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 ネパールに長く滞在していると、知り合いなどが出来、家に遊びに来いと、と誘われることがよくある。昼間であれば、チュウラ(炊いたご飯を、潰して平たくし、乾燥させたもの)とタルカリ(野菜カレー)、肉カレー、夜であれば、ダル・バート・タルカリをご馳走してくれる。
そして、食べ終わって、話が弾んでくると、やにわに、日本に行きたいのだが、保証人になってくれないかとか、日本は、モービルフォーンが安いそうだが、今度来る時に、持って来てくれないかとか、そんな話が出てくるのである。
 昔であれば、日本製のテレビは、性能がいいから、持ってきてほしいなどと、とんでもない話まででてくることもあった。そこで、断ってしまうと、もう誘いはないのである。
 目的は、友好ではなく、ものなのである。そういうことを何度も経験すると、家に招待されることが、鬱陶しくなり、断ることが多くなる。
 何人かは、友好が目的で、そういう人とは、付き合いも長くなる。

 昔、人も旅行者も、まだまだ、少なかった頃、ハヌマンドカの寺院に座り込んで、のんびりしていると、ネパール人が、寄ってきて、話しかけてくる。旅行者目当ての偽ガイドたちだ。のんびりしたいから、静かに座り込んでいるのにうるさくて適わないのである。
 話の最後は、日本に行きたいから、保証人になってくれという話になる。そういうことが、煩わしくなって、ハヌマンドカに座り込むこともなくなった。

女性に対しては、結婚を目的に近づいてくるケースが多いようだ。最初のうちは、ネパールの男は、実に優しく、女性に至れり、尽くせりのサービスをしてくれるのだ。そこでめろめろになって、結婚でもしてしまうと、手のひらを返してしまう。ネパールは、男尊女卑の世界だ。それにカーストの問題もある。上位カーストの家で、年寄りなどいる家に嫁いでしまうと、食べ物を扱う台所にすら入れぬことにもなる。ジェットという穢れの習慣があるからだ。異民族、低カーストの触ったものは、穢れてしまっているから、食べないと言う習慣だ。上位ヒンズーカーストではよく見られることである。
町では、随分緩くはなっているが、村では、まだまだ厳しく守られている習慣である。
女性の旅行者は、それをよくわきまえて、行動するに越したことはない。

ネパール人の優しさにほだされて、ついつい、相手のペースに乗ってしまい、強姦されたり、性的嫌がらせをされることも少なからずある。そういうことを求めていれば、別だが、そうでなければ、充分に気をつけるに越したことはない。


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 少し変わったネワール族の”かかあ殿下”の女主人の家賃の値上げが、これ又、凄いのである。
 1年目は、千四百ルピー、2年目は、千七百ルピー、3年目が、二千二百ルピー、4年目が二千八百ルピーと、値上げに暇がないのである。
 それでも、相場とは、それほど、かけ離れてはいないと思い、我慢していたのである。
 ところが、5年目に入ると、突然、四千ルピーと告げられるのだ。これには、私も怒り爆発、

 − いくらなんでも、ちょっと、ひどいんじゃないの。普通値上げの相場は、年、多くとも15パーセントではないか。30パーセント近い値上げではないか。私の最終の回答は、三千五百ルピー、それ以上は、びた一文出さないぞ。

 ”かかあ殿下”女主人 いわく、

 − あんた、主人が、心臓の手術をしたときに、一年分家賃を払ってくれなかったじゃないの。

 3年前のことを、持ち出すのである。理由にならない理由を持ち出すのである。これは駄目だ、こんなところにいては、どれだけ、家賃の値上げをされるか、わかったものではない。引越しを決めて、月末には引っ越してしまった。

 後に 路上で”かかあ殿下”女主人に会うと、彼女いわく、

 −もう百ルピー(三千六百ルピー)出してくれれば、よかったのに。

 この百ルピーのために、彼女は、大変な災いに巻き込まれるのだ。四千ルピーの家賃では、なかなか、入り手は、見つからず、半年近くその階は、空いたままであった。いくらの損害?
 災いは、まだまだ、終わらないのである。
 やっと、借りてを見つけ、入ってきたのは、ダージリンのネパール女性と、結婚しているインド人、ビジネスをしているインド人ということだ。 
 最初の話では、電話を親子電話にして使わせると、いうことだったが、その約束を、きちんと守らない大家、怒ったインド人のほうは、約束が違うと、家賃をはらわない。電話が使えなくて、ビジネスが出来なくなったと、怒り出すのだ。
 挙句の果ては、裁判所へ、突然、警察がやって来て、ドアの鍵をかけていく。裁判が決着するまでは、なんびとも、二階のフロアには入ることは出来ないのだ。
 二年近く、二階は鍵のかかったままであった。百ルピーのために蒙った損害は如何に!
 
