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 ネパールにはネパール・ライスペーパーと呼ばれるネパール紙(ネパーリー・カガット)
 と呼ばれる日本の所謂 和紙のようなものだ。
 何でライス・ペーパーと呼ばれているのか、ネパール人に訊いても知らないと言う。
 木の皮を煮出し、繊維を取り出し、細かい網上の木枠を使って、紙を作り出す製法は
 日本の和紙作りと同じようだ。

 25年前に初めてネパールにやってきた頃、旅行者のお土産として売られていたものは
 このネパール紙を使って、印刷されたカレンダー、シルクスクリーンで刷られた仏像の 
 絵、ネパールの山の人々の生活を描いたものなどが中心だった。

 それがいつの間にか、手帳、葉書・ビンセンセット、写真のアルバムなどと商品の種類 
 も増えてきているし、紙のそのものにも趣向が凝らされるようになり、木の葉などを
 紙の内側に入れた洒落たものも出回るようになっている。

 このネパール紙、本来は公文書として用いられていたものだ。
 25年前キルティプールに住み始めた頃、親しくしていたネワール族の農民カースト
 マハルザンの人に 建築代を援助するということで、3年分の家賃分として10万円を支払い、
 小さな家を造ってもらったことがある。
 途中で追い出されることがカトマンズではよくある話だと耳にしていたので、正式に
 契約を交わすことにしたのである。
 そのときに契約書としてネパール紙を使わなくてはならないことを初めて知ったのである。
 土地売買契約書、登記所など、正式の書類といえば、すべてこのネパール紙の使用が
 義務付けられていた。
 そのネパール紙を扱う店は土産物屋でなく、ローカルなバザールで10枚いくらという形で
 売られていた。
 その紙にタイプをして公文書を作るのである。
 ネパールでの紙の製造がいつ始まったのか知らないが、古い商人の商いの書付などにも
 使用されていたというから、マッラ王朝時代から使われていたらしい。

 近頃は、ランプシェードが流行らしい、昔は四面の中国風のランプシェードが
 よく売られていたが、この頃が凝ったデザインのものが増え、提灯のような形の洒落たものも
 多くなってきている。
 竹と紙の組み合わせという日本的なものである。

 ネパールでは、渋柿もあるから、柿渋を作り、柿渋を塗り、紙を補強したり、色合いに
 変化をつければ、面白い商品が生まれると思う。
 和紙を使った調度品、雑貨などにも利用できるはずである。

 私が育った田舎の家の近所で、渋柿を使って柿渋を作り、生活の足しにしている農家があった。
 その柿渋の臭い匂いの幼い頃の記憶が今でも残っている。

 ネパール紙を使った商品を扱う店には、70歳を越えた老人が座り込んでいた。
 この商いを続けて19年になるという。
 一時代、ネパールを支配したラナ家の末裔である。
 タメル地区は 昔は畑ばかりの土地で、その土地にラナ家は豪邸を建てていった。
 今でもその豪邸のいくつかは 残っているはずである。
 そのラナ家の末裔もネパール紙の土産物屋の店主におさまっている。
 時代は変わる、人の生活も変わる。


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 ネパールのこのカトマンズにいて日本のことを耳にするたびに、唖然とする毎日だ。
 戦後60年、追いつけ追い越せと頑張ってきた経済大国日本であるが、何が豊かに
 なってきたのか 人々は幸福になったのかと問うにつけ、釈然としないものが残る。

 都会に出て行かねば、生活の成り立たない生活、都市には人と犯罪があふれ、田舎には
 老人ばかりが住むというおかしな現実、田舎には仕事がないから、都会に出ていくと
 いう若者たち、ネパールやタイも同じ姿になりつつある。
 ネパールでは、都市に出ても仕事はないから、外国への出稼ぎという形になる。
 タイでは、バンコクなどの都市に仕事はあっても 最低賃金でのぎりぎりの生活になる。

