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日中、外に出ると、真夏の暑さだ。カトマンズもすっかり本格的な夏を迎え、
照りつける陽射しの強さには負けてしまいそうだ。
毎日変ることなく計画停電が続き、今日は午前10時から午後2時までと
午後8時から12時までの2回である。
体調は先日からよくないが、電気のない家の中ではすることも限られ、電気を待つ
気持ちも鬱陶しいので、カトマンズの郊外に出かけてみることにした。
カトマンズのほうには向かわず、カトマンズのカリマティに近いバス停を目指して
歩き始める。もう歩きまわるには 快適な気候とは言えなくなってしまった。
真っ黒に汚れたバグマティ川にかかる橋を渡り、テクにある停留所に到着する。
目的地をキルティプールかダッチンカリのどちらかに決め、マイクロバスかミニバスで
早く来た方に目的地を決めることにする。
やはり、本数の多いキルティプール行きが先にやって来た。
運賃はテクからキルティプールまで9ルピー、20分近くで到着する。
キルティプールは丘の上に造られたネワール族の古い町である。
町を覆うように多くのレンガ造りの建物が建ち並んでいる。この町並みを見ると
キルティプールにやってきたという実感が湧いてくる。
キルティプールの旧市街へ行くには、石造りの階段を登りつめていかなくてはならない。
その石段の横を走っている通りが、ナヤ・バザールと呼ばれている通りで、旧市街の外
にあたる。
キルティプールのメインバザールだ。
キルティプールに向かう石段の前に立ち、ため息をつく。
この階段を一挙に登りつめるだけの体力は、 今の私にはもうない。
一段一段、石段を踏みしめ登っていくと、目の前に幼い子が立っている。
彼らにとっては、石段を登るのは日常のこと、いとも簡単に行き来しているのだろう。
ハアハアと息を吐きながら、登っていくと、70歳近い老人が私と同じように辛そうに
登っている。
それでも私のように休憩はせず、ゆっくりゆっくりと登っていく。
後ろを振り向くと、ネパールの国立大学 トリブバン大学の敷地が見える。
25年前は、キルティプールの子供たちと一緒にこの敷地内で夕方になると、
サッカーをしたものだ。
まるで昨日のことのように子供たちの顔が目に浮かぶ。
彼らももう30過ぎの大人になっているはずだ。
その向こうには、スワヤンブナートが霞んで見える。
25年の空気の汚染は、山も遠景も霞んだものにしてしまった。
この石段の途中にダマイカースト(縫製職人)のプルナの家があったはずなのに、
なくなってしまっている。
ダマイというとネパールの低カーストに属することから、
ときどきそのことでからかわれていたが、素直ないい子だった。
マハルザンのラムやラッチマンと一緒に毎日のようにいえに遊びに来ていたものだ。
その近くの畑地では老婆が、猫の額のような畑で作業している。
その様子を見ながら、やっとのことでキルティプールの旧市街の門にたどり着いた。
25年の歳月の経過は、確実に私の体力の衰えを証拠だてている。
** 忘れないでね **
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ゆっくり休憩して、また体力つけてね。暑そうね。カトマンズ・・
2008/4/20(日) 午前 9:10 [ las*a*tm ]
キルティプール懐かしいですね。
数年前 訪れたことがあります。
大学構内を横切ったところにあるバス停で降り、この階段を上りました。
盆地の空気が綺麗であれば四方の景色を楽しめる良いところだと思います。
2008/4/20(日) 午前 11:22 [ mario ]
lastak様
のっけから、日本という国の洗礼を受けたようですね。
日本も薄っぺらな内容のない国になってしまいましたね。
アジアにいると、日本人の能面のような顔つきは、病的なものを
感じてしまいます。
そういうことを当たり前のこととして受け入れているところが怖い。
カトマンズ、本当に暑いですよ。
夜はまだ涼しいから、凌げますが、5月になって夜も蒸し暑くなると、停電はつらい。
2008/4/20(日) 午後 1:10 [ hikaruno ]
mario様
カトマンズ近郊ののんびりできるいい町です。
観光客を受け入れるための施設も出来つつあります。
うまくいけばと 願っています。
2008/4/20(日) 午後 1:20 [ hikaruno ]