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星野富弘さんの『速さのちがう時計』の中の、「弁当の時間」というタイトルのエッセイを読みました。
それは、給食のときに出す弁当が、芋ばかりでとても恥ずかしく隠して食べていた、という情景から始まり
同じ弁当をお姉さんも持って行ってたことから、お姉さんがどういう思いで弁当を食べていたのかを思う。
そこから、お姉さんが自分を思う気持ちが思い出されて・・・というものです。
読後、自分の給食のことを思い出していました。
わが町が学校給食を始めたのは自分が小学1年生の途中からだから
学校給食を初めから食べてた世代になります。
最初の1年くらいはまだ牛乳ではなくて、アルミのお椀にミルクだったと思います。
最初だからか、パンもおかずも、まずかった。
当時は魚肉ソーセージを美味しい、と思っていた子供だったから
味覚は今の子供と比べられないほど貧しいです。
それでも給食はまずかった。家に帰りたいほどまずかったなあ。
特に豚肉が脂身が多くてやっかいで、カレーや豚汁のときに
自分の椀にでっかい脂身が入ると、ご愁傷様である。
教師も戦後の食べ物のないひもじい時代を知っているので、給食を残すことは許さない人が多かった。
自分は無理して口に入れ、牛乳で涙流しながら流し込んだほうだったけど
それをできない子もいて、そういう子は休み時間もずっと立たされて、食べるまで立たされて泣いていた。
あのとき可哀相だと思いながらも、「食べられないなんて情けないヤツ」とか思ったりしていました。
泣いてる子をみての居心地の悪さは、イジメに加担してないけど止めてもいないのと同じかも知れません。
今でも豚肉の脂身をみると当時の給食を思い出して、この頃のバツの悪さを感じてしまいます。
年末、次女が帰ってきました。
食べ物に関して、好き嫌いの多い次女であるが、豚トロの焼肉を食べたい、といいます。
脂身の多い豚肉を焼きながら、うまそうに食べる次女を見て
ずいぶん長い時間が流れたんだなぁ・・・と感じました。
豚トロ、、、、レモン汁をかけておいしくいただきました。
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