バンコク 風情

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 バンコクの暑い陽射しの中で 喉が渇いたときには このカフェに行くに限る。
 オンアン運河に沿った広い道路を歩いていくと 右側に1本の通りが目に入る。
 その通りに入って行くと 冷房なんか入っていないローカル色あふれるカフェがある。
 客といえば、地元のタイ人ばかりである。
 今日は 店の前面のテーブルには 口ひげを生やした叔父さんが座り込み、
 古風な店の雰囲気に 一役かっている。
 
 中に入ると 1960年代のアメリカの雰囲気がある。
 どうもオーナーが プレスリー好きのようでプレスリーやプレスリーに憧れた
 タイの往年のスターたちの写真やポスターが飾られている。
 今もタイのテレビドラマでも見かけるスターたちであるが 皆、60歳を過ぎ、
 70歳近くなっているスターもいる。
 今から20年近く前、タイの野外映画館で 彼らの出演していた古いタイ映画を
 よく観た。
 観たくて観たというより、夜の暇つぶしに 大きな布の張られた野外の映画上映会を
 長椅子代を払って観ていただけである。
 暑い夜長を過ごすには 格好の時間つぶしだった。
 そのときに見知ったタイの往年のスターたちだった。
 ベトナム戦争時代に タイに駐留していた米兵たちが アメリカ文化の象徴であった
 プレスリーを持ち込んできたのだろう。

 5,60年前のバンコクの古い写真も飾ってある。
 アンティークな扇風機、時計、ラジオ、調度といい、何かほっとするような雰囲気の
 ある不思議なカフェである。
 働いている人たちもお客には無関心で 余計なことを言わず、放って置いてくれる
 ところも気に入っている。

 チャー・マナーオ(ライム入り茶)を注文する。 
 レモンティーのようなものだが、お茶の葉っぱは 中国茶で 酸っぱくて甘くて冷たい
 ライム入りのお茶が 疲れを癒してくれる。
 小さめのビールジョッキーに入ったチャー・マナーオは 充分な量があり、
 20バーツでは安いくらいである。

 この辺りに来れば、必ず立ち寄るカフェであるが、今年の始めに立ち寄ったときには
 たまたま休みで残念な思いをしたが 今回は開店中で 身体を休めることが出来た。
 冷房のある店は 入ったときは気持ちがいいが、出るときは 外気の暑さにうんざり
 するが、この店は 扇風機だけで涼を取るだけだから、汗を乾かし、疲れを癒すだけで
 あるから、外気は気にならない。

 古い昔からの店の建ち並ぶこの通りには こんな古風でモダンなカフェがよく似合う。
 見知らぬ街の見知らぬ不思議なカフェに入って、異邦人として 冷たいお茶を飲む。
 旅の情趣は こんなところから生まれてくる。
 何の会話もなく 静かに座り込んで のんびり冷たいお茶を飲んでいるだけで
 いいのである。
 異国で流れる何気ないのんびりした時間、凄く贅沢な時間を過ごしているような
 気持ちにさせてくれる貴重な空間だ。



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 タイ風牛肉カレーうどんと普通の牛肉うどんを食べ、再び センセーブ運河を走る
 水上バスの始発の船乗り場へ戻る。
 この船乗り場周辺で マハナーク運河(これが延長されてセンセーブ運河になる)と
 チャオプラヤ川の岸辺のサファン・ブットの近くから伸びてきているオンアン運河が
 交差する。
 このラッタナーコウシン島からこのオンアン運河に囲まれた辺りまでが 
 旧市街地である。
 そのために この区域の中には多くの名所・旧跡がある。
 船乗り場周辺に限っていえば、ラーマ7世を記念して造られた博物館、プーカオ・
 トーンと呼ばれる寺院、大砲を据えたプラ・スメン砦、ラーマ3世によって建てられた
 寺院など見るべきものが多い。

 陽射しが強く、船に乗って帰るか、それとも この辺りを散策するかと迷ったが、
 久し振りだから 散策することにした。
 橋を渡ると、向こう側に白塗りのマハカーン砦が見える。
 橋の上方には 黄金色に輝くプーカオ・トーンの仏塔が覘いている。
 道の向こう側には ラーマ3世時代に造られた寺院群が建ち並んでいる。
 プラ・スメン砦を通り過ぎると オンアン運河沿いに木造の家々の集まった古い集落に
 出合う。
 ラーマ3世の時代から 宮廷の楽師として働いていた人たちの集落だと言われている。
 今ではそんな仕事もなく、鳴き声を競う小鳥を売っていたり、花火を売っていたり
 している集落である。
 今日も集落の入り口辺りで 集落の住人が通りゆく人たちに プラカードを見せ、
 盛んに声をかけていたので 寄付でも呼びかけているのかと思ったら、
 花火を売るためのものだった。

