過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

 マッラ王朝時代に造られた共同水場 ドゥンゲダーラを横目にみなから、
 タチュパル広場を後にして、トウマディ広場に向かって歩いていく。
 この道筋がバクタプールのメイン・バザールだ。
 店で売られて商品は、昔とは様変わりしてしまったけれど、建物はそのままの姿だ。
 年寄りたちは昔ながらののんびりした商いをしている。
 通りの中心にやってくると、バクタプールの農民カーストのキッサンたちが、楽器を
 打ち鳴らしながら、通り過ぎていく。
 中高年の集団だ。
 近頃の若者たちは、こうした伝統的な音楽には 興味を失っているのだろう。
 老人たちは昔を懐かしむように、徒党を組んで街の中を練り歩く。
 明日の祭り、ビスケット・ザットラを楽しむために。

 トウマディ広場に近づくにつれて、マッラ王朝時代の支配階級たちの多くすむ地域へと
 入っていく。シュレスタ、プラダン、アマチョ、ジョイシーなどの支配カーストの
 人たちの住む地域である。彼らは主にヒンズー教を信仰する。
 ヒンズー教の王は神であるという神王思想は、国の統治を容易にする。
 タイでも、カンボジアでも、インドのヒンズー教の神王思想を取り入れている。
 王はヒンズー教の神 ビシュヌの化身であるという思想だ。
 マッラ王国は、ヒンズー教を取り入れ、平等思想を持つ仏教徒たちを支配下に
 おいていったのだ。
 後に マッラ王国を侵略し、カトマンズ盆地を支配したゴルカ王朝も同じ支配体制を
 とっていった。

 マッラ王朝の三国時代、カトマンズ、パタン、バクタプールと三つに分かれた王朝の
 1つ このバクタプールに ゴルカ王朝の始祖 プチティビ・ナラヤン・サハは、
 行儀見習いとして、入り込み、カトマンズの支配体制のすべてを探っている。
 そして、この王国を奪い取るための策を練るのである。
 無防備な外交能力のなさ、カトマンズ盆地の中にしか関心を持たなかった心の狭さが、
 マッラ王国の崩壊を招いたである。
 それはラオスのラオ族のラーンサーン王国が ビエンチャン、ルアンパラバン、
 チャンパサックと三つの王国に分かれ、そのためにシャム(タイ)王国に滅ぼされて
 いくのに似ている。時代も同じ頃のことだ。

 それにもかかわらず、ネワール族、特にバクタプールでは色濃くネワール文化が
 残っている。
 カトマンズやパタンと違って カトマンズ盆地の中心から離れていることから
 バクタプールの旧市街の大半はネワール族によって占められている。
 カトマンズやパタンは旧市街の中にも多くの他民族が住みつくようになっている。
 そのためネワール族独特のつながりの強い共同体意識が失われていっている。
 カトマンズのネワール族などは、古い狭い住居を貸間にして、カトマンズ郊外に
 新しく家を建て始めている。
 まだ、バクタプールではそんなことはないようだ。
 何度もここに通えば、バクタプールのネワール族の共同体の姿がわかるだろう。
 そんなことに興味は湧いてくる。


   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

 昼過ぎから、近所にある選挙の投票所へ行ってみた。
 ちょっとお腹が空いたので 何か軽いものでも食べようかと大通りに出たついでに
 投票所を覗いてみようかと思ったのである。
 大通りに出ると、自動車の姿は見られず、国連関係の車と治安関係の車が走り回って
 いるだけだ。
 この日は一般車両での移動は禁じられている。
 大半の人は徒歩か自転車であるが、その姿もまばらである。
 ほとんどの商店は閉じられており、何か食べようと思っても、適当な食堂は開いて
 いない。
 いつもは渋滞のタパタリの交差点も静かなものである。
 路上にアイスクリーム屋がいたので、5ルピーのアイスケーキを買って食べる。

 バグマティの橋のたもとに投票所があったので覗いてみる。
 投票所の前には、ボランティアと評して、各政党応援者が机を並べている。
 見知った顔も何人かいる。
 投票所とは名ばかりで 簡易テントを張り、机を並べただけのものである。
 ヨーロッパユニオンと称する援助団体もやって来て、チェックしているが、
 言葉もわからず、ただただ見回っているだけである。
 お金の無駄である。票の移動と開票の際には、監視に出向くのであろうか。

