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 私が パタンのこの場所に住むようになってから、20年以上になる。
 20年も住んでいると、いくつかの馴染みの店が出来るようになる。
 その1つが 東ネパール出身のバウン族の人が商う小さな雑貨屋だ。
 小さな雑貨屋といって馬鹿にしてはならない。
 この店に行けば、生活に必要な大半のものは手に入れることが出来る。
 煙草、牛乳、コーラ、ミネラルウォーター、お菓子、米、小麦粉、豆、食用油、
 洗剤、シャンプー、かみそり 数え上げればきりがない。
 それらの商品が 店の主がすぐに取り出されるように整理されて置かれている。

 もの店の主はバウン族である。ネパールの国営ラジオ局に勤め始めてから、36年に 
 なり、あと2ヶ月すれば、定年退職になる。
 ネパールの定年退職年齢は、60歳であるが、勤める時に作った書類に記入された
 生年月日が間違っていたため、56歳で定年退職ということになってしまった。

 4歳の時に父親を亡くし、母親の手で育てられたと言うから、かなり苦労はしているようだ。
 子供は4人、女の子二人、男の子二人、女の子二人は大学に行き、もう結婚している。
 男の子は、まだ大学在籍中、長男は修士課程在籍、次男も大学在籍だが、政治運動のほうに
 興味があり、卒業の見通しは定かでない。

 私がこの場所に越してきた20年前は、このあたり、雑貨屋は、2軒しかなく、
 商いも順調だったらしいが、近頃では、あたりに多くの雑貨屋が出来、
 商いもなかなか大変そうだ。
 しかしそれでも、22年前に土地を買って、家を建て、その家も3階まで建て増し、
 部屋貸しもしていると言うし、退職後には6千ルピーの年金も出ると言う話だ。

 出勤前、仕事を終えて帰宅後は、店を商う、彼がいないときには奥さんが店を見ると
 いう生活を20年以上にわたって頑張ってきた。
 賢い未来志向の出来るバウン族なら出来るという頑張りである。
 老後は年金、家賃収入、雑貨屋の収入で安泰である。
 東ネパールの山から出てきて、努力に努力を重ねた結果である。

 この店の前は、夕方になると、近所の暇人たちの井戸端会議の場所である。
 市井の情報を得るためには格好の場所だ。政治の話、近所の出来事などは話題に上る。
 そんな話を聞くのは私の楽しみの一つでもある。
 バウン族の習慣、考え方などを知るには、役に立つ。

 塩、砂糖、煙草、食パン、牛乳、食用油などを買い求めるようにして、
 私もこの場所にやってきて、井戸端会議に加わるようにしている。
 品物を買いにやってくる人たちを眺めることもネパールを知る上で役に立つ。
 様々の民族の人たち、カーストの人たちが雑貨屋にはやってくる。
 米1キロ、豆(ダール用 豆汁)0.5キロとその日の糧を小出しに買っていく庶民の生活の姿が
 見えてくる。
 5ルピー、10ルピーのお金が彼らの生活に影響を与える雑貨屋の買い物の世界だ。
 こんな世界は、デパートやスーパーマーケットでは見えない世界だ。
 子供たちは、1ルピー、2ルピーのお金を持ってやってきて、駄菓子を買っていく。
 皆、間借り住まいをしているぎりぎりの生活をしている親たちの子供たちだ。
 今から50年も前の昔の日本の生活の姿と重なる。
 人々の生活は貧しい。しかし、豊かな今の日本より犯罪が少ないというのは、
 どういうことだろう。


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 私が住んでいる家の一階には、7ヶ月前から新しい借家人が住んでいる。
 バウン族の女性である。
 亭主はマレーシアへ出稼ぎに行っており、12歳になる一人息子も寄宿舎制の学校に
 通っており、一人暮らしである。
 4部屋を一人で使っている。どうも家の大家と知り合いのようである。

 カトマンズに建てた家があるが、一人で住むのは怖いということで、知り合いの
 大家の家の一階にすむことに決めたようだ。
 月6千ルピーの家賃は払ってである。自分の家は 人に貸しているようだ。

 亭主はマレーシア、息子は寄宿舎制の学校に寝泊りし、長い休みにしか帰ってこない。
 毎日が暇で仕方がないらしく、暇があればネパールの歌を 大声を上げて唄っている。
 大家もすることがないから、お互いに暇つぶしのお付き合いをしている。

 私の家のすぐ前に 山からカトマンズにやってきたライ族の家族が、家を建て、
 1階を店にして商売をしている。ここも亭主はマレーシアへ出稼ぎに行っている。
 このライ族の家族、うるさくて、近所迷惑を考えない人たちで、ちょっと付き合いがたい人たちだ。
 寡黙なライ族という私のイメージを打ち壊してくれた人たちだ。
 10坪にも満たない土地に3階建て半の家を違法に建て、基礎もしっかりしていないから 
 地震が起これば、私の住んでいる家のほうに倒れてくるか、前の家のほうに倒れていくか、
 心配だ。
 私の住んでいる家の大家もネパール人だから、将来のことなど心配はしない。

 しかし、このライ族の人たちは 山の人、さすがにバイタリティはある。
 チェットリ族やバウン族の女たちと違って、亭主に生活のすべてを頼るということはしない。
 少しでも仕事をして家の収入の足しになることを考えている。

 カトマンズに住むバウン族やチェットリ族の女たちはすべてを亭主に頼っているから、
 亭主が駄目だと、たちまち困ってしまうのである。
 暇をもてあましていても、何か仕事をして収入を増やす努力はしない。
 インドの女たちも そういう傾向がある。ネパールのバウン族、チェットリ族は
 その出自からしてインド人と同じ価値観の持ち主のようである。
 若い世代は 積極的に社会に出て行くようになったが、古い世代は家の仕事だけに
 従事している。
 かといって、子育てに専念するわけでもない。お金に余裕があれば、すぐさま
 寄宿舎制の学校へと子供たちを送り込み、子育て放棄である。
 子供たちは 学校の長期休暇のときだけに帰ってくる。

 自立、自活の姿勢がないから、亭主に何かが起こればたちまち困ってしまうだろう。
 私の住んでいる家の大家は、実家の父親の助けでどうにか、救われたが。
 今までは、支配階層ということで、優遇されてきたバウン族、チェットリ族であるが、
 王制が廃止され、ネパールのすべての民族の政府機関への雇用の平等が保障されるように
 なっていけば、変らざるを得ない彼らの生活である。
 軍隊、警察のトップはほとんどがチェットリ族、官僚のトップのほとんどはバウン族のネパールだ。
 すぐには変わっては行かないだろうが、今回の選挙の結果から、すべての民族に機会均等と
 いう方向性も見えてきている。
 バウン族、チェットリ族の女たちもぼんやりはしておれない。


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