 裁判の結果がどうなったか、私は知らない。


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カトマンズのネワール族のマッラ王朝を征服し、トックリ・チェットリ族のサハ王朝の支配が始まる。
サハ王朝の王としてその座についたプリティビ・ナラヤン王は、早速、ネパール統一への道を歩み始める。ネパール各地にあった24の土候国を、次々と支配下に置き始める。
 その兵士と言えば、ゴルカから連れてきたマガール族、グルン族の兵士たちだ。
カトマンズの街の治安にも、チェットリ族を上級警察官、グルン、マガールを下級警察官として、力を入れてきたのであろう。当時のカトマンズの人口は、ネワール族が圧倒的に多かったはずだから。カトマンズの治安の確保は、必須のことであったはずだ。被支配民族であったネワール族、今でも、ネワール族の警察官、軍人は極めて少ない。
 サハ王朝の支配を嫌ったネワール族たちは、地方へと、散らばっていく。パルパ・タンセン、ツルスリ、ボジュプールなどは、多くネワール族の住む町である。

東ネパールのライ、リンブー族の支配地も支配下に置き、ネパール統一を成していくのである。その後、ライ、リンブー族は、警察官、グルカ兵として、重要な役割を果たすようになっていく。
プリティビ・ナラヤン・サハ王、シンハ・プラッタプ・サハ王、ラナ・バハドール・サハ王のこの3代に渡る治世の中で 完全なネパール国土統一を成し遂げるのである。
その間、1788年には、チベットのシガチェまで攻め入るが、中国、時の清国の力を借りたチベット・清国軍に追い返され、互いの損失は大きく、1792年に休戦協定を結ぶことになる。
 それでも飽き足らず、当時イギリス植民地下にあったインドに攻め入っていくのである。そして、インド、ガンジス平野の2百以上の村を占領するのである。
 まさにこの時代、ネパールが対外的にも力を持った時代であった。

 前に住んでいた大家、私が日本に3ヶ月ばかり、帰国する際に一言、

 − 浴室の鍵は、置いていってください。水が漏れたりすると困るから。

 私の借りていた2階のフロアの浴室は、外にあったのだ。そのまま、素直に浴室の鍵を返し、帰国する。
 3ヵ月後、再び 帰ってくると、浴室の中においてあったバケツ類、容器はペンキだらけであった。半分壊れかけているものもある。
 唖然!これが目的だったのだ。
 この大家のだんな、政府の中級官吏、日本にも、アジア各国の保健関係のセミナーにも出かけている国際派なのだ。どうもわからない。文句を言っても、あの「家のねずみじゃない。」と言った”かかあ殿下”の奥さん、話にならない。

