|
書斎を整理していたら、「大本営発表」(松村秀逸著)が出てきた。出版は日本週報社で、初版は1952 年(昭和27年5月)で、なんと同年7月までに再販は6版を数える。これで多くの日本国民が買いあさっ て読んだことがわかる。この年がどんな年だったかといえば、国内では改進党が結成され、追放解除さ れた重光葵が総裁に就任し、吉田首相が衆議院を抜き打ち解散し、国際的には李承晩ライン(韓国)が 設定された年である。
ご存知の方はあまり多くないと思うのでご説明すると、この本の著者は、大本営報道部長、広島軍管区
参謀長の要職にあった軍人(陸軍少将)で、原爆の被害者でもある。
「大本営発表」と聞けば、日本国民はあの「嘘発表」かという印象が強い大日本帝国陸海軍部の事実を 隠した報道だったが、(どこの国でも戦略上の情報操作はあるものの)日本の場合はそれが過度すぎ た。そんな大本営の要職にあった軍人の著書に触れることは、日本軍の実態を解明する上でも、大いに 参考になると考え、幾度かに分けて要旨をお伝えすることにした。
まず氏は「まえがき」で語る。それは人物の貧困。日本にはルーズベルトやチャーチルのような政治、 軍事に通じた人物がいなかった。そしてこの失敗を繰り返さないためにも、顛覆の真実を顧みることが 必要と思い、筆を執ったのだと。
8月7日の広島原爆投下についてはこう語る。軍都広島に米軍の攻撃がないはずはないので、いずれB2 9大挙襲来の予想はしていた。そして広島原爆投下の状況を、後に知ったのだがとして、3機のB29 が高度5,6 千メートルでエンジンを止め、空中滑空して広島に侵入し、原爆投下後は全速で飛び去 った。空中滑空してきたため敵機襲来の警報が鳴らなかったのだと、不意打ちされた事実を認める。
そしてこの事実は、8月9日のトルーマン放送で原爆と判明したと。さらに9日には長崎に原爆が投下さ れた。
天皇のご聖断についても、天皇がこう語られたことを述べている。
「戦争継続は国家の玉砕。痛苦に耐えて、一致協力して立ち直らねばならぬ。
自分がなすべきことは何でもやる。詔勅が必要ならただちに草案を準備せよ」
御前会議でも「1億玉砕」の戦争継続が叫ばれる中、こうして日本の終戦が決定されたのである。
*写真は、樺太「鱒の遡上」
|