|
日本滞在の1ヵ月半で 悲惨な事件が 毎日のように新聞やテレビで報道され、
気持ちが暗くなってしまう。
犯罪は どこにもあることだけれど、子供同士のいじめ、暴行事件は 日本は
突出してきているのではと思う。
子供の自殺もその一つだろう。
*** 逮捕・補導の8人、口裏合わせか 沖縄・中2暴行死 ***
沖縄県うるま市の市立中学2年、米盛(よねもり)星斗(ほしと)さん(14)に
暴行を加え、死亡させたとして同級生ら8人が逮捕・補導された事件で、通報時に
現場にいた4人は、県警の当初の事情聴取に対し、米盛さんに暴行を加えたとされる
残る4人の存在を丸1日隠していたことが県警への取材でわかった。県警は、8人が
通報前に口裏合わせをしていたとみて、8人の関係や当時の状況を詳しく調べている。
うるま署の発表によると、少年らは17日午後5〜8時に米盛さんに断続的に暴行を
加え、米盛さんが意識を失うと、約500メートル離れた駐車場まで運び、そこから
通報した。
捜査幹部の話では、18日未明に米盛さんが搬送先の病院で死亡した後、通報現場に
残っていた4人から同日夕方ごろまで同署が任意で事情聴取。米盛さんの全身に
殴られたような跡があったことから、死亡時の状況に不自然な点がないか聴いたが、
4人はそろって「空き地にあるプレハブ小屋の屋根から飛び降りた際に米盛さんが
足を滑らせて転倒し、一緒に帰ろうとしたが約500メートル先のスーパー駐車場で
意識を失った」と説明していたという。
18日夜に4人はいったん帰宅。翌19日朝から再度聴取したところ、昼ごろまでに
うち1人が「実は殴りました」などと話し、ほかにも関与した同級生がいたことを
認めた。
8人はいずれも暴行に直接加わったことを認めており、県警は、通報時に4人だけが
現場に残り、他の4人をかばう形になった理由について調べを進める。
〜 朝日新聞より
自分が中学生だった40年以上前のことを思い出しても 一人の人間を集団で
暴行するということはなかった。
けんかはあっても それは1対1の素手のけんかが基本だった。
近頃の少年・若者たちの暴行事件を見ていると 集団暴行や簡単に刃物を使う事件が
やたら 多くなっている。
人間の命に対する認識が薄れてきているのだろう。
この中学生の事件の裏側には 何があるのか 知りたくなる。
この事件が起こったうるま市は人口11万5千人の小都市である。
うるま市の中には 多くの米軍の施設がある。
キャンプコートニー、キャンプマクトリアス、陸軍貯油施設、ホワイト・ビーチ地区
などがある。
米軍基地と観光によって成り立っている街といっていいだろう。
実際 私は沖縄のうるま市には行ったことがないから、どんな雰囲気の街なのかは
よく知らない。
米軍基地のある街というイメージは 沖縄に行ったことのない人間には
よく分からないものである。
子供たちの育ちに 米軍基地の影響していることは確かだろう。
今回の事件についても 親子関係、学校教育のあり方、地域共同体の姿(米軍基地も
含めて)考えていく必要があるだろう。
簡単にいじめだったと済ませ、きちんと状況を分析しないから、別の場所で同じような
事件が起こる。
マスコミもただ騒ぐだけで 事件の裏側に流れている問題点を追求しようとしない。
同じ年齢の子を持つ親も ひと事のように片付け、忘れていく。
わが子が 今は問題を起こさなくても 高校生、大学生、社会人になって
大きな問題を引き起こすことだってある。
想像力を失った人間、共感性を失った人間に囲まれていれば、どんな子供だって、
おかしくなっていくのは当たり前のことである。
今回の事件も 1週間もすれば、何事もなかったかのように忘れられていくのだろうか。
++ブログランキングへの協力をお願いします。++
** 忘れないでね **
↓
にほんブログ村ランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]
人気ブログランキングに参加しています。
*面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
[ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]
|
4年前の今頃、全国各地で幼い子供が理不尽に殺される事件が続発しました。ヒマ吉たち、町内の有志は見るに見かねて小学生下校見守り隊を立ち上げました。
以来、毎日小学校低学年の子供の下校時に街角に立って見張りを続けています。
世の中には評論家は多いですが、体を使って行動する人が少なすぎます。
子供の暴力事件もいろいろな社会的な背景があって、どこをどうすればなくなるなどという簡単な問題ではありません。
しかし、政治や社会が悪いのだと云って、何もしなければ何も動きません。小さなことでも、できる人ができることに行動を起こすべきです。
ヒマ吉のような、することもない老人など、どんどん外に出たらいいのです。
子供たちと挨拶を交わすだけでも元気をもらえます。
2009/11/21(土) 午後 9:36
子供が生きる場所も おあとなの生きる場所も同じです。
大人が希望を持って生きていなければ、子供が希望を持つはずも
ありません。
他の人の子供に起こったことは 全くの他人事で自分とは
関係ないと思ってしまう世の中です。
何かが起こってしまうまで 気がつかない。
子供も大人も 心の安定をあることが出来る社会は
くるのでしょうか。
2009/11/21(土) 午後 9:39 [ hikaruno ]
街で知らない子供にもどんどん声をかけてあげたいのだけど、
それをやってると、周りの大人から「こいつ変態か?」みたいな目で
見られるので、なんて狭量な思考の持主なんだろうと思うことしきり
です(^_^;)
2009/11/22(日) 午前 10:35 [ sabaibb ]
今の日本では 子供に声をかけることなど出来ませんよ。
子供も大人も不幸な姿ですね。
ネパールの良さは 大人と子供の交流が普通に行われているところです。
学校も地域も 警戒心が大きくなって 小さいときから 人間に対する不信感を育てるばかりです。
2009/11/22(日) 午前 10:53 [ hikaruno ]
子供に声をかけることはできます。かけ方の問題です。
子供扱いせず、対等に向き合って声をかければ子供は素直に応えてくれますし、「変態か?」などと疑う大人もいません。ヒマ吉は毎日子供と接しているから自信をもって云うことができます。
日本が人間関係の稀薄な社会になっていることは事実ですが、太宰治も書いていたではありませんか「パンドラの筐の底には小さく光るものがあって、よく見ると「希望」と書いてあった」と。
悪いことは全て自分の外にある、社会が悪いのだと決め付けて諦めてしまったら何も生まれません。
大人はさておき、子供は信じてやりましょう。
ネパールでと同じように、構えずに声をかけてやってください。
2009/11/22(日) 午前 11:48
といっても 別に子供がどうこうというより みんな 世の中の
風潮があるから 1歩 ひいてしまうのではと思います。
子供が何か困っていれば 声をかけることも出来ますが、
声をかけようにも 子供を見かけなくなりました。
下校中の子供くらいのものです。
休日の公園でも親子連れはいますが、グループで遊んでいる子供は
見かけません。
本当に子供も少なくなったし、仲間と自由に遊ぶ時間もなくなったのでしょうね。
ネパールでは写真を撮ることから 子供たちとの会話が始まりますが、日本では個人情報の問題もあって カメラを向けることも
避けてしまいます。
きっかけを掴むことも難しいですね。
ブログなどで 子供たちの顔に モザイクをかけているのを見ても
大変な世の中になってきていると思いますよ。
2009/11/22(日) 午後 1:15 [ hikaruno ]
日本では子供たちが一人で学校へ行っているのが当たり前ですが、アメリカなど外国では考えられないことです。学校の送り迎えは親の責任、必ず親が送迎します。日本が安全な国である証ですが、最近では問題になるような出来事がたくさん発生しています。