 こんなことは、ネパールではよくあることである。今住んでいる所でも同じようなことがあった。今住んでいる家の持ち主は、チェットリ族(武士カースト)、上記の習慣は、ネワール族特有のものであろうと思っていたのだ。
 ところがところである。彼らも同じようなことをするのである。入居して3年目ぐらいは、この家の主人がきちんを家の管理も生活習慣もしっかりしており、鍵を預けて、帰国しても何一つ問題がなかったし、少しお金を渡しておけば、部屋もきれいに掃除しておいてくれたものである。とはいっても、貴重品類を置いた部屋だけは、きちんと鍵をかけ、鍵は渡さない。
 この主人が、癌で亡くなると、誰も奥さんのコントロールが出来なくなり、本来の性格が表に出てくるのである。
 いつもの調子で、この奥さんに鍵を預け、清掃のための少しのお金を渡し帰国する。帰ってきてみると
部屋の掃除はされていない。その上、日本から持ってきていた上質の旅行用の上質のボストンバックもなくなっている。
 上階に行って、大家に聞くと、旅行に使ったと言う。返してもらうと、泥だらけ、全く,呆れてしまうのだ。それ以後は、鍵は預けない。
 ネパールでは貸し借りもそうである。外国人がお金など貸そうものなら、これはチャンスとばかり、返ってこないと思っていいだろう。ある者は、ない者に与えるのが、当然と思っているせいかも知れない。
 与えたら最後、貸したら最後である。いいにつけ、悪いにつけ、それがネパールの社会である。
 借りるのも大変なのである。ものを借りると、その何倍もある価値の物を、貸さざるを得なくなる。
しかし、そんなことをいちいち気にしていては、神経症になり、ネパールでは、生活できないのである。
 彼らにとっては、どんな日本人も金持ちであり、それは不滅の真理なのだ。
 「お金など大して持っていない。」と主張しても、鼻で笑って、根っから信用しようとしない。
 困ったものである。


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 パタン郊外、ゴダワリの近くにあるタイバ村のマハルザン(ネワール族の農民カースト)のみが
 生活する地区がある。
 普通、ネワール族の社会では、上位カースト(プラダン、シュレスタ、サキャ、バジャチャーレ等)
 と地区ごとに分かれてはいるが、混在して住んでいるのが普通である。
 しかし、ここはそうではないのである。全くの純粋な農民社会なのである。
 ちょっと、珍しい。
 人口にすれば、4,5千人といったところで、ここだけでも、村といってもいいだろう。
 村は、四つの門を持ち、人々は、行く場所に応じて、その四つの出入り口を使い分けている。
 この村の2キロばかり上方にあるタイバ地区は、上位カーストのシュレスタが 多く住んでいる。
 その村の住民に比べると、この村の住民は気さくで、取っ付き易い人たちだ。
 カメラを向けて写真を撮ると、近くにいる者が、冗談半分に 
 「この人に煙草一本やってよ。」と必ず言う者がいる。
 村のいたるところで、カーペット用の糸が紡がれている。
 
  − おばさんところ、どのくらい田んぼや畑が、あるの。

  − なんぼもありゃせんよ。1ロプニ(2百坪)だけだよ。

  − それじゃ、米も麦も、家族が食べるには足りないじゃないの。

  − そうじゃよ。だから、手間仕事(毛糸の紡ぎ)をしとるんじゃないかね。

  − そりゃそうだ。農民に土地がなかったら、困るね。だんなは、どんな仕事をしとるの。

  − 左官の仕事をしとるよ。

 中には、土地持ちもいるが、大半は、日々の糧である野菜作りで精一杯のようだ。

 この村、村の何箇所かに井戸があり、共同水道も完備されており、雨期明けの今は、日に3回、
 朝昼夕と水は、充分に来るようだ。
 私の住んでいるところなど、二日に2時間だというのに。

 この村の中央には、驚くほど立派な建物があるのだ。
 すべて新しく造ったものであるが、ネワールの工芸の粋を尽くしたもんだ。
 聞くと、フランスの援助団体の寄付と村の人たちの募金で造ったそうだ。
 それが、全く活用されていないのである。旅行者を当て込んで造ったのであろうが、
 ほとんど、旅行者など来ていないようなのである。
 この辺にマハルザンの商売べたが 感じられるのである。
 トレッキングを別にすれば、旅行者は、のんびりした時間の流れ、気さくな農民との交流、
 そんなものを、ネパールに求めているのではなかろうか。
 上手な宣伝と、快適なゲストハウス、レストランでもあれば、充分に旅行者を
 ひきつけるに違いない。
 一、二泊の滞在でも、充分に楽しめるスロウライフ、カトマンズの喧騒から逃れて、
 ここに来れば 旅行者も安らぎを覚えるだろう。
 村人の日常を眺めるには格好のスポットなのである。
 実に勿体無い立派な建物なのである。
 2階部分は、使われておらず、鍵のかかったままである。
 ゲストハウスにでもすれば、最適である。もう一歩踏み出すだけの知恵がないようである。
 タイバ村 アルシッディ2泊3日安らぎツアー、誰か、アレンジしてくれないかなあ。

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