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一晩中鳴き続けたクロスは、朝になっても枯れた声でやっぱり鳴いている。
これも、脳神経の何かがそうさせているんだろうか・・・
朝一番に病院に行く。
「脳のどこにトラブルがあるかわからないけど、そっちの方に有効な薬を注射しておくね。」
クロスの様子を見ながら、先生は難しそうな顔をしていた。
ぐ「このまま鳴き続けるのは、辛いと思うんです。せめて、夜眠れるようにしてあげられませんか?」
先「睡眠薬があるけど、睡眠薬を使うととても弱ってしまうのね。だけど、精神を安定させる薬があるから
それを飲ませてあげて。それから、吐いてしまうのも弱るもとだから、吐き気止めの薬も打ちます。」
様子を見て、翌日の夕方、また診察をしてもらうことになった。
その時、先生は言った。
「もし、もしね、あまり苦しむようだったら、それを見ていられないようだったら、その時は相談してね。」
「安楽死」っていうのを言っているんだって、すぐわかった。
少し前であれば、目の前で生きている人の、方法はどうであれ、命を奪ってしまうという現実に
自分は耐えられないと思っていた。
だけど、一晩中、自分の意思には反した症状で苦しんでいるクロスを見てきて、
私の中での「安楽死」という言葉の意味が、少しだけ変わった気がした。
それでも、どこかでクロスとの別れの時間を、自分で早めてしまうことにためらいも感じていた。
もう泣き疲れたのか、クロスは苦しそうな呼吸をしながらも静かにしていた。
吐き気止めの注射を打ったから、少し何か食べさせてあげたい。
そう思って、クロスの大好きなりんごをすりおろし、汁だけを絞って口に入れてみた。
少しだけ飲み込んでくれたし、それを吐き戻すこともなかった。
お昼休みに昼食を食べに戻った旦那に病状を説明する。
「あんまり苦しむようなら、相談してくださいって。家族が立ち会って、薬を打ちますって・・・。」
あんまりにも重大なことを、何だかとても事務的に伝える私は冷酷な人間に感じた。
旦那が心配していたのは、あまり食べず、あまり寝ていない私の体調。
そうならざろうえない状態もわかっているから、多分見ていられないんだろうと・・・
「もし、その決断をくださなきゃいけなくなったら・・・その時は、俺とお前だけで立ち会おう。
それを理解できるほど、まだ○(長男)は大人じゃない。」
その日は水曜日。土曜日には長男のピアノの発表会がある。
家が留守になるから、病院でその間、クロスを預かってもらう予約をしてあった。
もし・・・もし、クロスの苦しむ状態に私たちが耐えられなくなったら・・・
土曜日の預かりのあとに、息子たちには預かっている間に、急変したという理由で
クロスに薬をうってもらおう。
私たちが出した、少しだけ猶予のある、身勝手な決断だった。
そんなやりとりをクロスは聞いていたんだろうか。
午後になり、次男が昼寝を始めた直後、口から入ってきたもの全てと思われるものを吐いた。
吐き気止め、打ったのに・・・
そして、時々、痙攣を起こすようになった。それ以外は、とても苦しそうな呼吸をしている。
それで気づいてしまった。
さっきから、クロスの口に注射器で流し込む水が、すべて口を通過するだけで飲み込めていない。
舌の動きがなくなったし、足が冷たい。
私はすぐに旦那にLINEを入れた。
「クロス、今日が山だと思う。さっきみんな吐いちゃったし、水も飲まなくなっちゃったから・・・」
クロスは最期まで私が面倒を見よう。そのとき、選択肢の中の「安楽死」が消えた。
クロスが頑張っているのなら、それを最期までちゃんと見届けてあげるのが飼い主の役目なんだと
今更になって思った。
どんなに苦しい姿でも、それから目を背けたらいけないよね。
3時を回った。
いつもなら起き出すはずの次男が、今日はおとなしくまだ寝ている。
私はクロスを抱っこして、天気は悪いけど、リビングの外に出た。
「アンタがうちに来たのも、確かこんな寒い季節だったっけね。」
なんとなく、なんとなくだけど、クロスが周りを見渡した気がした。
「つらいだろうけど、せめて○(長男)が帰ってくるまで、頑張れるかな。心配して泣いてばっかり
いるから、知らない間にいなくなっちゃったら、立ち直れない気がするんだ。」
相変わらず、クロスは苦しそうだったけど、発作がなくなった。
私はそのあいだに、家族の食事の用意をした。
目に見える場所にクロスを置いて・・・
ちっとも食欲がないし、こんな状態なのに、なんでこんなに冷静に食事の準備ができるんだろ。
普通にすることで、クロスがいなくなってしまう現実の辛さから逃げようとしてたのかなぁ。
長男が帰ってきた。5時少し前。
「○(長男)、クロスね、もうそんなに長くないんだ。だから、いつもみたいにみんなでそばにいて。」
さんざん苦しんだ様子は知らない長男だから、静かになったクロスをしばらく眺めていた。
普通なら、旦那が帰ってくるのは5時40分頃。
だけど、こんな状態だから、きっと少し早く帰ってくるだろうと思っていた。
5時半になったところで、私はクロスを毛布に包み、家の外で旦那を待った。
「もうちょっとだけでいいから、クロス頑張って・・・」
何か、とっても焦っていたような気がする。こんな状態に限って、早く帰ってこない。
旦那が帰ってきたのは、6時少し前。
言葉は少なかったけど、多分、クロスの様子を見てすべて分かっちゃったんだと思う。
「○(長男)、じいちゃんたち、呼んで来い。クロス、もうそんなに長くないから・・・」
クロスの心臓部分を触りながら、旦那が長男に行った。
「クロス、息してる?」
「大丈夫、まだしてるから・・・」
私は食事の用意が終わった。
クロスの様子を見に近づいたとき、びっくりした。
さっきまであんなに苦しそうな顔をしていたクロスの顔が、初めてうちに連れてきた時みたいな
可愛らしい眼差しに変わっていたから。
「ばあちゃんどこ!?クロスいっちゃう!」
私はとっさにその部屋にいない義母を探しに部屋から飛び出した。
最後に抱っこして送ってあげようと思ったのに、なぜか義母を探しに行く方を選んだ。
クロスが大好きなぐ〜たら家のみんなで、クロスを送ってあげたかったから。
義母を見つけて何を叫んだかはわかんないけど、とにかくリビングに家族全員が揃った。
さっきまで開いていたクロスの目が、みんなを確認して安心したのか、細く細くなっていった。
「クロス、頑張ったね。ありがと。母ちゃん、ご飯の支度終わるの待っててくれて。」
家族で泣いた。
11月26日(水)PM6:22 クロス永眠(享年11歳)
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