バンコク 古き時代の名残を求めて

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 今 私は、チャオプラヤ川岸辺近くのリバーシティというアンティークショッピング・プラザの前に
 立っている。
 運河の河口はここになくてはならないのに、運河の河口は見当たらない。
 河口は埋め立てられ、ここにリバーシティの建物と隣のロイヤル・オチッド・シェラトンホテルが
 建てられてしまったのだ。
 なんということだ。全く残念なことである。しかし、ないものはどうしようもない。

 辺りを見回すと リバーシティのすぐ横に 空を突き刺すように
 一本の尖塔が聳え立っている。
 どうもキリスト教の教会らしい。
 教会の敷地内に入っていくと、子供たちが広場でフットサルの練習をしている。
 広場の正面に教会の聖堂が、堂々とした威厳を持って建っている。
 聖堂の内部には多くの外国人が出入りしている。
 今日は結婚式があるようだ。中にいた外国人に国を聞くと、
 イギリスのカソリック教徒であった。きっとアイルランド系なのだろう。
 聖堂の内部にいると ヨーロッパ人ばかりで、ここがバンコクであることを
 忘れてしまいそうである。

 タイに初めてやってきたヨーロッパ人はポルトガル人だといわれている。
 1511年マラッカを征服し、そして1516年にアユタヤにやって来て、
 銃と軍需品を供給することを条件にアユタヤ王朝と友好条約を結び、
 アユタヤに住むことを許される。
 ビルマとの戦争に明け暮れていたアユタヤ王朝にとっては、好都合だった。
 1567年にはアユタヤの地に初めてカソリック教会を建てた。
 ポルトガル商人とともに、ポルトガル人の傭兵はビルマとの戦いに雇われ、
 アユタヤ崩壊後も、トンブリ王朝においても、タークシン王を助け、
 タークシン王から土地をもらい、1770年トンブリの地に初めて、
 クディ・チンと呼ばれるカソリック教会を建てた。
 それが、今日のサンタクーロズ教会である。
 しかし、ポルトガル人聖職者に代わって、
 サンタクルーズ教会に入ってきたフランス人聖職者との意見の違いから、
 その教会から分かれ、ラーマ1世の時代に バンコクの現在の土地を譲り受け、
 ポルトガル人たちが1786年バンコク側に建てたカソリック教会が、
 このホーリーロザリオ教会である。
 現在の教会の建物は、1891年から1898年にかけて、新しく立て直されたものだ。

 私は取り立てて宗教を信じる人間ではないが、
 内部は美しく品位の感じられるものであり、宗教的な雰囲気にあふれている。
 もし、何か教会音楽がパイプオルガンで演奏でもされていたら感動しただろう。
 バンコクのあのきんきら金の寺に食傷した眼には、
 この教会の内部は 内面的な深い信仰の結晶のようにも思われ、
 心が洗われたようにも感じられた。
 そこには伝統工芸とは 別物のヨーロッパの伝統芸術があるような気がした。
 それにしても、ヘンデル、バッハ、テレマン、クープランの音楽でも
 鳴り響いていれば、この教会の椅子に座り込んで、
 神の声に耳を傾けようとしたかもしれない。
 このバンコクの地では考えられないくらいに美しいカソリック教会だった。
 やはり、カソリックの美意識は素晴らしい。


にほんブログ村ランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

人気ブログランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

「バンコク 古き時代の名残を求めて」書庫の記事一覧

閉じる コメント(6)

顔アイコン

清清しい印象の教会ですね
同じ神を見つめながら、意見は違う・・人間はホントに神が創ってこの世に送ってきたのなら、完成度をアップして欲しかった・・
そうすると、ドラマは生まれないかもしれませんね
トラックバックでメルマガ登録しました

2008/2/4(月) 午後 6:51 poetryfish9

顔アイコン

神の威光を利用して、自らを正当化しようという人間がいることが
問題です。
宗教はいつの時代も政治的に利用されてしまうのですね。
神と人間との1対1の関係でいる限りは、信仰は生きていると思います。
バンコクのこの地にこんな素敵な教会があるのは不思議な気がします。

2008/2/4(月) 午後 9:06 [ hikaruno ]

顔アイコン

タイとキリスト教はうまく結びつきませんね。
でも、地理的に日本より早く宣教師が来ていたというのは納得です。

2008/2/4(月) 午後 11:14 [ mario ]

顔アイコン

キリスト教の伝道と貿易が目的でやってきたようです。
日本でも種子島にやってきたのはポルトガル人ですね。
フランシスコ・ザビエルは バンコクにもやってきているようです。
その後、日本に行ったようですよ。

2008/2/4(月) 午後 11:25 [ hikaruno ]

顔アイコン

確かに、宗教と貿易(利益)は結び付いていますね。
イスラムがヒンズーのインドやインドネシアなどで信者数を伸ばしたのはイスラム商人が利益の上がる商品やネットワークを持っていたからだと言われていますね。
インドネシア・スマトラにはドイツ系のキリスト教会が多いのですが、いわゆるimprimentation ”信ずればものがもらえる”の繰り返しが信者獲得につながったのでしょう。
キリスト教が嘘だと言うつもりはありませんが、嘘も百回つけば真実になるということわざに近いものだと思いますね。
私は所謂宗教には興味はなく、ただただ感謝の気持ちを持つことを心がけています。

2008/2/4(月) 午後 11:33 [ mario ]

顔アイコン

インドネシアのアチェ、南タイ、北マレーシアに位置していたパッタニー王国などはその良い例です。
東南アジアの外国貿易はイスラム商人の貿易ネットワークのシステムの上で行われていました。
ペルシャ人、インド人イスラム商人の影響力は大きかったと思います。
タイの場合は、キリスト教もイスラム教も認めましたが、タイの王家は改宗を拒否したようです。
王は仏教の擁護者としての意味を持っていたわけですから、
簡単には改宗は出来ませんでした。

2008/2/5(火) 午前 0:03 [ hikaruno ]

開く トラックバック(1)


.
hikaruno
hikaruno
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

美術・工芸

日本の政治

海外情報

ニュース

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
友だち(5)
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • はーちゃん
  • ピタル…☆
  • yag*o*ama
  • ミーヤー
友だち一覧

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事