アジアの街角 一枚の写真から

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 9月3日の朝 近所の通り辺りから 凄い爆竹の音が聞こえてきた。
 中国正月のときは バンコクの至るところで 爆竹の音が響き渡るのであるが、
 それは 2月10日前後のことで この時期ではない。
 中国人の結婚式でもあるのかと思っていた。

 この日、ブログで知り合った人がバンコクにやって来ているということで、
 MBKセンターの入り口で 昼間に出会うことにした。
 一緒に昼食でもと言うことだったが、折角だから 食事前に 歩いて10分あたりの
 ところにあるイスラム教徒 チャム族の集落 バーン・クルア周辺を案内した。
 私のブログで紹介している魅力的な場所である。
 バーン・クルアの集落を案内して、すぐ近くにある庶民的な市場、この場所もブログで
 よく紹介する場所で そこもついでに案内することにした。
 日中の陽射しは暑いけれど、折角の機会だからと思ったからである。

 この市場のある通りも夕方近くなれば、活気にあふれ 楽しい場所であるが、
 昼間の時間帯は 露店も少なく、けだるい昼間の午後を 皆 やり過ごしているようで
 夕方からの仕事に向けて 身体を休めている。

 その通りのペチャプリ通り側の入り口近くに 中国人の商う牛肉麺の店がある。
 この辺りでは名の知れた店のようだ。
 ここで牛肉麺を食べるのも 連れのブログ仲間にとって興味深いだろうと思ったので
 あるが、9月3日のこの日は どういうわけか いつもと様子が違い、店の入り口に
 敷かれたゴザの上には たくさんのご馳走が置かれ、店は営業していない。
 訳を訊くと 『サー・チン』と呼ばれる中国人の大切な行事のようで 店は4日間
 休みになると言う。

 どんな行事なのかよくわからないので 近所の知り合いの中国人に訊いてみると
 どうも日本のお盆のような行事で 先祖を敬う行事であると言う。
 中国人の中でも 中国本土から移住してきている中国人は 行事は1日だけ、台湾
 辺りから移住してきている中国人は4日間 この行事を祝うと言う。

 近頃では 日本のお盆などは 形骸化して、先祖からつながる血縁関係を確かめると
 いうことはなくなっている。
 人間一人では弱いものである。
 家族・親戚などのつながりが強く、助け合い、互助関係があれば、厳しい社会の中に
 あっても救われることは多いはずだ。
 弱いもの同士で助け合うことが出来る共同体があることは 物質的な負担や精神的な
 負担を軽減してくれることは 確かである。
 先祖が大切にされる家族制度は やはり三世代、四世代家族は基本になっている
 社会である。
 今の日本では 大半が二世代家族で 各家庭の持つ価値観、長い年月をかけて 
 育まれてきた生活の知恵、人間関係が存続していくことは難しくなっている。
 何か大きな困難に陥ることになれば、家族内で問題を解決していくことになるが、
 それが 家族の力を超えていれば、お手上げの状態になってしまう。
 この20年の日本の弱者切捨ての政治、ばらばらにされた家族、血縁関係、地域社会の
 中では、個人、1家族の負担は大きなものになる。

 中国から異国に移住してきた中国人たちは その異国での生活大変さを
 よく知っているから、祖先のつながり、血縁関係、出身地のつながりを
 大切にしている。

 ネパールのカトマンズにも ネワール族という民族は 血縁や地域社会のつながりを
 大切にする民族である。
 何百年も前に祖先 氏族として出発した家族が 枝分かれをしていけば
 大変な数になるが、その氏族が 1年に何度か集まる行事もある。
 多い氏族であれば、数百人になることもある。
 ネワール族は もともとは カトマンズ盆地に 長い間 王国を造り上げていた民族で
 あるが、今から250年ほど前、別の民族に 王国を征服されてしまう。
 異民族に支配されるという過酷な試練は ネワール族の血縁関係、地域での人間関係を
 強固なものにしていったのだろう。
 弱いもの同士、権力を持たないもの同士が生き残っていくためには 強固なまとまりを
 持つ以外に方法はない。

 そうした知恵や社会的な装置を失ってしまった日本の社会では 弱者は 個人として
 生き抜いていかなくてはならない。
 個人としての力や能力の備わっている人間は 生き残っていくことが出来るが、
 そうでなければ、過酷な運命が待っていることになる。
 自殺者がやたら多いことは その証明だろう。

 アメリカ型の西部開拓時代の個人の力ばかりに頼る社会であれば、普通の人間は
 生き残ることは出来ないだろう。
 アジアの国々には 長い歴史があり、その歴史の中で 育ててきた人間の知恵の
 歴史がある。
 そのアジアの人間の持つ人間関係、血縁関係、地域のつながりを壊し続けてきたのが
 戦後の日本の歴史であり、アジアの歴史でもある。
 個人主義を謳い、個人の自由を謳い、アジア固有の人間関係を壊し続けてきたのが
 欧米のやり方だった。
 その結果、日本がどうなったのか、アジアの国々がどうなったのか しっかり
 見つめる必要があるだろう。

 個人に抑圧、緊張ばかりを強いる欧米型の社会は アジアの長い歴史の中で育ててきた
 価値観とはそぐわないものだ。
 それを鵜呑みにして 造り上げて来た社会が 今の日本の社会である。

 もう一度 自分たちの社会、生活を見直すことがなければ、未来には悲惨な社会が
 待っているだけである。



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閉じる コメント(4)

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農耕民族と狩猟民族の違いだけとは言い切れないものがありますね
加えて敗戦国と勝戦国だけの差でもここまで徹底的に教育された民族も少ない・・・心を取り戻さねば成りませんね・・・

2009/9/7(月) 午後 6:36 [ sto*es*_88 ]

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人間は弱いから助け合って生きていく社会を目指すのか、
弱肉強食を固定して 強いものが上に立つ社会を目指すのか
それがアジアと欧米の違いですが、ヨーロッパは
伝統的な社会ですから、ユーロの社会の中では 弱者尊重の
姿勢はありますが、アメリカは未だに西部開拓時代の強いものが
生き残って当たり前という気風が残っているようですね。

アメリカの豊かな部分だけを見せられて、アメリカの暗部を
見ることなく、うまく騙されて来たような気がします。
アメリカだっていい思いをしてきたのは アングロサクソンと
ユダヤ人だけです。

2009/9/7(月) 午後 6:58 [ hikaruno ]

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うーんたったあれだけの短時間で彼の話を聞いていただけなのに、奥の深い文化的背景の解説ですね。
私にはちょいと難しすぎてしまいます。
でもおおよそおっしゃりたいことはわかります。
もう、日本人文化はド田舎にしか存在しないのかもしれませんね。

2009/9/7(月) 午後 10:40 [ BTTF ]

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家を継ぐという安定した社会を失った日本では、田舎に行っても
年寄りばかりかもしれません。

タイでも 農家でも比較的豊かな中央タイ、地味の貧しい東北タイ、
中国人と出身地によって、文化的な背景が違いますから、
その辺がわからないと、付き合いは簡単ではないですね。

多民族によって 構成されている東南アジアの国では、
人間理解も一筋縄では行きません。

2009/9/7(月) 午後 11:00 [ hikaruno ]


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