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 日本の梅雨の雨のような小雨が煙る中、路地を抜けて バグマティ川沿いの大通りまで
 やってくる。
 この大通りは カトマンズ市内の交通緩和のために カトマンズを抜けていく
 大型車両の通り抜けのために造られた道路であるが、もう5,6年の歳月が流れたのに
 高々10キロ程度の距離であるにもかかわらず、途中で途切れ、未だに完成していない。
 ネパールではすべてのプロジェクトが この有様で いつの間にか予算が足りなくなり、
 中途で終わってしまう。
 予算の中のお金が いつの間にか政治家や官僚の懐に入ってしまうというのが
 カトマンズ市民のもっぱらの噂である。

 日本でも政治家の企業献金と名前を変えて、体裁を整えているが同じようなものだし、
 官僚優遇制度だって、国民を無視しているという意味では同じことである。
 ネパールでは それが露骨であるというだけの違いである。
 日本人も 自国のことをよく理解することもなく、厚顔無恥にネパールのことを
 批判できるはずもない。

 この大型自動車用の大通りの向こう側の原っぱに 1週間ほど前から
 粗末なビニール張りの小屋が建てられ始めた。
 外から見ると ルンギを巻いたインド人の姿が見られ、小屋の中には大量のわらを
 積み重ねているのが見えている。
 南ネパールのたらい地方から運んできた水牛の世話でもする小屋なのかと思っていた。

 今日の小雨の中、小雨に霞む川向こうの景色を写真にしようと 原っぱを横切り、
 岸辺近くまで行こうと この小屋の横を通り過ぎようとすると、人間の形をした
 わら人形が目に入ってきた。
 一体何だろうと小屋の中に入っていくと 何人かのインド人らしい男たちが
 わらを器用に束ねては 人形を造っている。
 好奇心から 「何を造っているの」とネパール語で尋ねると どうもはっきりとは
 理解してくれない。
 すぐさま ヒンディ語に切り替え、同じ質問をすると はっきりした答えが返ってくる。
 「10月の中頃に始まるネパール最大のヒンズー教の祭り ダサインの祭りの際に
 祭られる女神 ドゥルガ(女神 カーリの化身)の像を 今から作っている、
 今から準備しないと間に合わない」と言う。
 確かに小屋の中に重ねられているわらの量は半端なものではないし、かなりの数の
 女神 ドゥルガの像を造ることが見て取れる。
 わらを使って像の枠組みを作り、それに泥を塗りつけ、乾いたら 色づけをしていく
 らしい。

 話を聞いていくうちに 彼らかカルカッタからやってきているベンガル人である。
 北のインド人とは違って 色が黒い。
 東インドの民族であるが 近隣の州 オリッサ、アンドラプラデェッシュに住む民族と
 似たところもある。
 カルカッタのベンガル人にとっては 女神 カーリ(ドゥルガ)は 重要な信仰の
 対象である。
 カルカッタのカーリ寺院は カルカッタの寺院の中でも有名で多くの信者、観光客を
 集めている。
 こうしたドゥルガの像を造る人間は カルカッタには無数いるに違いない。
 それは一つの職業カースト集団に違いない。
 何千年にも渡って お祭り用の神様の像を造り続けているカーストだろう。

 師匠格の年配のベンガル人に 何歳の時からこの仕事を始めたのかと訊くと
 10歳頃からだという答えが返ってくる。
 職業的な技術を持っている人間にとっては どんな世界、どんな国でも生きて
 いくだけの力が備わっている。
 高教育の謳い文句に乗せられ、すし詰め教育の中で育った人間の生きていける世界は
 狭い。
 何だかんだと言っても 人間は物によって支えられて生きているのである。
 衣食住にかかわる技術なしには 生活していくことが出来ないのである。

 モンスーンのやってきた小雨降る原っぱの一隅で カルカッタからやって来た
 ベンガル人たちは 彼らの技術を生かして生き続けている。
 彼らの親が、祖父が生き続けたのと同じように。


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    ブータン   ブータンの帯 ケラ       1980年前後


 1980年前後に織られたブータンの帯 ケラである。
 紋様に使われている糸が インドからの工場生産の毛糸が使われていることから
 ブータン庶民が使ったケラのようだ。
 えんじ色でおられた紋様は ブータンの野蚕のシルク糸が使われている。
 ケラを織る時間があっても 上質の材料は手に入らない。
 野蚕のシルク糸なら自前だし、インドからの毛糸は安いということで 織り上げた
 ケラだろう。
 民衆の知恵である。
 我が娘のために 母親が織り上げたケラなの子もしれない。
 鮮やかな色のインドの毛糸で織られた紋様は 若い娘の締める帯であるなら、
 派手で目立つものだろう。
 本当なら この目立つ部分は インドからの高級品 生糸で織り込みたい
 ところだろうが お金がなければ、簡単には手に入らない。
 庶民が 生糸を使うことが禁止されていたのかもしれない。
 日本だって、江戸時代には 庶民の身につけるものといえば、木綿に決められて
 いたのだから。

