バンコク 風情

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

 運河に架かる橋の下のアーケードを抜けると道の反対側に出る。
 その道は運河のところで行き止まりになっているが、その右側に 運河に沿った
 細い道がある。
 この道は 地元の人間以外はほとんど気がつかないような道である。
 その細い道を 運河沿いに歩いて行くと 昔からある古い集落に出会う。
 今から130年年ほど前に この運河が造られたときに バンコクを流れる大河
 チャオプラヤ川から、このプラカノン運河を通って、物資が運ばれてきた時に
 中継地としての役割を果たしていた集落だろう。

 このプラカノン運河は この先、いくつも枝分かれし、その一つは バンコクの
 重要な運河 センセーブ運河へもつながっている。
 百年、百五十年前のバンコクの交通の大半をこれらの運河が担っていたことがわかる。

 この集落は 運河をはさんで両側に別れ、いくつかの細い道以外にこの集落の中には
 入っていくことは出来ない。
 二つに分かれている集落のうちの一つなどは 運河の中の島のようになっており、
 もう一つの集落からしか行けない形になっている。
 水路を使った交通が主流の時代には、便利だったこの集落も 陸上交通が主流になった
 現在では オートバイ以外の車は入ることが出来ず、時代に忘れられたような集落に
 なっている。

 集落沿いの細い通路のような運河沿いの道に沿って歩いて行くと、木造の古い家が
 建ち並ぶ。
 道を奥に向かって歩いて行くと 自分の家の前に置いた木造のベンチに座り込んでいる
 親父さんがいる。
 写真を撮ってもいいかと尋ねると、笑いながら、OKである。
 この親父さんの家族も ここに住みついて 百年以上になるようだ。
 古い木造の家の建ち並ぶ道の先には 新しく出来た水門がある。
 何年にも渡って工事をしていたようだが、今年になって完成したようだ。
 運河の水を調整し、汚れた水を浄化する施設を併せ持っている。

 この水門の上に上ると、運河の向こう側の島のようになったもう一つの集落へ
 行くことが出来る。
 水門の上を通って 島のような集落の中に入って行く。
 この集落の中に建っている家々のほとんどは木造住宅であるが、戦後建て替えたものが
 大半である。
 狭い土地の中に密集している集落の家々には 庭を持てるような余裕はない。
 しかし、それでも僅かの空間を利用している住民もいる。
 集落の入り口近くに住んでいる老夫婦もそうである。
 しきりに通路に並べた多数の草花の世話をしていた。
 人柄も友好的で 色々なことを話してくれ、あとで 水門の先にある汚水処理場まで
 行ったときには 奥さんは夕方の散歩らしく、辺りを案内すらしてくれた。
 古い集落には 昔ながらの親切も残っているようだ。

 彼らの家の先にも 別の家族が住んでいる。
 以前に話をした中年の女性が いた。
 彼らの家族も 長い間この集落に住んでおり、彼女の両親もここで生まれたと
 言っているから、百年以上は住み着いていることになる。
 彼女は 中国人とタイ人の混血である。
 昔からのバンコクの住民には 中国人との混血の人たちが多い。

 この集落の土地は 彼らのものではない。
 『サップ・シン』と呼ばれ、昔からの王室所有の土地である。
 ここに住む人々は 王室から借りている土地の広さにあわせて 賃料を払うことになる。
 ちなみに彼女たちが借りている土地は 約百平米で 月7百バーツ、その他に税金と
 して 年間3千バーツ納めているとのことだ。
 バンコクや地方都市には こうした『サップ・シン』と呼ばれる王室の土地や
 棟割長屋の形をした借家、市場などが多い。
 運河の開発は 王国の事業をして行われたものから、運河沿いの主要な土地は 
 王室のものになったのである。
 この頃は 王室財産管理局が 王室の代わりに王室の財産の管理をしているが 
 物価高の中、賃貸し料も値上がりをしているようである。

