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20年近く前に見つけたネパールの刺繍布である。
布は工場生産のつまらない布であるが、刺繍は素晴らしい。
ネパールにこれだけの刺繍の技術があることに驚いたものだ。
ネパールの山岳民族の仕事であるようだが、
ネパールのどのあたりの仕事かはわからなかった。
そうこうする内に20年の歳月が流れ、この刺繍を市場では
見かけけることはなくなった。
私がネパールにいるようになって、23年になるが、
ネパールの染織で、価値を感じたものは、この刺繍、
ダッカ布、そして、イラクサである。
ダッカ布やイラクサは今もなお、生き続けているが
この刺繍は生かされることがなかったようだ。
アッサムあたりの天然シルク ムッガシルクの布にこうした刺繍を
施せばと思うが、もう刺繍の担い手はいなくなっているかもしれない。
ネパール人は、古い技術を生かしながら、新しいものを作り出す能力に
欠けているようである。
新しいものだけを追い求め、古いものを上手に育てていく地密な努力が足りない。
そうしたことは、ネパールの今の政治状況にもつながるようだ。
ネパールでは、高度な布文化は発達してこなかったようだ。
これは、240年近く続いてきた王制にも責任があるようだ。
絶えず インド文化を志向してきた王制、それを支えてきたバウン族(僧侶階級)、
チェットリ族武士階級)がオリジンがインドであるために、
上質な衣服はすべてインドからの輸入に頼っていたためだ。
カトマンズでは、女性はインドと同じようにサリーを纏う。
それはすべて、インドからのものである。
あるとすれば、技術を要しない木綿のネパール製のサリーだけである。
布文化を支え、発展させていくにはパトロンが、必要だ。
タイでは、王族がタイの布文化を支えているし、身に着ける。
インドにおいても、マハラジャは布文化を支えてきた。ブータンも同じである。
ところが、ネパールの王族は、良いものはすべて外国から輸入に頼り、
自国の布文化を発展させる考えなど、いまだかつてなかった。
そのために布文化の高度な技術を持つことはなかった。
注文がなければ、作り手が生まれてこないのは当然のことである。
シルクの生産もやっと始めたが、織り手は、インドからやって来た人間に
頼るというのが現状だ。
やはり、布においても歴史的遺産が必要なのである。
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