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先日、学校と訪問した時には、休日のため、生徒たちがいなかったので、
今日、再び、訪問してみた。生徒たちの生の姿を知りたかったからだ。
午前9時50分に、学校を訪問すると、始業は、10時であるらしく、
子供たちが、登校している最中だった。
この頃のネパールの学校の流行らしく、皆一様に、ネクタイを締めてはいるが、
白いワイシャツの痛みようで、その貧しさの様子がわかる。
私立学校の生徒であれば、ワイシャツも、真っ白で、アイロンもきちんとかかっており、
ズボンにもプレスがしっかりかかっている。
小学2年生の教室を覗いてみる。教師は、まだ来ておらず、子供たちは、椅子に座り込んで、
教師の来るのを待っている。
子供たちに、それぞれの民族名を訊いて見る。ネパールらしく民族の多様性がここにも見られ、
タマン族、タルー族、グルン族、チェットリ族、バウン族、ネワーリー族、シェルパ族、
ライ族などがいる。
前の方に座っている子供たちは、小学2年生相応の年齢に見えるが、
後ろの方に座っている子供たちは、小学2年生であるにもかかわらず、
12歳、13歳と年齢が高い。
10歳以上の子供たちは、主に ネワール族の家で、した働きをしており、
午前5時に置きだして、朝の食事の準備を手伝い、家の片付け、掃除を済ませ、
学校にやってくるようだ。
このクラスの半分が、そういった子供たちだ。
そして、3時過ぎには、家に帰り、家の主人に言いつけられた仕事をし、
夜の10時には、寝るという毎日のようだ。
タマン族、タルー族の子供が多く、皆、村から出てきており、親は、村にいるようだ。
1年生は働きながら学んでいる子供は、少なかったが、学年が上がるにしたがって、増えていく。
働きながら、学ぶことは、大変であるが、働いている理解のある家の協力で、
学校に通えるというのは、ある意味で幸せなことだと思う。
カトマンズでは、そういう機会に恵まれず、ローカルな食堂で、汚れた衣服を身につけ、
働いている子供も数多くいるのだ。
上には上があり、下には下があるのだ。
私個人としては、小学5年生の教育を終えた後は、何か手に職をつけるための職業教育が
必要に思う。
学業を終えただけでは、食べていけず、上に這い上がっていくことも困難だ。
料理、洋裁、木工などの技能も教えていくことも大切だ。
皆が皆、事務職に就けるわけもなく、公務員になれるわけでもない。
どんなことでも、専門的な技術を身につければ、食べていくのに苦労することもあるまい。
もちろん、学問が好きで、そういった方面で秀でていれば、そっちに進めばいいのである。
そんなことを感じた今日の訪問だった。
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魔女ねこさんへ (更新したら、コメントが消えてしまいました。)
一生が学びの場だと思います。字が読めるとか、書けるとかが出来て初めて次に進めるのだと思います。何か仕事についても、より深く知ろうとすれば、本を読むことも必要になるでしょう。計算が出来れば、人に騙されることも少なくなるでしょう。
公教育の整備された日本の教育制度の中では、考えられないようなネパールの公教育です。
字が読めず、書けず、計算も出来ずに、苦しい生活を強いられている貧しい人たちが、ネパールには大勢います。
こういう人たちの子供が少しでも、先に進んでいけることを願うばかりです。
2007/9/27(木) 午後 11:38 [ hikaruno ]