 この集落の最初の路地に入ると、小鳥をいれた鳥籠が ぶら下がっており、
 その鳴き声を競うための小鳥を売っている。
 1羽 2百バーツから3百バーツで 鳥籠代は別料金だという。
 鳥篭もピンからキリまであるようだ。
 安いもので 3,4百バーツ、凝ったものなら1万バーツもするものもあると言う。
 前にも何度か来たことのある集落なので 簡単に眺め、道路の向こう側に渡った。

 仏教寺院の横には 細い水路が造られているものだが、昔はこの水路が ロッド運河と
 オンアン運河をつなぐ水路だった。
 この水路脇は 昔は貴族の屋敷が建っていた場所だったらしいが、今ではその貴族の
 屋敷を囲むように バンコク庶民の古い木造住宅が密集している。
 大半の住民たちは 中華街も近いこともあり タイ人と中国人との混血の人たちで
 あることが多い。
 中国人の血筋を護る中国人は中華街に住み、タイ人と結婚した中国人は 中華街の
 周辺に住んだのかもしれない。
 ラーマ6世の時代から 中国人に対する規制が厳しくなり、中国人のタイ人化を
 推し進め、1932年の立憲革命以降 20年に渡って 中国人の事業や商いに制限を
 厳しく加えたために、タイ人との結婚を通して タイ国籍を取得する中国人も増えた
 のである。

 この辺りのタイ人たちの集落は 立憲革命以降 生まれた場所からの移動が自由に
 なってから、バンコクに入り込んできた中央タイの人々の集落なのだろう。
 バンコク庶民の生活に興味のある人であれば、水路沿いの木造の集落の中を
 散策してみるのも 楽しいだろう。
 しかし、陽のある明るいうちに限られる。
 旧王宮広場が近いことから、夜になると どんな人間が入り込んでくるか 
 わからない。
 周りに寺院が多いことから、夜になると人気もなくなる。
 ちょっと怖い場所になるのである。
 細い路地裏などに入り込めば、何が起こるか わからない。
 バンコクは 昼間の顔と夜の顔が あまりに違いすぎる。



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 橋の上に向かう階段を上り、橋の上にやって来ると 日本人らしい若い男女二人が
 チャオプラヤ川の向こう岸に沈み行く夕陽の写真を撮っている。
 よくこの場所を知っていたなと驚きながらも 写真を撮ることに夢中になっている
 二人には声をかけず、私は私で勝手に写真を撮り始める。

 ワット・アルンにいたときは 空は雲に覆われていて、夕陽は期待できないと
 思いながら、このサファン・プットの橋上にやってきたが、厚い雲の下方は 
 雲が途切れ、見事な夕陽が顔を出している。
 あと15分もすれば、夕陽は沈んでしまうだろう。
 今まで、この橋の上から沈みゆく夕陽を見たことはなかった。
 夕陽は 対岸のトンブリ地区のカソリックのサンタクルース教会と仏教寺院
 ワット・カンラヤナミットの中間に沈みかけている。
 夕陽の最後の輝きが チャオプラヤ川の川面をオレンジ色に染めている。
 大小の船が のんびりと川面を行き交う。
 夕陽に染まった雲の姿も 心に染み入る美しさである。
 あーあ、よかったという想いだけが 心の中を占める。
 メーナム チャオプラヤ バンコクを流れる大河、さすがである。
 タイの歴史を その河畔に刻んできた大河 チャオプラヤ、
 夕暮れ時のこの姿は 見るだけの価値がある。
 夕陽が沈むまでの15分間の色の変化を ひたすら心に刻み付けた。

