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パタンの町の古い旧市街の中を歩き回っていると レンガ造りの建物に囲まれた
広場のある集落の中に入り込むことがある。
ネワール族の典型的な集落の形である。
サッキャ・カースト、バジャチャーレ・カースト、マハルザン・カーストの仏教徒たち
のカーストの集落は 広い広場を持っている。
今日はいつもと違うコースを辿って、パタンの旧市街の周辺部を散策してみた。
街の周辺部には ネワール族の中でも比較的カーストの低い人たちが住んでいる。
上位カーストの人たちは 街の中心部 王宮の近くに住んでいる。
カトマンズの場合は ネワール族のマッラ王朝を征服したチェットリ族のゴルカ王朝が
入り込んできたために ネワール族の上位カーストの人たちの居住区の移動があった
ために昔ながらの形で人々は住んでいない。
しかし、パタンはカトマンズの中心部から離れていたために、街の形や人々の居住区が
そのままの形で残っている。
チェットリ族のゴルカ王朝による影響をあまり受けていないといってよい。
そんなパタンの旧市街の周辺部を歩いていた時に マハルザン 農民カーストの
集落の中に入り込んでみた。
200人近い人々が住み着いているマハルザンの人たちの集落である。
レンガ造りの建物に囲まれた広場に 人々は陽だまりを求めて座り込んでいる。
老女たちは老女でまとまって座り込み、働き盛りの若い者は それぞれに固まって
午後の暖かい陽射しを享受している。
チベット絨緞用の毛糸を解いている女たち、座り込んで朝の仕事の疲れを癒している
人といろいろである。
まだまだ寒さの残るカトマンズ盆地の中では、室内は冷え込んでいる。
暖房の設備もないレンガ造りの家の中は 日中でも寒さを感じる。
だから、暖を取りに 陽だまりの中に出てくる必要があるのだ。
広場では それぞれがそれぞれの生活スタイルに合わせて、
陽だまりの中で座り込んでいる姿は のどかな平和な風景である。
この集落に住む人は 皆、血の濃さに多少の違いはあっても、
血でつながっている親戚同士だ。
だから、住んでいる人すべてが知り合いであり、
行事のたびに顔を合わせる者同士である。
皆が顔見知りであるから、集落全体に安心感と安らぎがある。
泥棒が入ってくれば、一声、助けを求めれば、集落のもの全員がとび出してくる。
集落の中には 祖父母、父母、子供たちが 当然のことのように生活しており、
集落の中では 人間のごく当たり前の生活がある。
老人が大切にされ、家族とともにしに至るまで家族とともに生活し、孫の世話をし、
嫁たちには 昔ながらの習慣や行事のやり方を伝えていく役割を持っている。
こうした習慣は ネワール族の農民カーストの中で 今でも色濃く残っている。
土地は少なくなり、生活は苦しくなるが、心の安定は今なお充分に保証されている。
当たり前のことが 当たり前に出来なくなった日本とは大違いだ。
幸福のためにどうお金を使えばよいのかさえ、わからなくなっている日本だ。
どこに先進諸国だと自慢できるものがあるというのだろう。
飽食、飽くことのない消費への欲望、そんなものに捉えられている限り、
幸福は 雲のかなたへと消え去っていくばかりだ。
この集落を包んでいる安らぎ、平和、落ち着き、満足感を
今の日本のどこに見出せるというのだろう。
幸福な社会には 幸福を作り出すための社会システムが必要だ。
このシステムを学ぶには ネワール族の社会は1つの見本になる。
ネワール族の集落の中に入り込んだときには いつもそんな思いに駆られる。
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