樺太の冬の生活で欠かせなかったのはこの3つの橇だった。
地域で若干差はあるが、トナカイ橇以外はどこの地域でも重宝がられ、頻繁に使用されていた。
わたしが暮らしていた村では、馬橇は牧場から牛乳を町に卸す交通機関として使われ、帰途は新聞その 他、村が必要とする物資の運搬に使われていて、馬に装着された多数の鈴の音は、軽快で心地よいまろ やかな響きで早朝、耳に入ってきて、時計がわりにもなっていた。
村から町への定期便としても使用されていた。
このほかに馬は、畑作業や材木の切り出し、運搬などでも使用された。
犬橇は、いさば屋の魚行商(代表的な魚:カンカイ、タラ、オヒョウ、帆立貝)や八百屋でも使われて いたが、狩や交通の足として、あるいはマルタ曳きとしても広く使用されていた。
犬は、従順な大柄で力持ちの樺太犬だったが、千島列島の作業に使用するために、多数の樺太犬が
千島に徴収され、樺太は一時樺太犬不足になった。
トナカイは日ソ国境周辺の限られた場所に集中して生息していて、どこででも利用できる状態ではなか った。わたしが暮らした2つの地域にもトナカイはおらず、トナカイ橇は見たことはない。
一方、国境近くの敷香(しすか)町周辺はトナカイの生息地に近く、トナカイ王と呼ばれるヤクート族 の指導で、日本軍は重機関銃を牽引するトナカイ部隊を編成し、活躍した。
重量のある戦車、トラック等の走行ができない国境周辺のツンドラ地帯で実現した樺太師団のトナカ イ部隊だった。なお日ソ両軍の停戦協定成立後は、トナカイ部隊は解散され、トナカイは元に戻され た。(終わり)
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