 そんな土地でも 百年以上も住み続けていると 故郷であり、彼らの愛すべき想い出に
 満ちた場所になっている。
 何代にも渡って住み続けていれば 当然のことだし、離れ難い棲家なであることが
 彼らの口ぶりから伝わってくる。
 土地を愛するためには その土地に住み着き、生活が持続して続いていくことが 
 大切なことであることが 古い集落を見ていると どこでも感じられることだ。
 日本の東京のどこに こんな古い集落が残っているのだろう。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

 プラカノンの街は 私の住んでいる近くのMBKセンターあたりから見ると
 東の方向にあり、そこまで行き着くまでには バンコクの高層ビルの立ち並ぶ
 スクムビット界隈を越えて行くことになる。
 MBKセンター辺りからのスクムビット道路沿いは ここ10年以上 開発の嵐が
 吹き荒れ、高層のオフィスビル、マンションが建ち並び、この辺りだけを見ていると
 バンコクが とんでもない近代都市にも見えてくる。
 これだけの高層ビル群を建てるお金は 一体どこから来たのかと不思議な思いになる。

 ビエンチャンから帰ってきて以来、近くを散歩するぐらいで 代わり映えのしない
 毎日を過ごしていたが、気分転換に バンコクの東の果ての街 プラカノンまで
 行くことに決めた。

 国立競技場の向かい側のバスの停留所で 48番のバスが来るのを待つ。
 冷房付のバスは 黄色に塗られた車体、冷房なしはピンク色に塗られた車体である。
 少し待ったが 冷房付のバスが先に来たのでそれに乗り込む。
 プラカノンまで14バーツである。
 乗り込んだのはいいが、午後4時を過ぎていたせいか、スクムビット道路は渋滞で
 バスは少しも進んでいかない。
 48番の黄色の冷房付バスは 新車で冷房がすこぶる効いている。
 すっかり身体が冷えてしまった。
 いつもなら20分ぐらいでプラカノンに到着するのであるが、
 今日は1時間近くかかってしまったのだ。

 プラカノンに到着する寸前に 突然にわか雨が降り始めてしまった。
 バスを降り、雨を避けるために真っ直ぐプラカノン運河の船着場へは行かず、
 市場の中を通っていくことにした。
 プラカノンのバスの停留所近くの市場では 衣類が主に売られ、
 運河に近いあたりでは 生鮮食品が売られている。
 昨日のように土砂降りの大雨になるかと心配したが、本当に にわか雨で 
 すぐに雨は 上がってしまった。
 それでは もう大丈夫と 市場を出て、船着場のある通りへと出た。
 いつものカキ氷の店の前に出ると、いつもの愛想のないおばさんが座り込んでいる。
 折角来たのだからと思い カキ氷を注文する。

 運河に架かる橋の下には 多くの店が軒を並べているが、
 1番多いのは美容院と床屋である。
 昔風の美容院と床屋といった感じで 洒落た雰囲気などどこにもない。
 床屋など 頭を刈ってもらえば それでいいといった感じなのである。
 お洒落とは程遠い 実用一点張りの世界である。
 庶民の住む町、庶民の生活する場所は それでいいのかもしれない。

 カキ氷を食べ終え、プラカノン運河を走る定期船の出発点になる
 プラカノン市場の船着場へと足を進める。
 定期船は 出発間近のようである。
 もう時間は午後5時を越えている。
 こんな時間に定期船に乗り込めば、帰りは 船がないことになる。
 この船着場発は7時過ぎまであるらしいが、こちらに向かう船は6時近くなると
 なくなってしまう。
 今日は プラカノン付近の夕暮れの様子を眺めて見たかっただけであるから、
 船には 乗り込まない。
 船着場の桟橋の上に立って、行き交う船や人々を眺めるだけだ。
 このプラカノン運河沿いには 多くのイスラム教徒たちが住む。
 船の乗客の中にも スカーフをかぶった女性がいる。

 この船着場にやって来ると 心が穏やかになってくる。
 MBKセンター辺りを行き交う人々と比べても 人々の動きはのんびりしている。
 距離にすれば MBKセンターから 5,6キロぐらいだろうが、
 別の世界が 拡がっているのだ。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