 夕陽が沈んでしまうのを待って、若い男女のカップルに声をかけた。
 話を聞くと この橋からの夕陽を見るためにやってきたのでなく、昨日まで
 サムイ島にいて、今日は午後からバンコク見物のためにワット・プラケオにやって来て、
 歩き回っているうちにこの橋にやってきたらしい。
 見た感じは 若い夫婦といった感じで 落ち着いて雰囲気で好感が持てる。
 しかし、どこか 頼りないところもある。
 自分がどこにいるのか わからず、どうやって宿まで帰ろうかと 思案の最中だった。
 MBKセンター近くから ワット・プラケオまで トゥクトゥクでやって来たという
 話だが、2倍近い150バーツを吹っかけられたようだ。

 このサファン・プットあたりは 夕方過ぎから 洋服や偽ブランド品の夜店が
 たくさん 建ち並ぶ場所であるが、ローカルな地元の人相手の夜店で 治安は
 保障できない。
 バンコクのことをよく知らない若いカップル、放って置くとちょっと心配だったので
 誘って 73番の冷房バスに乗って、MBKセンターまで一緒に帰ることにした。

 急激な冷房のせいか 奥歯が急に痛み始める。
 バンコクのことをいろいろ尋ねてくるが、歯の痛みで答えることが苦痛になってくる。
 歯の痛みに耐えながら、いろいろ説明しているうちに MBKセンター前の停留所に
 バスは到着した。

 MBKセンターまで一緒に行ってもよかったが、奥歯の痛みは収まらない。
 MBKセンターの入り口へ向かう階段を教え、私のほうは 大急ぎで自分の部屋へと
 向かった。
 奥歯に詰めていた詰め物が取れたようだ。
 一晩中 じくじくした歯痛に悩まされてしまった。



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 ワット・アルンからティアン船乗り場に帰り、船乗り場前の広場に出る。
 右側は 昔ながらの海産物の干物の店が並んでいる。
 小さな烏賊の干物 スルメが籠の中に入れられ、売られている。
 1キロ、2百バーツから3百バーツの値段である。
 スルメは好きであるけれど、年々歯が悪くなり、段々 歯が立たなくなってきている。
 広場の左側には 公園が出来、完成間近である。
 この公園が出来ると この辺りの姿も一変してしまうだろう。
 王宮広場の路上からこのティアン船乗り場までの路上には 本物か 偽物か
 わからぬような品物が 売られており、ちょっとした雰囲気がある。

 これから向かうところは サファン・プットである。
 チャオプラヤ・エクスプレスの水上バスで ティアン船乗り場からサファン・プット
 船乗り場まで行くという方法もあるが、歩いて15分ばかりの距離、何も13バーツ
 払って乗ることもない。
 サファン・プットに向かって歩き始めると 棟割長屋の中の一角に古風な感じで
 ありながら、ちょっと洒落たレストランがある。
 外国人好みのアンティークなインテリアにしている。
 イギリス、フランスが入り込んできて 文明開化した当時のバンコクの雰囲気を
 再現しているのだろう。
 メインは タイフードのようだ。

 道の向こう側には ワット・ポーの仏塔が並んでいる。
 20年以上 タイにいるが ワット・ポーもワット・プラケオにも興味は湧かず、
 1度も中には入ったことはない。
 あまりに きんきらかんとしていて その色合いの強さから、魅力を感じない。
 歴史をあまり感じさせず、権力ばかりを誇示している。

 しばらく歩き続けると ロッド運河に架かる橋に出る。
 この運河とチャオプラヤ川で囲まれた地域が ラッタナーコウシン島と呼ばれ、
 今の王朝がこのラッタナーコウシン島に王宮を造るまでは 中国人たちが住んでおり、
 王宮を造るために ロッド運河の向こう側に移住を余儀なくされ、それが中華街の
 始まりになった。
 このロッド運河を境に ラッタナーコウシン島を中心とした政(宗教行事も含めて)を
 行う聖なる地域と商いを行う俗なる地域がはっきりと分かれた。
 いわゆる庶民たちの生活場所も ロッド運河の向こう岸からだった。

 2百年以上前のバンコクの住民の大半は中国人で、アユタヤ王朝がビルマによって
 破壊され、王都をバンコクに遷都し、多くのタイ人たちが移住してきたのだろう。
 初めは タクシン王のトンブリ王朝が チャオプラヤ川対岸のトンブリ地区に出来たが、
 そのトンブリ王朝もタクシン王一代で終わり、その後を継いだラーマ1世によって
 ラッタナーコウシン島に チャックリ王朝が創設されたのである。
 当時はビルマ軍の侵略の脅威が残っており、チャオプラヤ川とロッド運河に囲まれた
 自然の要塞 ラッタナーコウシン島が 王宮の建設場所として選ばれたのである。