 時流に乗り、お金を手にした金持ちたちは、豪邸を建て、自動車を買い、家の中には
 これまた、豪華な電気製品、家具に囲まれた生活だ。
  カトマンズでもバンコクでも同じことだ。
 テレビに目を向ければ、中流階級以上の家庭が舞台になり、モダンライフを営んでいる人々の姿が
 当たり前のことのように映し出される。
 豪邸、広い庭、自動車、電気製品、着飾った人々、それがその国の現実のように、
 あるいは未来のあなたの生活だと思わせる。
 人々は少しでもその生活に近づこうと、必要もない商品を買い込み、消費に 拍車が
 加わり、人々の生活は借金に終われ、益々貧しくなっていく。
 ネパールでもタイでもローンを利用すれば、かなりのものが手に入るようになってきている。
 オートバイ、携帯電話、電気製品、冷蔵庫の中には入れるものがなくても、
 冷蔵庫を買ってしまうことも現実の話である。
 ネパールやタイでも 日本と同じようにローン地獄が 始まっていくだろう。

 つつましい質素な生活など昔話になってしまった日本と同じようにネパールもタイも
 消費社会に入り、日本やアメリカのような生活を夢見ている。

 日本やアメリカはそうしたアジアの国の手本となるような素晴らしい国なのだろうか。
 人々が 助け合い、豊かに共生していることを誇れる国なのだろうか。

 世界の資源は先進諸国の独占、石油、食料の恩恵を受けているのは、日本、アメリカ、
 ヨーロッパの国の人々である。
 石油、ガスの値上がりで生活を圧迫されているのは、発展途上国の人たちだ。
 少ない収入の中で占める調理用のガス、灯油の値上げは家計を圧迫している。
 ガソリンの値上げは生活用品、食料品の値上げに直結している。
 もう世界の国々は 経済、流通で深く繋がり、先進諸国の資源の無駄遣いは、直接
 他国の人々の生活に影響を及ばす時代なのである。

 日本政府も企業も 国民に消費を促すことに必死である。消費は美徳の時代なのだ。
 新しい車のモデル、液晶テレビ、新しいファッション、新型の携帯電話、飽食と
 止まるところを知らない日本の有様だ。
 料亭『吉兆』の事件も飽食がもたらした結果だ。
 高価な食べもしないものを注文し、手もつけず残す、日本の企業の接待、上級官僚、
 政治家たちの悪習である。
 テレビのスウィッチをひねれば、美味しいもの探しの番組があふれ、これでもか
 これでもかと迫ってくる。
 節度、節制、充足を失った社会、誰もおかしいとは思わなくなっている。
 感覚が完全に麻痺してしまっているのだ。
 お袋の味まで、外に求める食生活になってしまっている。
 無駄な消費に対する意識も失われ、ただただ狂乱の中にいるとしか思われない。

 歯止めのない社会が、歯止めのない凶悪な犯罪を生み出していくのは当然の結果である。
 生き生きした助け合いの共同体も失い、ただただ消費社会の中で、心のよりどころを
 失っている社会に生きている人間が、自分たちの生活が他国の生活に大きな影響を
 与えているなどとは、考えも及ばないだろう。

 人を殺せば、殺された人々の家族にどんな悲しみ、生活の変化をもたらすのか考えも
 せず、いたずらに人を殺害する人々も、他者に対する想像力の欠如、共同体を失った
 都市の必然の結果としか思われない。


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 今日は天気もよいので、カトマンズに行ってきた。デジタル腕時計の電池が切れかけてきて、
 電池の交換をする用事もあった。
 いつも利用している時計の修理屋であるが、2年に一度、3年に1度では顔見知りには
 ならない。電池交換175ルピー、随分値上がりしている。
 電池そのものはさほどの値上がりであるとは思わないが、人件費が値上がりしているのだろう。

