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 ノースウェスト航空の飛行機を出ると 車椅子が待ち構えており、成田空港構内の迷路のような
 通路を通って、検疫、入管、税関を抜け、外へ出る。
 知り合いの人間がいるかと眺めて見るが 見当たらない。

 車椅子で公衆電話のある場所へと運んでもらい、そこから ブログを通して知り合ったタイ好きの
 知人に電話をかける。
 東京での病院の手配をお願いして置いたのである。
 電話をかけると 病院のほうは すぐに行けば入院できる形になっており、
 まずは救急外来に行けばいいことになっていると言われる。

 時刻は午後1時45分 自分の体力に合わせて これからの計画を立てて見る。
 京成電車を利用するか、JR総武線快速を利用するか、京成電車であれば 
 時間は短縮出来るが、船橋で乗り換えの手間がかかる。
 少ない荷物であるにしても 階段の上り下りは 身体に堪える。
 総武線快速の時間表を見ると 具合のよいことに午後2時発の東京行きがある。
 錦糸町駅到着は 午後3時22分だ。
 1時間22分の時間の長さは気になるが、始発なので座っていける、
 どうにか体力は持つだろう。

 斜め前の席には 中国人風な数人の若者たちが 大きな荷を前に 楽しげに話し込んでいる。
 目が向くのはそのくらいで ただただ 電車が錦糸町駅に到着するのをひたすら待つだけだ。
 
 同じ姿勢で座り続けていることが辛くなってきたころに 電車葉錦糸町駅に滑り込んでいく。
 再びの決断である。
 時間は午後3時22分 もう一頑張りすれば、江東区役所へ行って 国民健康保険の申請・
 取得、国民健康保険限度額適用認定書の交付を受けることが出来そうだ。 
 江東区猿江のいつもの居場所に行っても、辛い夜を迎えることになりそうだ。
 そのくらいなら、無理をしても 今日中に必要なな手続きを済ませておけば、
 入院も出来る。

 エスカレーターのない階段を 小さなリュックサックと小さな旅行バッグを提げ、
 よたよたしながら 改札口へと向かう。
 どうなるかは 時の運に任せるより仕方ない。
 駅の外では 小雨が降っている。
 日本の冬の寒さの中に置かれても 寒いという感覚は生まれてこない。
 それだけ 緊張しているのだろう。
 タクシー乗り場まで行き、江東区役所と行き先を告げる。   

 度重なる信号待ちを繰り返しながら タクシーはやっと江東区役所に到着する。
 タクシー料金は1160円だった。

 日本を離れる前までは 江東区で働いていたし、日本を離れた後も 住所は江東区に
 置いていたが 江東区役所にやってくるのは 初めてのことである。
 区役所の国民健康保険課は 2階の窓口である。
 どういう対応を受けるのか不安は不安である。
 息切れしている呼吸を整え、次の戦いに備える。



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 1月12日 夜中の3時が近づき、バンコクの国際空港 スワンナブーム交際空港へ
 向かう時間になった。
 隣の部屋では息子のBが テレビを見ながら 待機している。
 重く息苦しい身体を持ち上げ、着替えを済ませ、荷物の最終チェックを済ませ、
 小型のスーツケースと
 リュックサックを息子に持たせ、部屋を出る。

 マンションの外に出ると 辺りはまだ闇の中である。
 タクシー料金350バーツを息子に渡し、やってくるタクシーを
 待っていると 1台のタクシーが すぐさまやってくる。
 スワンナブームまでの運賃交渉は 350バーツで成立である。
 若い息子は十分に体力は残っているが、私のほうは体力も消耗していて、口数も少ない。
 スワンナブームに行くのは 息子にとっては初めての体験である。
 ドンムアン空港には 数え切れないくらいに通った。
 インド、ネパール、東京と 何度 一緒に通ったことか。
 
 夜のしじまの中のバンコクの街を30分もしないうちに タクシーは空港へと到着した。
 タクシーを降り、二人で空港の中に入り込んでいく。
 ノースウェスト航空のチェックインカウンターへと向かう。
 並んでいる乗客の数は少ないが 一人一人のチェックにやたら時間がかかる。
 エコノミックス用のカウンターは二つしかしかないのに 一人のアメリカ人がごねていて、
 やたら時間がかかっている。
 元気そうに振る舞い、乗車拒否にあわないようにするのもなかなか辛い。

 短い時間 息子との短い別れの時間を告げ、出国手続きのカウンターへと向かう。
 再びいつ会えるのかは定かではない。
  
 出国手続きは簡単に終わり、荷物検査を終え、ゆっくりゆっくりとG3搭乗口へと向かう。
 体調のよくないときには 普通でも長いG3までの距離の長さがやたら長く感じられる。。
 どこか寝転がれる場所を見つけたいと思うが、どこも一杯である。
 やっとのことで長いG搭乗口までたどり着く。

 いつもならここで煙草を一服ということになるのだが、もうそんな状態ではない自分を
 再認識する。

 G3の搭乗口前で 形だけの荷物チェックを受け、搭乗口前の待合室へと急ぎ、
 やっと横になることができる。
 30分も待っていると 搭乗が始まる。

 私のとこの席が空席であることを祈るが、残念ながら、ミネソタ州出身のアメリカ人が
 座り込む。
 近くに日本人客室乗務員がいたので 体調が悪いことを告げ、居心地のよい席があれば
 見つけてくれることを頼んでおく。
 6時間のフライト中耐えられるかと訊かれるが 当然大丈夫と答えて置く。

 飛行機が飛び立つと この女性日本人客室乗務員が 2座席分の場所を確保してくれる。
 後に4座席分の場所を確保してくれるが、あまりに悪いので遠慮してしまった。
 そんな遠慮をしていたら、その4座席分を私より健康的に見える外国人が利用し、
 眠り込んでいた。
 つまらない遠慮はするものではないとつくづく感じてしまった。


 寝やすい形を作りながら、6時間近い飛行時間中の半分は耐えることが出来た。
 ビールとワインは無料だったので 感覚を麻痺させるには都合がよかったのかもしれないが
 飲む気にはなれなかった。

 身体を丸くして 朝食も取らず、耐え続けていると やっと成田が近づいて来た。
 上空の天気はよくないようだ。
 体力づくりのために 出されたクロワッサンサンドだけは無理しても食べることにした。
 昨日の夕食以降 何も口にしていなかった。
 成田到着後の体力が心配だったからだ。
 無理やり飲み込んで、食べる。

 小雨降る中を 飛行機は成田空港の滑走路へと滑り込んでいった。
 日本人の客室乗務員に 車椅子の手配を頼んでおく。
 残っている体力は出来るだけ温存しておく必要がある。

 この客室乗務員の母親も10年以上前に子宮がんに係り、手術をしたが この10年再発の
 気配もなく、今なお健在のようだ。
 飛行機を降りる寸前にくれたティッシュボックスは 私への思いやりだったのかもしれない。

 さあ 飛行機から出て 成田空港へと移動すると 飛行機の出口では 車椅子が待っていた。 



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