近代戦史と国際情勢の研究、考察

旧北方領土(樺太、千島列島)の史実伝承

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 樺太各地でのソ連兵の悪行が聞こえてきても、村の治安は2人のソ連憲兵によって完全に保たれてい  た。2,3度どこからかソ連兵の数人が侵入してきたが、いずれも敏速な2人の行動で、村から追い返さ れていた。彼らソ連兵は身を賭して職務に専念していた。
 私たちや村人のソ連兵への信頼感は日増しに大きくなり、彼等は本隊から定期的に食糧物資を届けに来 る輸送兵たちに、逆に村人からプレゼントされた農作物を与えたりしていた。
 ソ連兵は人参や大根の青い根元が好物で、さっと水で洗ってからうまそうに生でむしゃむしゃと平気で
 食べた。

 ある朝、入り口で歯を磨いていたコーリャ伍長がジェスチャーで鳥撃ちの姿勢をして、時間を示し、
 自分の足元を指差した。
 (鳥撃ちに行くからこの場所に〇時、待っていろよ、いいかい?)
 わたしは即座に指で丸輪をつくり、振ってみせた。

 ソ連兵の歯みがきは、ブラシは中指で、口中の水を吐き出しながら洗う。
 はじめは両手ですくった水のなかで、顔を左右に動かしながら洗い、それから歯磨きが最後の手順だ。

 わたしは家に戻り、コーリャ伍長と鳥撃ちに行くことを母に伝え、大急ぎで身支度した。
 
 こんな日はたいていが快晴日でわたしも気持がよかった。
 でも内心、コーリャ伍長を馬鹿にしていたことがある。それはいつも射撃に夢中になるくせに、これま でも獲物に命中したことがなかったからだ。

 わたしが喜んでついていったのは、半ば伝説になっていた大鷲をみつけ、彼が射止めることができたな らという淡い夢を抱いていたのかもしれない。コーリャには大鷲の話はすでに伝えていて、彼は「どん なに大きくても、見つけたら必ず仕留めてやる」と大乗り気だった。
 
 でも大鷲は現れず、なぜかこの日は烏の声だけが騒がしく森に響いていた。そして枝の烏を狙って発射 する自動小銃の弾は当たらず、わたしはまた(いつものとおりだ)と退屈な気持になっていた。

 そのときコーリャは口に手を当て、「シー」とわたしに合図すると、川岸に低姿勢でずりよっていっ  た。彼の視線を追うと向こう岸の大木の枝に大きな烏が止まっていた。

 そおっと銃を構えたコーリャはいきなり発射した。鋭い軽音が森に響きわたると、枝から黒い影が垂直 にどさりと落ちた。わたしもたしかにそれを自分の目で捉えていた。
 小躍りしたコーリャはわたしに振り向くと、「どうだ、見ただろう、命中したよ!うまいだろう!」と
 得意げにわめき、「パイジョン、ビステリ、ダワイ、ダワイ(さあ、はやく取りに行こう)」とわたし をせかせ、もう自分は河の中をザブザブと渡りはじめた。

 たしかにあの距離(約80メートル)で烏を撃ち落したのは凄いと思ったが、いつもはもっと近くでも 当たっていなかったので(まぐれだ)と言う気持が強かったが、(そんなことをいうと本気で怒るだろ うな)と考えなが ら河に入った。流れははやく、深さも増し、危うく倒れそうになり、大声でワーシ ャを呼ぶ。

 渡り切っていたワーシャは慌てて河に戻ると、わたしの手を引き、一気に向こう岸に渡る。
 そして自分は急いで烏が落ちたあたりに探しにいった。

 いつの間にか日が落ちて、全身ずぶぬれのわたしの身体は冷えていき、やがて寒さで震え始める。
 コーリャも腰下は濡れていて、さすがに寒さに気がついて「はやく帰ろう」と帰途を急いだが、
 大きな烏を射止めた満足感で上機嫌。烏を何度もわたしに見せながら、「うまいだろう」と自慢した。

 晩夏の樺太は秋の訪れがはやく、日没も20時頃とはやくなる。
 校庭に戻ったのはその頃で、薄闇が迫っていた。
 校長宅前に人影が見え、それがわたしの父母とワーシャ軍曹だとわかったとき、コーリャ伍長は得意げ に手の大烏を振って収獲があったことを知らせた。
 だが近づくにつれ雰囲気は変だった。
 父母は固い表情で突っ立っており、ワーシャ軍曹の顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
 そしてコーリャ伍長が差し出した烏を引っ手繰るように奪いとったワーシャ軍曹は、空中に放り投げ、
 鋭い声でコーリャに早口で何事かをまくし立てた。
 それは日頃温厚なワーシャ軍曹ではなく、戦場で部下のコーリャ伍長に命令する厳格な上官の姿だっ  た。
 
 コーリャ伍長の表情は次第に青ざめ、まるで叱られた子供のようにうなだれて、父母に一礼すると
 宿舎に入っていった。

 このときわたしは瞬時に何が起こったのかを悟った。
 
 案の定、父母は帰りの遅いわたしたちを案じ、宿舎のワーシャに聞きにいっていた。
 そして父の激しい性格から、上官としてのワーシャ軍曹の責任を追及していたらしいのだ。
 ちょうどそのとき全身ずぶぬれのわたしとやはり腰から下が濡れたコーリャがのんきに姿を現わしたの で、温厚なワーシャ軍曹が切れ、コーリャ伍長を叱責したのだった。
 職務遂行中の彼らの厳しさは聞いていたが、わたしが上官としてのワーシャ軍曹と部下のコーリャ伍長 のこんな姿を見たのは初めてで、ソ連軍人の厳しさの一面を垣間見た気持になった。(続く)


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