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 カトマンズでインターネットを通して、日本のニュースを読んでいると、これでもか
 これでもかと驚くべきニュースが飛び込んでくる。

 高校1年の女子高校生殺害事件2件、中学3年の女子中学生殺人未遂、あきる野市の
 資産家姉弟殺害事件、挙げればきりのない犯罪の数々である。
 いとも簡単に人を殺してしまう社会は文明社会といえるのだろうか、過度の攻撃性は
 異常な社会を象徴している。
 当たり前に生活している人間が突然犯罪に巻き込まれる社会だ。

 ネパールで生活していてもネパールでは見聞きすることのない日本の犯罪の姿である。
 今や狭いカトマンズ盆地の中の人口も250万人を越えるようになったが、窃盗、強盗、
 空き巣狙いといった犯罪はあっても、簡単に人を殺してしまうという犯罪は少ない。
 皆 貧しく生きることに精一杯という生活の中にいながら、凶悪な殺人に走ることは稀 
 だ。
 この違いは何だろうと考えてしまう。
 
 日本に近づきつつあるタイあたりでも、日本同様の犯罪が多発するようになっている。
 経済発展、消費社会の中で 企業論理が優先し、人間らしい生活が難しくなっている
 ためだろうか。
 政府も企業も 国民にものを買わせることばかり考え、本当に必要なものは何か、
 国民もわからなくなっている。
 社員を管理職に据え、残業手当を与えない会社の方針とはどういうものであろうか。
 お金さえ儲かれば、企業が生き残れば、働く人々の生活などはどうでもいいという姿勢は、
 完全に人々のコミュニティを崩壊させているようだ。
 豊かな生活を支える経済発展という目標を掲げて突き進んできた戦後60年の歩み、
 人間をもののように扱う社会、消費物のように扱う社会では、人間の命も
 軽くなってしまうだろう。

 そんなことがあると思えば、小学6年生の児童が卒業式後に自殺する。
 在校中のテストの用紙などに自殺をするというメッセージを書き込んでいるにもかかわらず、
 その重要性に気がつかない学校社会、卒業文集に将来ホームレスになりそうな人と
 級友11人の名前が書き込まれていることにも気がつかない教師、人を育てるという場すら、
 病んでいるのである。

 簡単に殺害されてしまう乳幼児、仕事に追われ余裕のない教師たち、形ばかりの道徳教育、
 近隣とのつながりを持たない家庭生活、親殺し、子殺しにも歯止めがかからなくなっている。

 あまりに頻発する凶悪、短絡的な異常な犯罪に 異常さを感じる感覚も麻痺してしまった社会、
 そして人々、物へお金へと走る文明の末期的な姿としか思えない。

 政府に期待してもこの日本の社会を変えることは出来ないだろう。
 こういう社会を推進してきたのが、戦後の政府なのだから。
 政府は何も見えていない。如何に国民を管理していくか、そのことにしか目を向けていない。

 自衛しようと思えば、国民一人一人が、自分の足元を見つめ、周囲の身近な人々と手をつなぎ、
 社会を再生していく以外に道はないようだ。
 カトマンズのスラムでさえ、日本よりも住む人同士のつながりは深いし、互いの生活を
 支えあっているところがある。
 貧しいけれども、スラムに住む人々のほうが、余程 生き生きと生活しており、表情も
 豊かである。子供たちも悪環境の中で たくましく生き抜いている。


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 パタンのクッポンドールに 東ネパールのダッカ布とイラクサのショールの小さな店が
 ある。
 私がこの店と出会ったのは、20年近く前のことだ。
 当時 ネパールのダッカ布に興味を持っていたことから、東ネパールのダラン、ダンクッタ、
 ヒレ、バソンタプールまで行き、ダッカ布の生産地 テーラツムまで行くつもりであったが、
 自動車の行く道がバソンタプールまでで、それから2,3日歩いていかなくてはならないと
 聞き、諦めてしまったことがある。

 そんなことから、クッポンドールの通りを歩いていて、ダンクッタ・シスターという名が
 目に留まり、この店に入った。20年近く前のこと、ダッカ布、イラクサ製品もまだまだ、
 洗練されておらず、イラクサ製品などは、繊維を柔らかくするために漂白した白い糸で
 編んだストールやショールが置いてあった。

 今回、懐かしくもあり、ダッカ布やイラクサの商品がどんな風に変わっているのかを、
 確かめてみるために店の中に入ってみた。
 20年の月日の経過はたいしたものである。
 随分 洒落たものが多くなっている。イラクサで編んだショールやカーディガンも見栄えが
 よくなっている。
 ダッカ布のスカーフやショールも木綿でなく、シルクで織られるようになっている。
 細いシルク糸を使うと、時間がかかるせいか、ダッカ布の複雑な文様のものはない。
 どこからの援助もなく、店の経営を考えると、インドからシルク糸を大量に買い入れる必要があり、
 多様なシルク糸の買い付けは難しいという。
 タイあたりであれば、質の高いシルクの布など、王族や金持ちがこぞって買うだろう。
 ネパールではあまりそうした形はないから、ダッカ布の更なる発展も難しい。
 シルク糸を使っての素晴らしいショールなど作る技術があっても、外国からの注文がないと
 積極的に織ることが出来ないと言う。

 こつこつと絶え間なく努力している店ではあるが、村の人たちが中心になって運営しており、
 資金力がなく、大きなプロジェクトは組めないようである。
 ここで頑張っている女性たちは、ダンクッタの出身者や、その周辺の村の出身者のようだ。
 応対してくれた女性も、ダンクッタ出身者で、先住民族とチェットリ族との混血であると言う。
 キラティ(ライ、リンブー族)の流れを汲む先住民族らしく、本来はキラティと同じ宗教だったと
 いう話だ。

 ライ、リンブー族では死者が出ると、イラクサで織られた布で死者をくるみ、土葬にする。
 シェルパ族などは火葬にする。
 イラクサ、ダッカ布などは もともとは らい、リンブー族の仕事である。
 カトマンズのリチャビ王国の前には、ライ・リンブー族の祖先が キラティ王国を築き、
 カトマンズ盆地を支配していたと言われている。紀元前のことだ。
 彼らが東ネパールに辺境の地に住みながらも、高度な布文化を持っているというのも 
 そうした歴史を持つ民族であったからなのかもしれない。
 今から20年も昔にどうして、キラティ王国の子孫 ライ、リンブー族の布文化に惹かれたのか、
 不思議でならない。
 ネパールにきたら、是非 この店に立ち寄ってください。
 山から来た誠実な人たちが、誠実で良心的な織物を見せてくれるはずですから。


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