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 9月の第2週辺りから 暑さがぶり返してきた。
 1日に1度のスコールは やってくるようになったが 蒸し暑さが増すばかりで
 夜も寝苦しい毎日である。
 日中など あまりの暑さに 外に出る気にもならず、部屋の中にいて 暑さを耐え
 忍んでいるだけだ。
 近くにあるMBKセンターなどのショッピングセンターに涼みに行くという方法も
 あるが 何も好んで人混みの中に入って行って、豚インフルエンザに感染するような
 場所に行くこともないだろう。

 部屋の暑さに耐え切れなくなると 24階建てのマンションの屋上に上るのも
 気分転換になってよいものだ。
 今や BTS高架鉄道の駅 サイアムセンター周辺は バンコクの中でも有数の
 消費センターの集まる場所である。
 昔からあるMBKセンターに始まり、ディスカバリセンター、サイアムカフェ、
 サイアムパラゴン、少し先まで行けば ワールドセントラルプラザ、伊勢丹デパートに
 そごうデパート、この辺りでウィンドウショッピングをしていれば、1日を費やすことに
 なるだろう。
 何もこんなところへ行って 買うことが出来ないという欲求不満に悩まされる必要も
 ない。

 私の住んでいるマンションの近くでは 朝の8時過ぎから夜の9時近くまで 
 建築の工事をやっている。
 昔は ラブホテルで有名だったスターホテルを取り壊した跡地に 近くにある中級
 ホテルのレノホテルが 第二のホテルを新築するようだ。
 その工事の音が 朝から騒がしく 全くの近所迷惑である。
 工事現場のすぐ近くに住んでいる人間にとっては 耐え難い騒音である。

 マンションの斜め前にある空き地でも 工事が始まっている。
 今 バンコクの中で 最も地価が高い場所は サイアムパラゴンという高級デパートの
 周辺だと言われている。
 そこから歩いて15分の距離にある空き地が 放って置かれるなどあり得ないことだ。

 マンション屋上から見ると 高層ビルの建ち並ぶ地区は BTS高架鉄道沿線上に
 限定されているようだ。
 交通の便が バスなど頼らざるを得ないような地区には 高層ビルの姿は少ない。
 ここ10年のバンコクの中心部の発展は BTS高架鉄道の発達と共にあったようだ。

 短期の観光客がやって来て宿泊する地区といえば 発展著しいBTS高架鉄道沿線上で
 あることから、近代化したバンコクのこの一部だけを見て これをタイの一般的な姿で
 あると誤解してしまいがちである。
 むしろ BTS高架鉄道沿線上の5キロ四方内にある近代高層ビル群の林立する地区が
 特殊なのである。
 マンションの屋上から眺めても バンコクの西部地区や北部地区には いくつかの
 高層ビルがある程度で、大半は昔ながらの低い建物ばかりである。

 昔はバンコク、いや タイの富は 中華街 ヤワラートに集中していたが、
 現在は BTS鉄道沿線上の5キロ四方内のサイアムスクエア周辺から
 スクムビット道路沿い、ラーマ4世道路沿い、シーロム、サトン道路周辺に 
 タイの富は集中している。

 30階、40階建てのオフィスビルも 30階近いマンションも一般庶民からすれば、
 無縁の長物、マンションの広告など見ていると 最低680万バーツ(約2千万円)から
 販売中というマンションが 都心では一般的になってきている。
 こうなると 一体 誰のためのマンションなのか 目を疑ってしまう。
 日当3、4百バーツの労働者にとっては 全く手の届かない代物である。
 超高層のオフィスビル、大型スーパー、高層マンション、どれもこれも庶民の生活とは
 縁のないものである。
 もうバンコクの都心部では 庶民たちの住める場所は 無くなる一方だ。
 都心部は 金持ちたちと一流企業に勤めるサラリーマンと外国人観光客の場所に
 なってしまっている。

 路上で細々とした商いをする人々は 僅かに残っているスラムからやってくるか、
 都心部から離れた家賃の安い地域から やってくる。

 こんな進歩・発展はいつまで続いて行くのだろう。
 富や資源は 無限のはずはない。
 どこかでどんでん返しがあるに違いない。
 私の歳では 見ることは出来ないけれど、50年、100年後のバンコクの高層ビル群は 
 どうなっているのだろうか。
 680万バーツもする高層マンションは 安心して住めるのだろうか。
 見た目はいいけれど、基礎はしっかりしているのだろうか。



