した。
(樺太がソ連軍に占領された以上、これからはロシア語が必要になる)
そんな思いから父はいちはやくこの本で猛勉をはじめたのだ。
幸い父は元外語専門学校ポルトガル語科出身で、ブラジルはじめ海外移住経歴もあったが、健康を害し
帰国して師範学校に入りなおし、教員として再出発した人だった。
だから外国語に対する素養はあったのだ。
そしてある日、父はこの2人の駐屯ソ連兵を自分のロシア語の家庭教師にしようと交渉することにな る。(次回に続く)
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