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カトマンズ近郊の公立学校は、地域と密着しているためか、一概に見栄えの良い学校が多い。
こういう学校へ行って、学校の事を訊くと、必ず反対に訊かれるのが、
援助のためにやってきたのか。
学校を増築したいが、誰か援助してくれないかと頼まれるのである。
教師が、援助の仲介役を勤めているのである。
この前も、コカナの村の公立学校の先生に、コカナの村の中で出会い、少し話をしたのであるが、
ここでも、援助の話である。
援助が当然のごとくの話しぶりには、驚いてしまう。
自助自立の精神は、教師から失われているのであるから、
子供たちに、自助自立の精神など教えられるものではない。
上から下まで援助、援助で 自助努力によって、学校を良くしていこう、教育課程の充実を図ろう、
理想的な教育を目指そう、そんな意気込みは感じられず、外国人を見れば、
援助を求める援助仲介屋になってしまっている。
援助を仲介すれば、コミッションでももらえるのかと、疑いをかけてしまいそうである。
見栄えの良い学校が出来れば、良い教育が出来る、それが事実でないことは
今の日本の教育が証明しているではないか。
教師の熱意のないところに、どんな教育も成り立たない。
ただただ、教科書を読み上げて、授業をしているだけでは、子供から何も引き出すことが出来ない。
学校の見栄えよりも、教師の質の向上の方が、最優先されるべき事柄のように思われる。
村人にとっても、良い教師とは、良い授業を行う教師ではなく、
援助をたくさん仲介する教師になってしまうだろう。
それにしてもカトマンズ近郊の公立学校、教育内容はともかく、
外見はずいぶんよくなってきている。
すべて、援助のおかげである。
しかし、援助を期待する教師の熱意以上の、教師の教育に対する熱意は感じられない。
それにひきかえ、カトマンズ市内の公立学校の老朽化には、眼を覆うものがある。
カトマンズ近郊の村の公立学校であれば、村人の協力も必要だし、村人の目も気になるし、
いい加減なことをしていれば、選挙の際の票にもつながる。
ところが、今カトマンズ市内の公立学校に通う子供たちの半数以上は、
カトマンズ近郊の貧しい村からやって来て、カトマンズの中産階級以上の家で働きながら、
学校に通う子供と、本当にカトマンズの中でも 子供の教育にお金をかけることの出来ない
最貧層の親の子供たちだ。
学校を下から支える地域共同体もなければ、文句を言う親もいないのである。
政府は、無関心、そういう学校の実情を、逆に外に見せようとしないところもある。
カトマンズ市内の学校とカトマンズ近郊の村の学校の格差は広がる一方である。
公立学校の教師たちも臭いものには蓋をしろという姿勢で、子供たちの代弁者にはなっていない。
海外協力隊で、学校関係に派遣されている隊員たちは、こうした現状をどう見ているのであろう。
彼らの何人かの発するブログを読んでも、そんなことは何一つレポートされていない。
何のための、海外派遣、何を目的で、ネパールにやってきているのか、首を傾げざるを得ない。
写真上2枚は カトマンズ市内の公立学校
写真下2枚は カトマンズ近郊の公立学校
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