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 表通りから 再び 市場の中に入ってみる。
 午後7時を過ぎると 市場の中の店も だんだん店仕舞へと向かい始めている。
 市場にやって来た客たちも 大急ぎで買い物を済ませているといった様子だ。
 このプラカノン市場は 生鮮食品が安い。
 私の住んでいる近くにある市場よりも格段に安い。
 少し、野菜や魚でも買って帰ればいいのだが、この頃は一人暮らしの中での炊事も
 面倒だし、今日は動き回って 疲れ果てているから 料理など作る気にならない。

 閉店前の店の中にいる売り子たちの威勢のいい掛け声もなく、皆 仕事の終わり前の
 休息の時間といった様子だ。

 もう40年近く前、私は池袋の近くの西武池袋線の東長崎駅の周辺に住んでいた。
 下町の雰囲気の色濃く残る地域で 如何にも庶民の町といった感じで、表通りは
 活気にあふれていた。
 銭湯もまだまだ廃れておらず、私の住んでいるアパートから徒歩でいける銭湯は
 3,4軒はあった。
 詩人の田村隆一氏も 銭湯の多さに喜び、何年かこのあたりに住んだことがあるらしい。

 プラカノンの街にやって来ると 40年近く前に住んだ椎名町、東長崎の下町界隈が
 思い出されてくるのである。
 一人暮らしであっても 街の中に出れば、人々の生き生きした姿を見ることが出来た。
 安い定食屋や学生が安心して飲める赤提灯の店も多かった。
 プラカノンの街は まさに庶民の街なのである。
 いくつかの高層マンションはあるけれど、人々の大半は 地面に足をつけて生活して
 いる。
 木造の家屋や棟割長屋のような1階部分は店、2階は住居といった建物も多い。

 そんなところに住んでいる人たちが この市場にやってくる。
 やはり この市場や周りの露店は庶民たちの救いの場所であり、心の癒される場所の
 ように思われる。

 バンコクも日本と同じ経過を辿るように こうした庶民たちが気楽に気さくに集える
 場所がどんどん失われてきている。

 日本のこの4,50年の社会の変化が バンコクでは10年、15年という猛烈な
 勢いで進んでいる。
 アメリカ式のモダンライフが 人間の進歩・発展であると騙され、市場はスーパーに
 変わり、小売店はコンビニエンスストアへと変わる。
 都会に労働者を集め、少なくなっていく住宅地を有効に使うためにブロイラーの
 飼育箱のようなマンションやアパートが生活場所に変わり、人と人との関係を希薄に
 していく。
 それがモダンライフであると 教え込まれてきたのである。
 アメリカのように ばらばらの人間の寄せ集めの国では 仕方がない方策であったかも
 知れないが、アジアという古い文明、生活文化を持つ国にとっては アメリカ式の
 モダンライフは 豊かで人間味あふれる地域社会、共同体を破壊することだったはずだ。
 本当は それがアメリカの目的だったのかもしれないと このバンコクの変容を
 見ていると、日本のこの4,50年の変容の意味が透けて見えてくる。

 プラカノンの市場の中に生きる人々の姿を眺めながら、アジアという地域の中で
 長い年月をかけて養われてきた生活文化の名残を感じる。
 もうすぐ近くまで このプラカノンのこの地域まで 近代化の波は押し寄せてきている。
 モダンライフを謳う人間との関わりを失ったマンションライフ、大型スーパー、
 巨大高層オフィスビル、庶民の暮らしとは無縁な世界が 疫病のように広がってきて
 いる。

 果物を売る露店に座り込んで パンを齧っている売り子の女の子、路上に座り込んで
 いる物売りのおばさん、その後ろで麺類を売る屋台と客たち、こんな世界は いつまで
 続いていくのだろう。

 横断歩道橋の上に立ち、プラカノンの街並みを眺める。
 通ってくれば来るほど、愛着の増すプラカノンの街だ。
 それはバンコクの消費センター サイアムセンターとは異質な世界であり、
 人間的な温かみを持って世界である。
 離れがたい思いを残しながら、ピンク色に塗られた48番の冷房なしのバスに乗って、
 サイアムセンターへ、そしてMBKセンターへと向かった。



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