安全な国ではなくなってきました。
事件に巻き込まれないようにいろいろ策をするのは必要なことですが
あまりにも度が過ぎると危機を察知する本能が失われていくような気もします。
2009/11/22(日) 午後 6:25 [ sto*es*_88 ]
stonesさんのご意見は、親が責任を持って送迎すべきだというのか、子供に自衛本能を持たせるためにあまり干渉するなというのか、はっきりしません。
ヒマ吉の意見ははっきりしています。子供は地域で守るべきです。今の日本では、小学校低学年の児童を持つ親は共稼ぎがほとんどで、子供の送迎の余裕はありません。
また、小学生でも、1年生、2年生、3年生の違いを見極めたことがありますか。3、4年生になれば、ある程度自衛本能も身につくでしょうが、1年生などは丸裸です。
周囲が見守ることは必須です。
ならば誰がするか。できる人はいくらでもいます。差し当たりヒマ吉のようなヒマ老人などは最優先で適格です。
できる人が、できる範囲ですこしずつ力を出せばいいのです。
子供は甘やかさず、しかも目を離さないことが絶対必要なのです。
2009/11/22(日) 午後 7:57
20年前とは 全く違った世の中になってきていることを感じます。
一つには 共稼ぎをしなければ 生活がなりたたなってきている
こと、そのために親の目がそれだけ行き届かなくなっていること、
基本的には ある程度子供には手をかける必要があるけれど、
現実には それが出来なくなっていること、地域で子供たちに
関心を持ち、子供の安全に気を使うことが出来れば、それが1番だと
思いますが、そのためには 大人の子供に対する意識が変わっていく必要があるのでしょう。
幼稚園は親の送り迎え、1年生になったら、一人で登校というのも
無理があるのかもしれません。
下校後の時間はどうするのか、それも問題です。
子育てに必要な環境をどう整えていくのか、真剣に考える時期に
きていると思います。
もう一度 親の役割について 考え直していかなくてはなりません。
国の子育て支援金だけでは 問題は解決していきませんね。
2009/11/22(日) 午後 9:19 [ hikaruno ]
hikarunoさんのおっしゃるとおりだと思います。
さはさりながら、社会構造や親の意識を明日からすぐに変革できるものではありません。
それは大きな課題として意識しつつ、目先の小さなことでも出来ることがあるなら、それを行動に移してゆくことが大切だと思います。
環境問題もそうですが、ヒマ吉ごときが電気やガスを節約しても地球環境に何の効果も及ぼしません。でも、1千万人の人が、1億人の人がそうしたらどうでしょう。
何もしなければ何も起こりません。ムダと思っても一歩を踏み出すことが必要だと思うのです。
甘いでしょうか?
2009/11/22(日) 午後 10:25
一人でも多くの人が 環境や身近な社会の出来事に眼を向け、
大人も子供も 安全で快適な暮らしを作るための努力をしていけば、
すぐにでも 日本は変わると思いますが、頑張っている人は一部の人
たちだけです。
そうした人々がいることで どうにか 大きく後退しないでいることが 出来るのだろうと思います。
ヒマ吉さんのような人が多くなれば、少しずつ 地域は変わっていくだろうと思います。
2009/11/23(月) 午前 0:31 [ hikaruno ]
***様
ありがとうございます。
気をつけて 行ってまいります。
2009/11/23(月) 午前 8:32 [ hikaruno ]
今日、写真を拝見したら、子供達がイキイキしてとてもステキな写真で歓心しました。いつもステキな写真、ありがとうございます。
2009/12/15(火) 午後 8:35 [ himono ]
子供たちの表情が生き生きとしている、そのことが国の未来を
占う鍵のようです。
どんなに貧しい国でも 子供たちの表情が豊かであれば、
可能性を感じさせてくれるし、人間社会のゆとりを
感じさせてくれます。
2009/12/15(火) 午後 9:42 [ hikaruno ]