 投票所近辺には人が集まり、選挙に関する世間話をしているようだ。
 休日の午後の暇つぶしである。
 何とも緊張感のない投票現場だ。

 選挙戦中から、一般市民たちは選挙には関心を持っているようには思えなかったが、
 期待もしていない様子が、投票所の雰囲気から伝わってくる。

 一体どういう結果になるのか、予想もつかないが、
 国民に身近な政治にしてもらいたいものである。
 地方では多少の混乱もあったようだが、このカトマンズでは平和裏に選挙は終わった
 ようだ。

 南ネパールのタライ地方では、選挙運動に絡んで、7人のマオイストの若者が、
 警察の理由のわからぬ発砲で殺害されたようだが、何とも悲惨なことである。

 カトマンズの治安警察、軍は、大半がチェットリ族、バウン族によって占められている。
 チェットリ族、バウン族はネパールの実質的な支配者である。
 武器の大半は彼らが握っている。
 今後、軍や警察がどう変わっていくのかも、ネパールの民主化の手がかりになる。
 今までと同じ体制のままであれば、ネパールの混乱はいつまで経っても収まらない。


   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

 
 高い寺院を目指して、坂道を下っていくと、バクタプールのある二つの広場の一つ
 タチュパル広場へと出た。
 表側から街に入れば、トウマディ広場に行き着くし、裏から入れば、タチュパル広場が
 近い。
 私は裏から入ってきたから、このトウマディ広場にやってきたわけだ。
 このあたりはバクタプールの中で最も古い地域である。
 25年前に初めてこの地に訪れたのだが、たくさんの土産物屋が出来ていることには
 驚いてしまった。所謂観光地の姿である。
 昔、ヒンズー教のブラーマン(僧侶)が住んでいた建物は、博物館になっており、
 その建物に有名なピーコック・ウィンドウが取り付けられている。
 カトマンズの木工工芸の高い到達点を示している。
 昔の記憶からすれば、もっと大きなもののように思えていたのだが、再び見てみると、
 意外と小さいものだった。

 ネワール族の特質かもしれないだ、彼らは細かい細工に興味を示すようにも思われる。
 木工の世界では、ダイナミックな大きな像のようなものは見かけない。
 あまり自分たちの力を誇示する民族ではないのだろう。
 インドの巨大建造物に比べると、小粒であるが、その繊細な芸では勝っている。
 富の違いによるのだろうが、ネワール族を見ていると、領土を増やすこと、侵略するという
 自分たちの領土の外へと向かう志向はあまりなかったようだ。
 だから 兵力を持つことにも興味を示さず、カトマンズ盆地の中で、安穏とした生活を
 送っていたのだろう。
 そのためにインドからの移住者 チェットリ族、バウン族に国を奪われる結果にも
 なったのだろう。
 国を奪われたあとも、人口数ではネワール族のほうがはるかに多かったにもかかわらず、
 国を再び奪い返すということもなく、今日に至っている。

 バクタプールにおいても これだけの歴史的遺産を残しながら、工芸はその後発展せず、
 木工芸の仕事の中心は、カトマンズ近郊の村 ブンガマティに移ってしまった。
 土産物屋で売られている木工製品のほとんどは、ブンガマティで造られたものである。
 バクタプールにもシルッパカールと呼ばれる木工の仕事をする職業カーストがあるが、
 木工工芸というより家を建てる大工(シッカルミ)になってしまっているようだ。

 街全体を博物館のようにして、入場料をとっているせいか、カトマンズに比べると
 建物の保存は良くなっているようだが、バクタプールの人たちの信仰とはかけ離れて
 いっているような気もする。
 それは観光地の持つ宿命のようなものだろう。

 歴史的建造物はともかく、バクタプール庶民の建物の老朽化が進み、建て替えも
 盛んになってきている。至る所で、そんな姿を見た。
 カトマンズに比べると まだ落ち着いたたたずまいを見せているが、旧市街地の外は
 どんどん建物が建ち始め、昔あった田園風景は失われてしまっている。
 ここにも環境汚染の問題は忍び寄ってきている。


   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

全1ページ

[1]


.
hikaruno
hikaruno
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

美術・工芸

日本の政治

海外情報

ニュース

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
友だち(5)
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • ミーヤー
  • はーちゃん
  • yag*o*ama
  • ピタル…☆
友だち一覧

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事