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わたしを山に鳥撃ちにつれていき、万事の不手際さから上官のワーシャ軍曹に厳しい叱責をうけ、
顔面蒼白になり、意気消沈して謹慎していたコーリャ伍長だったが、数日後にはいつもの明るくひょう きんなソ連青年に立ち直っていた。
ここでソ連軍の階級について説明すると、欧米諸国同様に、日本陸軍の軍曹に当たる階級には1等、2 等があり、ワーシャ軍曹のすぐ上には郵便局マーク状の白帯の准尉があった。
このことはのちにほかのソ連兵との会話でわかったことで、それならばワーシャの階級は軍曹ではなく
曹長で、コーリャ伍長より2階級上の上官だったのだ。これからはワーシャの階級を1階級あげる。
閑話休題。
そしてコーリャ伍長はわたしを再度、鳥撃ちに誘い、ワーシャ曹長も了承したらしい。
もう誘われる事などないだろうと思っていたわたしだったから、母に話すとしばらくしてOKがでた。
父が承諾したのだ。あのこと以来、ワーシャと父の間でわたしの鳥撃ち同行に関して話し合いがあり、
息子の安全に万全の手を尽くす約束で話がまとまったようなのだ。
コーリャ伍長はいつものように陽気ではしゃいでいたが、上官に叱責された日のことは口に出さず、
わたしも聞かなかった。
いつものように枝の小鳥を狙って撃つのだが成果はなく、彼はやがて木のまばらな場所にくると、
ポケットから白いシガーケースを取り出すと、手ごろな切り株の上に立て、わたしの場所に引き返して きた。このシガーケースは日本人の誰かから手に入れたものだとすぐにわかった。
彼らソ連兵はいつもマホールカというきざみタバコを手巻きにして吸っていて、シガーケースなど必要 はないからだ。
(わざわざこれを的にして撃つためにきたのか?)ふと思ったとき、コーリャはいきなり手にする自動 小銃・マンドリンをわたしに放り投げるようにして渡すと、「撃て!」とシガーケースを指差した。
そして2,3メートル離れた草原にどかりと腰を下ろすと、ポケットからマホールカの手巻き器を出し 葉を紙に落とし、一心に巻き始めた。
家では弾倉を外したこの銃に何度となくさわり、持ったこともあったが、いまこの銃には弾倉が装着さ れ、安全装置も外されたままで、しかも単発、連発など操作もすべて承知のわたしが所持しているの だ。しかもコーリャ伍長はタバコを巻きながら離れた場所からわたしに「撃て、撃て」と指示してい る。
これが日本兵なら絶対に行なわないあまりにも危険な行為だった。わたしはつい最近まで敵国の少年で
日本軍の銃器の操作にも精通していて、この自動小銃の操作にも詳しい。いくら親しくなったとはいえ
慎重な者なら絶対にしない行為だ。
ロシア民話「イワンの馬鹿」にででくる(あまりにも人のよいロシア人イワンみたいだ!)
この民話を知っていたわたしはそう思った。
一瞬、わたしが(彼に向けて引き金を引いたらどうなるだろう?)
と思わなかったなら嘘になる。
でも家族のことが頭に浮かび、憎しみのないコーリャを撃つ気持にはならなかった。
タバコを巻き終わり、煙をくゆらせ、わたしを見たコーリャ伍長は、「撃て、撃て」とわたしを促す。
わたしは白い的に銃口を向け狙いをつけるが、照準が高すぎて調整の仕方がわからない。
でもそのまま引き金を引いた。
「ターン」鋭く軽い発射音が響き、薬きょうが上に飛んで行くのが目に入る。
的はそのままだった。
「撃て、撃て、連射で撃て!」コーリャの声が聞こえる。
単発で5,6発撃つが、当たらない。ふとコーリャの顔をみると、まるで兄貴のように指示している。
わたしは引き金上のレバーを手前に引いて連射にし、思い切って引き金を引く。
「タ、タ、タ、タ、タ、タ」右肩が押され、銃口が上向きになる。的を狙い、また引く。
連射で20〜30発は撃ったが当たらず、的はそのままだった。
コーリャの顔が笑っていた。(どうだ。なかなか当たらないだろう)そういいたげに。
戦後の樺太(サハリン)在住者のなかで、ソ連軍のこの自動小銃の操作を知り、発射した日本人体験者 はおそらくわたしだけと確信する。 この貴重な体験もわたしの財産のひとつなのだ。
そしてその銃の名称、仕様は下記の通り。
記
PPSH M1941 サブマシンガン
口径7,62mm 71発ドラム弾倉
通称 マンドリン
*この自動小銃のすぐ後に開発されたのが、いまでも武器商人によって売買されているAK47銃。
(続く)
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