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20年以上前、インドの砂漠地方のラジャスタンによく行った。
バールメール、ジャイサルメールには良く通ったものだ。
砂漠地帯の風景、民族衣装を当たり前のことのように身につけた砂漠の男や女たち、
ラクダ、砂漠の中の宮殿、今でも眼に浮かぶ。
楽な旅ではなかったが、貴重な想い出だ。
カトマンズのジョッチェン、フリーク・ストリートの入り口に グジャラートから
やって来たインド人の商うインド、パキスタンのアンティーク刺繍布の店があった。
これも20年以上前のことだ。
もともと彼らは、デリーの路上に露天を開き、商いをしていた人たちだ。
今でも、コンノートプレスあたりの路上では、刺繍布、ペインティングなど品物を
拡げ、商いをしている女たちを見かけることも出来るはずだ。
一家の主は、パキスタン国境のラジャスタンまで出かけ、布を仕入れていたようだ。
片足の少し不自由な男だった。売る仕事は娘たちの仕事だった。
私はよくラジャスタンに行き、彼らの売っている品物を安く買うことが出来たので、
この店で布を買うことはなかったが、からかい半分に良く立ち寄ったものだ。
そんな時代から20年の歳月が流れた。
フリーク・ストリートは、旅行者の溜まり場所をタメル地区に奪われ、刺繍布を売る
彼らの店もタメルへと移っていった。
1軒だった店も 孫、甥が商いに加わり、いつのまにか4,5軒へと増えていった。
そんな彼らの店の何軒かを訪問してみた。
1軒は甥の店、1軒は娘の店、昔に比べると随分こぎれいになっている。
もう1軒の店には、あの足の不自由な一家の主が店の前に座り込んでいた。
もう84歳になるという。少し痩せたようだが、当時の面影はそのまま残している。
中には1番下の娘がいた。
彼は私のことを忘れているらしいが、私は覚えている。
彼はいつも仕入れにインドに出かけ、カトマンズにいることが少なく、出会う機会が
なかったせいもある。
彼の長女とは出会えば、声を掛け合う。
カトマンズにもインド、パキスタン刺繍の店は増えてきた。ネパール人もこの商いに
手を出すようになったからだ。
しかし、30年近い彼らのキャリアの持つ力には適わない。
布の値段は昔に比べると何倍にもなっているが、置いてあるアンティーク・刺繍布は
かなり質の高いものだ。
久しぶりにインド、パキスタンの刺繍布を見るにつけ、あの熱いラジャスタンの砂漠の
大地が懐かしくなった。
一緒に刺繍の仕事をしたマルワリ商人の若者ラビ・シャンカールはどうなっただろう。
もう50近くなっているはずだ。
親に頼らず、自分の力で自分の商いを開発すると頑張っていたが。
もう1度、バールメールの街を訪れてみたくなった。
** 忘れないでね **
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