私はジープと暮らしています。
私達は「車」と暮らしている。家や建物の外にいる時、移動する時、仕事をする時、遊びに行く時。生活する道具として使っている。
「着るもの」や「器」 と比べれば、必要の度合いは完全では無いにしても、「夏の冷房器具」・「冬の暖房器具」の必要と比べるに値するモノではないでしょうか。
「無くても生きてはいける」 が、「無くては生活しにくい」 もので、人の生活の中で、より良く便利で快適な生活を送る、進化し続けるモノのひとつではないでしょうか。
必要な「モノ」には、そのモノの目的があり、その目的に適当でないと不便になる。
「車」に例えれば、目的、使い方は皆それぞれ違っています。
人それぞれに具合よく使っている。
人は車を、場合に応じて使い方・使う車を区別したり、使い方のよい方法や手段をみつけようとして、考えをめぐらしながら、あることを目的として、実際に何かをするために車を使う。
スペイン、イタリア から アフリカ、インド、東南アジア一帯では、 素焼きの水壺 を使っていたそうです。
素焼きの水壺は少しずつ水が滲み出し、外気によって蒸発し、その時の気化熱によって中の水の熱を奪い、水は冷え、気持ちよく喉を潤すことができたそうです。
日本では、水甕(みずがめ)が必需品で、泉から樋(とい・溝形または筒状)で水を引き、甕(かめ)に貯めておく。
日本の水甕は素焼きではなく、釉(うわぐすり)のかかった陶器を使うため、気化熱で水を冷やす必要はなく、丈夫で長持ちするものを使っていたそうです。
器の使い分けや、使い方を工夫しながら行動することは、人と器の係わり方の基本であり、器に対する人の、ほどよい整えかたの仕方と考えることができるようです。
私達は、寒い時には重ね着をし、暑いときには薄着をします。湿気による不快感を除くため風通しの良い形にし、労働着は体の自由がきく形のものを選びます。
下着や上着、靴下、襟巻、手袋などを、ほどよい整え方の助けとすることもあります。
アフリカの一部の地域では、裸同然で、夜の冷え込みでは焚き火によって暖をとりながらも、昼間の体温の調整を必要としない部族もいれば、日射を避けるため簡単な衣類を身につける部族もいる。
北極圏では、体温を逃がさない工夫をし、毛皮で頭の天辺から足の先まで包み込む形の衣服を着ている。
サハラ砂漠では、厚い毛織物で全身をおおい、40度を超す熱射を避けるため、ほどよく整えている。
これらを生きるための知恵と呼ばれることがあります。
生きる ということは、代謝をしているということである。
つづく