近代戦史と国際情勢の研究、考察

旧北方領土(樺太、千島列島)の史実伝承

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 2人のソ連兵が北緯50度線の日ソ国境周辺での日ソ両軍の激戦の模様を、(大変な戦闘でお互いに
 多くの死傷者がでた。思い起こすのはいやなのでもう語りたくない)と言ったのは真意で、当時樺太師 団参謀長だった鈴木康生大佐の著書「樺太防衛の思い出」から大要を引用すると、この国境周辺の戦い で、
 「日本軍2小隊と約100名の警官は、敵第16軍の前衛大隊の攻撃を猛射を以って制圧し、更に一部 を 以って攻撃を敢行し、敵を震がいした。」
 そして
 「敵師団長の自ら指導する1連隊と、勇戦敢闘一昼夜にして遂に玉砕し、開戦頭初に偉勲を奏し、彼我
 両軍に対し異常の感銘を与えた。」

 更に国境陣地各方面の奮戦では、
 「実力1中隊の小林大隊は古屯を守って、2連隊・戦車・飛行機各数十・砲200門との二日間に亘る死  闘、玉砕は敵肝を寒からしめたものだった。」
 
 「この方面の我が死者568名、敵は1000名。その某中隊の如きは、120名中残兵は30名だった。」と語っ ている。

 国境周辺での日本軍のこの奮戦、死闘で、ソ連軍の南下侵攻の日程は大幅に遅れ、スターリンの北海道
 北半分占領計画は米大統領・ルーズベルトの反対にあい、挫折することになる。

 もし予想以上の日本軍の抵抗がなかったなら、北海道はドイツや朝鮮半島のように国土は二分され、北 方四島のようにいまでもロシアの実効支配のもとに置かれていた可能性はある。
 戦史をたどると、北海道侵攻作戦に呼応して戦闘に参加するためのソ連潜水艦10隻が、北海道留萌沖の
 海底に待機していたのであう。
 それを考えたとき、我々日本人は命を捨てて樺太の防衛に尽力してくれ、スターリンに北海道侵攻を断 念させた樺太師団の将兵に対して心から感謝の念を捧げなければならない。合掌。

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