|
ネパールでチベッタン・カーペットが織られるようになったのは、中国によるチベット
侵略によって、難民となったチベット人がネパールにやってきてからのように思われる。
25年前に私がカトマンズにやって来た頃には、チベッタン・カーペットはネパールの
重要な産業のひとつになっており、パタンのザウラケルあたりの作業場でも、チベッタン
・カーペット を織っている人たちの姿をよく見かけたものである。
このカーペットビジネスで大金持ちになったチベット難民も多い。
手に確かな職を持っていれば、どこでも生きていけるという証明だ。
その頃は、まだ決まったパタンのものしか織られていなかったが、この頃では
ヨーロッパ人業者がデザインを持ってきて、モダンな図柄のものを織らせることが
多くなったようだ。
畳3畳大くらいの大きさだ。値段も結構張る。
湿気の多い畳のある日本の住居には、ダニなどもわき易く、合わないようだ。
寒い田舎の冬場には 畳1畳大のチベッタン・カーペットは重宝するかもしれない。
最近のマンションの板敷きのモダンライフには、ネパールのモダンな図柄も合うかもしれないが、
すぐに飽きが来るような気がする。
伝統の図柄には 適わないだろう。
高価なものを好む日本の金持ちの眼は ペルシャ・カーペットの方に向いてしまうようだ。
織りの細かさ、カーペットの耐久性では、どうしてもペルシャ・カーペットには敵わないようだ。
私のカトマンズの部屋にもチベッタン・カーペットを敷いているが、カトマンズの
住居の床は、大半コンクリートだから、絨毯なしでは、冬場はしんしんと冷え渡り、
とても生活できたものではない。
街中では、チベッタン・カーペットを肩に担いで売り歩く村の人たちの姿も よく
眼にする。
寒さ避けに使用するには、タメルあたりのカーペット屋で売られているものより安いし、
充分である。
近頃では、カトマンズ郊外の村に行くと、カーペット用の毛糸を紡いだり、
カーペットを織っている農民たちも多い。ほとんど女たちの仕事だ。
生活するためには、現金の必要になってきた村の生活では、貴重な現金収入になっている。
昔から機織の盛んだったネワール族の里では、カーペットを織る音がよく聞こえてくる。
布を織ることから、カーペット織りへの転換はスムーズに行われたようだ。
25年前のキルティプールの街の中は、機織の音がいたるところで聞かれたが、
今では それがカーペット織りに変わってしまった。
寂しい気もする。
それでなくても乏しい布文化のネパールである。
** 忘れないでね **
↓
にほんブログ村ランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]
人気ブログランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]
|