 庶民が キラのノシェムやクシュタラを身につけることが許されるようになった
 時代に現れた庶民の生活の知恵が この時代のキラやケラには現れている。



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 パタンとカトマンズのテクを結ぶ黒い鉄製の吊り橋のパタン側の橋の袂では
 ビニールを張った粗末なバラックが建ち並び、そこには 多くのインドから
 仕事を求めてカトマンズまでやって来たインド人の家族とその子供たちが
 生活している。

 大人たちがゴミ山の中から見つけ出した廃品を整理する側らで 子供たちは
 兄弟や近所の仲間たちと遊び戯れている。
 彼らは ネパール人の子供たちとは違って、警戒心が強い。
 インドから逃げ出すように 家族とともにカトマンズにやって来ても、
 決して 豊かな生活はなかった。
 どこかにネパール人たちの冷たい視線を感じながらの生活である。
 それは子供たちにも 影響を与え、容易には人を信頼できないことを伝えることにも
 なっているようだ。
 その警戒心を持った目は 年齢が大きくなればなるほど、強くなるようだ。
 しかし、このビニール張りのバラックの中には 15歳を超えるような子供たちの
 姿は見えない。
 皆 自立できる年齢になると この場所を離れていくのだろうか。

 写真を撮ろうとすると、一人の少女の厳しい視線に出会う。
 こうした視線は ネパール人たちにはないものである。
 他人に対して不信を抱き、心を許さない心が その視線の向こうには隠れている。
 それは未来に希望を持つ若い少女の優しい眼差しではなく、野性味あふれた動物の
 持つ眼だ。
 ここで生活し、育った子供たちの心の軌跡は 先進諸国の少年少女たちのものとは
 はっきり異なったものだ。
 生きる環境が違い、出会う体験が異なれば、いわゆる子供らしいという概念は 
 崩れ去ってしまう。
 それほど、人間とは 多様性を持った存在であることだ。

 彼らが求めてくるお金を与えたとしても 彼らとの距離は縮まらない。
 ひたすら、話しかけていくことだけが 彼らとの距離を縮める。

 一人の少女が トラックの荷台の上に座って 粗末な昼飯を食べている。
 1番安い米を炊き、おかずといえば、カレー味の野菜炒めだけだ。
 どうもおかずのほうは 不味いらしくほとんど手をつけていない。
 「誰が作ってくれたのか」と訊くと 「自分で作った」と答える。
 「凄いな! 自分で料理が出来るの。えらいな。君と同じぐらいの日本の子供は
 そんなこと出来ないよ。何歳なの?」と尋ねると 「9歳だ」と言う。
 そんな会話を進めていくうちに 緊張が 少しずつ和らいでくるのがわかる。
 実際には12歳ぐらいと思えるが 自分の本当の年齢はよくわからないようだ。
 周りにいた子供たちも 自分も料理が出来るといい始める。
 皆 親たちが忙しいと 自分で料理をするのだろう。

 以前にも近くの林の中で 女の子たちが数人集まって、薪を拾い集め、火を起こし、
 昼食の用意をしていたのを見かけたことがある。
 やはり この女の子が食べているのと同じように 米の飯とカレー味の野菜炒めだった。
 魚・肉などのタンパク質など どこにも見当たらない。
 インド人は 菜食主義者であるといっても 牛乳、チーズ、ダール(豆汁)から、
 タンパク質を補給するが、そんなものすらない 粗末な食事の姿だった。

 ゴミ捨て場から少し離れた草叢の一隅で 女の子たちが集まって、何かを作っている。
 近づいていき、よく見ると 粘土を使って、何かを作り上げて遊んでいる。
 ここに住むインド人の子供たちの流行の遊びらしく、皆 粘土遊びに熱中しているようだ。
 幼い子供ほど 愛想がよい。
 カメラを向けられることにも抵抗はない。
 大きくなるにつれて 世間の冷たさ、自分の置かれている生活に気づくにつれて、
 頑なさを増していくのだろうか。
 そのくらいこのカトマンズで置かれている彼らの状況は厳しい。

 私は教育万能主義者ではないが、最低 読み書きそろばん程度は 必要だ。
 しかし、インドからやってきている彼らには公教育の機会もなく、
 又、親たちにも私立学校へやるだけのお金の余裕もない。
 経済発展著しいインドではあるが、インド政府の手はここまでは及ばない。
 これからの子供たちの未来に何が用意されているのかは わからないが、
 ひたすら 自分たちの力で 未来を切り拓いていくより道はない。
 彼らにとって、国というものがどれだけの意味を持っているのだろう。
 強さだけが彼らを支えていくのである。


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