ネパール キルティプール

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 このキルティプールで 3年近く、私の住んでいた家を探す。
 3ヶ月ほど住んだことのあるドルバドール・ビスタ氏の別宅であった家は、すぐに見つかった。
 ビスタ氏はネワール族ではない。チェットリー族である。

 キルティプールのすぐ下にある当時ネパールで唯一の大学、トリブバン大学の人類学教授であり、
 キルティプールの各家庭にトイレを作るプロジェクト、キルティプールの低カースト、
 ポーレ(掃除人カースト)、サイ(屠殺カースト)などの子供のために基金を集めて、
 小学校を造り、その子供たちに教育の機会を与えるプロジェクトに参加もしていた。
 その小学校を手伝うことを条件に、ビスタ氏の家を3ヶ月ほど 借りたのである。
 石造りのなかなかしゃれた家で、1階が台所と居間、2階が寝室とバスルームという
 間取りだった。
 電気は来ていたが、水道は来ていなかった。

 当時のキルティプールの丘の上に立つ家は、すべて同じ事情であった。
 ビスタ氏が、家にトイレを設置すれば、必要な資材は与えるというプロジェクトを
 勧めていたにもかかわらず、彼の家の周りの野原は、相変わらず、
 近くに住むキルティプールの住民のダーティプレイス、トイレの場所だったのだ。
 ビスタ氏が いくら説得しても、彼らは昔ながらの習慣を変えようとはせず、
 雨が降れば、降ったで傘をさし、カトマンズを眺めながら、毎日のお勤めを果たすのだった。
 その怒りと汚さから、どうもそこに住む気はなくなったようだ。

 このビスタ氏も今は行方不明である。行方不明になって、もう7,8年になるようだ。
 彼の息子が、彼を見つければ 10万ルピーの報奨金を与えると 新聞広告に掲載したが、
 見つからないままである。
 政治的な理由から抹殺されたか、放浪の旅に出たのか 誰も知らない。
 生きていれば、もう70歳近いはずだ。

 その家を管理している一人の青年がいた。
 名前は、サンカール・マハルザン、ネワール族の青年である。
 当時、サンカールは高校を卒業し、高校卒業資格試験の結果待ちの状況にあった。
 彼が、キルティプール社会の橋渡しをしてくれたのであった。
 そうこうする内に3ヶ月が経ち、ビスタ氏の家を出なくてはならなくなった。

 そこで浮上してきたのが、小さないえを建てるという話である。
 私のほうで3年分の家賃として10万円を前金で払うと言う約束で、
 サンカールの母親は、必要な残りのお金をかき集め、家を建てることになった。
 出来上がった家は、台所と居間兼寝室、そして家の外にトイレを作った。
 小さな一軒家だったが 眺めは素晴しかった。

 その家を探すが、見つからないのである。
 ビスタ氏の家はまだ残っていたから、その位置から推測してもそれらしい建物はなく、
 4,5階建ての家が建ち並ぶばかりである。
 サンカールの母親がその家にまだ住んでいるという話をを聞いていたので、
 場所に見当をつけ、その場所あたりの小さな雑貨屋で店番をしている女性に 
 「息子が、ドイツにいて、娘がアメリカにいる母親の家はどこか。」聞いてみると、
 「ここだ。」と答える。

 私の住んでいた場所は、雑貨屋兼住居に変わり、その上に4階を建て増し、
 大きな建物になっていた。
 「サンカールの母親はいるか。」と尋ねると、「いる」と言う。
 「元気でいるか」と尋ねると「元気だ」と答える。

 それがわかればいいと思い、その場を立ち去ろうとすると、「すぐ 案内するから」と言う。
 まあ、会ってみるのもいいかと思い直し、上階に上がっていく。
 「犬がいるかもしれないから、待つように」と言い残し、サンカールの母親を呼んでいる。
 「何のようだ」と言いながら、サンカールの母親が出てくる。
 20年ぶりの再会である。彼女は少し太ったぐらいで そんなには風貌は変わっていない。
 私を見ても、「こんな人、しらないよ。」「思い出せないよ」と言っている。
 どうも私のことをネパール人だと思っているらしい。
 「前に、ビスタ氏のうちに住み、その後、あなたが、家を建ててくれたではないか。
 その家に住んでいた日本人の私を忘れたのか。」と言うと、
 目が輝き、「入って!入って!」と部屋の中に案内してくれる。
 「太ってしまったから、わからなかった。」という。
 「冷たい飲み物は、いらないか。タルカリとチューラがあるから食べないか。」と歓待してくれる。
 早くに夫を亡くし、幼いサンカールとサンギットを抱えて、苦労してきた彼女は
 初めて出会った23年前は 42歳という歳以上に老けていた。

 それが今、65歳に近づいている彼女だが、当時と同じ面影を残している。
 とにかくよく働く人だった。
 それが 今は5階建ての建物の大家である。多くの部屋を賃貸し、
 ある程度収入もあるようだし、他にも土地を買ったと言っている。
 息子のサンカールは、ドイツに出稼ぎ。「母さんが、動けなくなったら、帰ってくるよ。」と
 言っているらしい。
 娘は娘でアメリカ在住のネパール人と結婚し、両方にはもう何人かの孫もいるようだ。
 何度か、アメリカにもドイツにも息子、娘に呼ばれて行って来たこともあるようだ。
 家の建て増し、増築で毎日忙しそうで、元気いっぱいの様子だ。
 「今まで、大きな病気もしたこともなく、当分は大丈夫だ。」と言っているが、
 内心はさびしいのだろう。

 5階建ての建物の屋上に案内してくれる。建物は、やたら増えたが、
 それでもその向こうの風景は昔ながらの姿を残している。
 私が住んでいた野中の小さな一軒家は、なくなったけれど 目を閉じれば、
 大きな荷を背負って、坂道を登ってくるキランの姿がここから見えるのだ。
 「又、来てね。」と言う彼女の声を後ろにキルティプールの坂道を下っていく。


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