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2度ほど カトマンズ市内に行ってみたが、空気の汚さと混み合う交通に疲れ果て、
体力の限界を感じてしまった。
1年前は 自信のあった体力も 今では半分以下になっていて
無理が利かないことがよくわかる。
特に汚染された空気を吸い込むことで肺に負担がかかることが気になる。
2度ほどカトマンズ市内に行っただけで 行くことは諦めた。
家の近くのバグマティ川沿いのいつもの散歩コースを歩くが、
酸素が足りないのか目の前に幕がかかったようで しゃきっとしない。
勢いよく歩くことも出来ないし、集中して物を観察することも出来なくなっている。
カメラを持って散歩に出たが、写真を撮ることが出来ない。
観察力の低下、集中力のなさからである。
物をしっかり眺めるだけの体力がない。
歩いていても歩くことに精一杯で 他に余裕がない。
以前であれば 見たいもの、知りたいことがあれば、どんどん足が進んでいたのに
今では 歩いていても 帰り分の体力が残っているのかが気にかかる。
川沿いを歩いていけば、いつもと同じ風景が広がっているにも関わらず、
心が動いていかないのは どういうことだろう。
やはり どこか 立っている土俵の違いを感じてしまうのだろうか。
ネパール庶民の逞しさ、生き抜く力強さに圧倒されてしまっているのかもしれない。
水不足、電力不足、物価高にも負けず、生き抜いている逞しさは いつもながら
大したものである。
しかし、それが確かなものとして 私の心の中に入り込んでこないから、
カメラを向けるという行動へとつながっていかない。
彼らの姿を受け止めるだけの力を私が失っているからである。
歩くだけで精一杯であることがよくわかる。
次の一歩が踏み出せない。気力に欠けている。
それは体力のなさから来るものである。
今回の短いカトマンズ滞在は そんな自分の状態を確かめに来たのかもしれない。
私がいようといまいと バグマティ川沿いに生きるカトマンズ庶民は
たくましく生き続けていくに違いない。
どんな最悪な状況におかれても 負けずに生き続けていくだろう。
それがカトマンズ庶民の力強さに違いない。
それは確かめることが出来たような気がする。
出来ることしか出来ない、出来ないことは諦める、そういう潔さが
カトマンズ庶民の強さの源なのかもしれない。
そして、生き続けていくこと、やはりネパール人の強さは 只者ではない。
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