日出ずる国の古代史

倭国と日本国についてもっと知りたい
明日(4月8日・土)午後1時から5時まで、
東京都中央区明石町区民館5号洋室で研究会を行います。

午後1時〜3時 記紀歌謡・万葉集研究会 (橋本正浩氏主宰)
          古事記と日本書紀をご用意ください。
          古事記31番歌(ヤマトタケルの歌)からです。
午後3時〜5時 和田家文書研究会 (安彦克己氏主宰)
          資料は主宰者が用意します。
上記参加費は300円です。(両方参加しても同額)

終了後、懇親会を行います。お時間の許す方はこちらにもご参加ください。

この記事に

開く コメント(0)

【日本神話の多元性】
古田武彦氏は『古代は輝いていたⅠ−「風土記」にいた卑弥呼』の中で日本神話の多元性に言及している。
記・紀に記された国生み神話、国譲り神話をはじめ、出雲神話や日本各地に伝わる神話を分析し、日本各地に伝わる神話の独立性や地域性に注目し神話が多元的に成立していることを主張している。

【国生み神話】
古事記と日本書紀にはどちらにも国生み神話が記載されている。
国生み神話の中では、伊奘諾尊と伊奘冉尊が磤馭慮嶋(おのごろしま)を原点として、天之瓊矛(あまのぬぼこ)によって、次々と国々を生んでいったことが記されている。この国々の地理的分布は、筑紫を原点とし、出雲・越と日本海岸に勢力圏を伸ばし、さらに瀬戸内海の安岐津(豊国)・二名(伊予国)・児(吉備国)へと勢力の寄港点を伸ばし、淡路島を東限としている。
倭人たちは、筑紫(志賀島・板付等の博多湾岸。筑紫郡が中心)を原点として活躍し、すでに縄文後期末から中国側と接触していた。
その彼等の勢力圏、それをしめすものが、この国生み神話だった。
そしてこれは、弥生時代の細形銅矛の分布圏と大略一致している。
国生み神話に語られた国々の地域分布と細形銅矛の分布圏という考古学的出土物が一致することから、古田氏は「国生み神話は弥生期の筑紫で作られた。」ものであると述べている。

この記事に

開く コメント(2)

神話について

【大林太良著『日本神話の起源』角川新書】
日本神話を大林太良は四群に分類している。(『日本神話の起源』角川新書)
第一群はクニトコタチ神話、ウマシアシカビヒコジ神話、イザナギ・イザナミ神話、アマテラス神話が含まれる。
これらは紀元前一千年紀後半に中国の江南あたりから入ってきた。
水稲耕作民あるいは漁撈民文化的要素を含んでいるという。
弥生式文化に南方的と言われる重要な要素をもたらした。
第二群は出雲神話に代表される。
農耕民文化を背景としているが、金属器文化的要素が濃い。
これも江南地方との関係が濃いが南鮮を経由している可能性もある。
第三群は天孫降臨神話に代表される。
この中にはアルタイ系遊牧民文化神話要素が強く皇室の祖先がもたらしたものだろう。
タカミムスビを主神とする皇室の祖先と、先住のアマテラスを主神とする水稲耕作民の間の通婚・混合の過程を通じて形成された。
第四群は日向神話である。九州南部の隼人の伝承が基本と思われるが、インドネシア的な色彩が著しい。

この記事に

開く コメント(0)

神話について

【上田正昭著『日本神話』(岩波新書)】
神話は、もともと日本各地で儀礼や祭式などで語り継がれてきたものをもとにして8世紀初頭に古事記や日本書紀の中に体系的にまとめられた。上田正昭は『日本神話』(岩波新書)の中で、

それは皇室の祖先神としてあがめられるようになったアマテラスオオミカミを中心にする高天原系の神話グループを縦糸とし、「国つ神」と類別された出雲系や筑紫系の神々の神話を横糸にした、まさに神代史とよぶにふさわしいものであった。そこでは天つ神による国土の創成、天つ神による国土の平定、天つ神の国土への降臨という、一貫したすじみちのなかにすべてが位置づけられることになった。したがって、国つ神は天つ神に従属すべきものとして描かれたのであるし、また国つ神は「荒ぶる神」として認識されたのである。

と述べている。

本来であれば、地方性の高く、人間性にあふれ、豊かな創造力によっていたはずの神話が古事記、日本書紀などによって宮廷神話にまとめられることによって、

神話の独自性はしだいに薄れて政治に癒着し、王権を強化するイデオロギーにすらなった。神まつりの機能は、支配するてだてにくみこまれて首長層に集中され、神官層もまた王者たちの祭祀権を分掌する地位に転落した。(前掲書)

具体的には、

高天原の神々による中つ国の平定という構想を主軸に、すこぶる政治性をおびた神話として定着していることである。出雲の神々は国ゆずりによって天つ神に服属し、筑紫の神々はいわゆる天孫降臨によって、天つ神の子とする皇孫の世界に統合されてゆく。(前掲書)

この記事に

開く コメント(0)

【「日出ずる国の古代史」とは】
今年の4月30日に、古代史の基礎を勉強するつもりでこのブログを書き始めました。
ブログタイトルは「日出ずる国の古代史」。
高校生時代までの歴史授業で、隋書俀国伝の「日出処天子」を聖徳太子であると習ったことに疑問を持ち続けており、その疑問を解決することが古代史の勉強を始めたきっかけのひとつだったからです。

【「倭国」についての認識】
10月からは「倭国」についての考察を15回のシリーズで進めてきました。
日本書紀に32回出てくる「倭国」という言葉がほとんど(29回)大和(奈良県)の1エリアの行政単位の名称として使われていることを使用箇所を全部抽出して検討しました。
中国や韓半島の歴史書に登場する「倭国」と同じ意味(国家としての「倭国」)で使われているのは3回で、全て外国史書からの引用箇所でした。
ということは、日本書紀の編纂者は「倭国」を奈良県の1エリアとして認識していたということです。
それでは中国の正史に登場する「倭国」は「ヤマト」のことで、大和朝廷を指していると言っているのは誰なのだろうか。
日本書紀の編纂者が思ってもいないことを後世の研究者たちが「倭国と大和朝廷は同じ」と誤った解釈をしているのでした。
古代史を研究する学者が「皇国史観」や「大和朝廷一元主義」を成立させるために意図的な解釈をしたのか、純粋に研究活動をした結果として誤った解釈をしてしまったのかわかりませんが、日本書紀に出てくる「倭国」の32回中29回が奈良県の1エリアを指していることは私のような素人でも簡単に読み取ることができました。

【良い年をお迎えください】
基礎的な古代史のテーマを書くつもりが今年は少しテーマを深堀する結果になってしまいました。
お付き合いいただきありがとうございました。
来年は初心に戻って古代史の基礎を少しずつ勉強していきたいと考えています。
良いお年をお迎えになり、
来年もお付き合いいただけることを切望して、
年末の挨拶とさせていただきます。

この記事に

開く コメント(0)

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事