|
旧市街への入り口に監視員がいなかったので、旧市街の中に入ってしまうことにした。
バクタプールの紹介をするということで自分を納得させることにする。
実際、入場料である750ルピーも手持ちにはなかった。
バクタプールの街の中に入ってみると、街の後ろ側辺りには、昔のネワール族の
カーストの低い人たちが住んでいるようだ。
低いといっても、中より下の人たちだ。
プラジャパティと呼ばれる素焼き職人、アワレと呼ばれる左官職人たちが、同じ地域に
かたまって住んでいる。
いつも思うことだが、低いカーストの人ほど、お金を乞う人たちが多い。
高いカースとの人たちから、困った時には恵んでもらうという姿勢が 習慣化した
ものだろうか。
そうだとすれば、悲しい習慣であるし、そうした関係から上下関係が
生まれてしまうことに彼らは気がついてはいない。
年寄りであるほど、その傾向が強い。
若者たちにはそうした姿勢がないことが救いである。
もう少し内側に入ってみると、今度は、農民カーストの人たちの居住区になる。
カトマンズ、パタン、キルティプールでは、この農民カーストの人たちのことを
マハルザンと呼んでいるが、このバクタプールでは、キッサン(ネパール語で農民と
いう意味である。)と呼ばれている。
ここでは キッサンとまとめて呼ぶことはなく、様々のグループに分かれている。
1つの家族から発生したグループが、何十世代も経るうちに1つの大きなグループを
形作っていったようである。
スナール、メイチャンなどと呼ばれるグループが百近くあるという話だ。
日本で言えば、姓のようなものだろう。
大工の仕事は バクタプールではシルッパカールという職業カーストの人々の仕事で
あるが、簡単な家具職人の仕事は、このキッサンと呼ばれる農民カーストの人々も
従事されるようになっているが、木工工芸のような高い技術の要求されるものは、
シルッパカールの仕事のようだ。
町の中心部に近づくにつれて、次にはサッキャ、バジャチャーレと呼ばれる
仏教徒カーストの居住区に入っていく。
ビハールと呼ばれるバジャチャーレの寺院は仏教、ヒンズー教両方の神々の像が
並んでいる。その時々の王の信仰の形に合わせてきた結果だろう。
サッキャ・カーストの住むところでは、あまりこんな形はないようだ。
カトマンズやパタンのサッキャ、バジャチャーレの居住区に比べると、こじんまり
している。
又、カトマンズやパタンに比べると、ヒンズー教色も強いようだ。
仏教徒たちの住む地区を出て、中心部に近づくと、マナンダールと呼ばれている
菜種油を作る職業カーストの人たちが、ヒンズー教の神、ガネーシュを祭った寺院の
前でモミを乾している。
そして、その向こうには、寺院群か見えてきた。
** 忘れないでね **
↓
にほんブログ村ランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]
人気ブログランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]
|