 このロッド運河も 洪水対策で 水門によって閉じられ、今ではチャオプラヤ川から
 船は 運河に入ってくることは出来ない。
 水門から1番近い橋だって、道路と同じ高さで造られ、その下を船は潜ることは
 出来ない。
 そして この運河の先の王宮広場近くでは 運河は地下に潜り、その姿は見えなく
 なってしまう。
 運河を利用した水上交通よりも 道路を使った陸上交通を有用したためだ。
 昔は この運河とその外側にあるオンアン運河を通って、王宮を中心とした
 旧市街地、中華街に物が運ばれて行ったのだろう。
 それだけでなく、バンコクで造られた無数の運河につながり、
 バンコクの重要な物流の要だったのだ。

 ロッド運河に架かる橋の上では 夕方から出てきた屋台が 商いを始めている。
 この橋を越えると パッククロン市場へと入って行く。
 バンコク有数の野菜、花市場である。
 人で込み合う歩道を抜けると サファン・プットのある通りに出る。
 もう6時近い。夕暮れ時である。
 今日は サファン・プットの上から チャオプラヤ川の夕陽を見ようと思って、
 この場所にやって来た。
 サファン・プットに向かう階段を上り、橋上へと向かった。



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 西風が吹き始め、季節は 確実に乾期へと移ってきている。
 まだまだ雲に覆われ、時折 雨に見舞われるバンコクではあるが、
 この西風が吹き始めると 暑い夏も 終わりを告げていることを感じ取り、
 ほっとするところもある。

 バンコクの暑さに負けて、外出を避けていた1週間だったが、今日は 久し振りに
 チャオプラヤ河畔に行って見ることにした。
 部屋の中に籠っていると どうでもいい余計なことばかりを考えるようになり、
 精神衛生上 よくない。

 MBKセンター(マーブンクロン)の横にある国立競技場前のバスの停留所で 47番か
 73番のバスを待つ。
 47番のバスが来れば、ティアン船乗り場へ、73番のバスが来れば、サファン・
 プットへと行くことになる。
 早く来た方に乗り込むことにする。
 今日は どういうわけか バスがなかなかやってこなかったが、最初にやって来たのは
 47番の冷房なしバスだった。
 乗り込んだのはいいが、バスの中は混み合っている。
 7バーツの運賃の用意をしたが、車掌はやって来ない。
 今でも運航している無料バスだったのである。
 目的地のティアンバス乗り場まで どんどん人が乗り込んできて、汗だくだくになる。
 こんなバスの中では スリに要注意である。

 やっとのことで ティアン船乗り場に到着する。
 船乗り場のすぐ横では 公園が完成間近である。
 船は ティアン船乗り場とワット・アルン船乗り場を結ぶ渡し舟であるから、
 すぐにやってくる。
 船賃は 3バーツだ。
 向こう岸には ワット・アルンの仏塔が 聳えている。
 船に乗り込むと、5分もしないうちにワット・アルンに到着、境内に入るとシルバー・
 ウィークの余波か、日本人の姿もある。
 ワット・アルンの入り口近くにある寺院の修復も終わっているようだ。
 巨大な魔物のような像が二つ、寺院の警備をしている。
 この像の造りは まさしくタイスタイルと呼ばれるものである。
 タイの寺院なら 良くお目にかかる像である。

 団体旅行の南インドのインド人の姿が目立つ。  
 チェンナイ(マドラス)あたりからやって来たインド人らしく、南インド独特の
 タミール語の忙しげな言葉が耳に入ってくる。
 中国人と一緒で 団体になると インド人たちは騒がしく、鬱陶しい人間たちだ。

 仏塔を見上げると 黄色い布が掛かっており、洗濯物を干したようで 仏塔の景観を
 損なっている。
 何か行事に関係しているのだろう。
 この布が 目障りで のんびりと座り込んで 仏塔を眺める気分にもならず、
 さっさと ティアン船乗り場へと引き返すことにした。
 気分がこの境内の今日の姿には どうもうまく乗っていかない。

 帰りの船からは ワット・プラケオ(旧王宮)の建物の姿を見える。
 150年以上経った建物なのに 真新しく見え、時間の流れ、歴史を感じさせない
 その姿には いつも違和感を覚えてしまう。
 船は再び、ティアン船乗り場へ着いた。


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