 そのついでに旧王宮近くの路地を散策してみることにした。
 このあたり路地が入組んでいて、うろうろと歩き回っていると、いつのまにかどこを
 歩いているのか わからなくなる場所である。

 うろつきまわっているうちに 中庭を見つけ、そこに入り込んでみた。
 そこには 仏陀の像が彫りこまれたチャディと呼ばれる仏塔があり、その正面にはビハールと
 呼ばれる仏陀の像を収めた建物がある。
 その中庭の周りには4階、5階建ての建物が建ち並んでいる。
 ここに住んでいる人たちは、ネワール族の仏教徒カースト サッキャと呼ばれる
 カーストの人たちが住んでいる。
 中庭は3箇所あり、ビハールやチャディが備え付けられている。
 そんなあたりの様子を眺めていると、一人の青年が、家の中から出てきて、
 ここに住んでいる人々のこと、二つのビハールのことなどを説明してくれた。

 ここに住んでいる人たちは 皆 親戚筋に当たる人たちで1つの家族から分かれていった人たちで、
 家族が増え、手狭になると、家を建て増し、いつの間にかこんな集落になってしまった。
 それでも足りず、多くの人たちはこの集落を出て、別の場所で生活を始めた。
 何百年にわたる彼らの歴史は 多くの枝分かれを作り出していったが、皆、サンガと
 呼ばれる組織で繋がっていると言う。その家族数は400近いという。
 この集落の中は濃厚な人間関係で結ばれている。何か困ったことがあれば、
 すぐに助け合う態勢が整っている。
 サンガの組織の中には委員会のようなものもあり、集落とその外に生活する人々との
 連絡を密にしている。
 1年に1度はサンガのメンバーがこの集落に集まって、つながりを確かめ合う。

 ネパールでは、バルタマンという重要な儀式があり、その儀式を済ませると、
 彼らの宗教に受け入れられたことになり、宗教な意味で一人前の存在として認められる。
 その儀式を得ていなければ、死んでも火葬されず、土葬されることになる。
 そういう重要な儀式においては、必ず、この集落にあるビハールが使われ、その中庭が
 祝いの席になる。
 このサンガでは 5年に一度まとめてバルタマンの儀式を行うと言う。
 サンガのメンバーは必ずこの場所でバルタマンの儀式を行わなくてはならない。

 カトマンズのネワール族は 千五百年にもわたってこのカトマンズ盆地に
 住み続けている民族である。
 リッチャビ王国、マッラ王国の中で、華やかな文明を開花させ、
 後にゴルカ王朝によって征服され、被征服民族になってしまった民族だ。

 それでも知恵を働かせ、たくましく生き抜いてきた民族だ。
 被征服民族として自らを護り、生き抜いていくために考え出したシステムが、サンガ、
 グッティと呼ばれる共同体である。
 このグッティと呼ばれる共同体は、すべてのネワール族のカーストの中にあり、
 濃厚な深いつながりを持つ共同体組織である。
 強固な血族集団を作ることで、新しい支配者からの圧力に耐えてきたのだろう。

 こうした強固な血族集団を持つネワール族の造り上げた住宅構造、都市構造も独特の
 ものがある。異なった集団は入り込めば、すぐさまわかる形にもなっている。

 250万人近いカトマンズ盆地の中で、比較的凶悪犯罪が少ないのは、ネワール族の
 造り上げた都市構造、グッティと呼ばれる共同体の力のお陰ではと思っている。
 そのネワール社会も人口増加の中で崩れつつある。
 ネワール族の造り上げた都市構造、共同体が崩れていったときには、
 カトマンズは犯罪都市に変貌していくだろう。

 まだ、カトマンズは、彼らが都市の核のような役割を担っている。
 性格的にはなかなか難しい民族ではあるが、長い歴史の中で、都市生活のための
 知恵を考え出してきた民族と言えば、ネパールの中では ネワール族だけなのだ。


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