 うだるような暑さのラオス ビエンチャンから逃げ出し、東北タイのウドンタニから
 ツーリストバスに乗り、8時間かけて 昨日の夜中の1時半にバンコクに到着した。
 冷房の効きすぎた座りっ放しの8時間の長旅で 筋肉が硬くなり、帰ってきてからも、
 身体の節々が痛く、ぼっとした1日をごろごろと過ごしてしまった。
 よる年波で すぐには 身体は回復してはくれない。
 それにしても ラオス ビエンチャンは暑かった。
 バンコクが涼しく感じられるくらいである。

 夕方近くになって、西の空を眺めると、夕焼けの中に 積乱雲が湧き起こっている。
 夕立でもやってくるのだろうか。
 遠くで雷の音も鳴っている。
 夕焼け空を眺めに24階建てのマンションの屋上に上ってみる。
 遠くに稲光と雷鳴、こわごわと屋上に立って 西の空を眺める。
 西の空は まだ晴れているが 東、南、北の空は すっかり雨雲に覆われている。
 急いで夕食の惣菜を買いに行かなくてはと 部屋に戻る。
 もう夕方の6時だ。
 雨雲が空を覆っているせいか、外は薄暗くなっている。
 マンションを出て、センセーブ運河の向こう側にある下町の市場へと向かう。

 運河を渡り、運河の向こう側沿いの歩道に下りて、市場へと向かう。
 対岸には ジム・トムプソンの家が 夕焼けを背景に浮かび上がっている。
 この運河沿いの歩道を歩いていると バンコクに帰ってきたという実感が湧いてくる。
 運河沿いの歩道を左に曲がり、市場にと向かう。

 市場に近づくと 夕闇の中で 行き交う人々の姿が目立ち始める。
 路上脇の食堂の中では 人々はそれぞれに夕食を摂っている。
 いつも見慣れた有暮れ時の光景だ。
 空では 稲光と共に激しく雷が鳴り響き始めている。
 どうもスコールは近くまでやってきているようだ。
 急ぎ足で市場の中を抜け、惣菜を売っている露店へと足を運ぶと、大粒の雨が
 落ちてきた。
 
 露店では 大慌てで 売られている惣菜の上に ビニールシートがかけられている。
 私の方も大慌てで 惣菜を二品 買い求めると、雨は土砂降りへと変わる。
 動きようもなく 軒下に佇んで、スコールをやり過ごすだけしか 方法はない。
 激しいスコールの中でも 人々は 夕餉の惣菜を求めてやってくる。
 そんなバンコク庶民たちの姿を見ていると、生きているな、生きることに精一杯
 向き合っているという姿が感じられる。
 スコールの中でのバンコク庶民や庶民相手の露店の商いを見ていると 
 雨宿りも少しも気にならない。

 屋根やパラソルから激しく流れ落ちる雨水、雨期には当たり前のようにやって来る
 スコールに対しては 当然のこととして受け止め、動じるところなど少しもない。
 バンコクの2百年の歴史の中で身につけてきた知恵が そこには現れている。

 30分近くスコールも終わりに近づき、雨も小雨に変わってきた。
 私も もう1品おかずを買い、家路に向かうことにした。
 豚の肉団子と豆腐のスープ、もやし炒めは買っている。
 あとは プラー・ニン(テラピア)の塩焼きを買うだけである。
 小雨になり、露店の惣菜にかかっていたビニールシートを取り除き始めている。
 プラー・ニン(テラピア)の塩焼きは30バーツ、他の2品は2袋で20バーツ、
 私の今日の夕食である。
 ご飯はもう炊いてある。
 あとは 部屋に帰り、食べるだけである。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

 雨期になると植物たちも 息を吹き返すのだろう。
 湿気と暑さは 亜熱帯の植物たちにとっては 有難い贈り物なのだろう。
 パッククロン野菜市場の道を挟んで向こう側には バンコクでも名の知れた花市場が
 ある。
 行き交う車の流れに気をつけながら、道の向こう側にある花市場へ行く。
 歩道を埋め尽くすように 多くの花々が売られている。
 やはり主役は蘭の花である。その次は薔薇の花だ。
 雨期に入っているせいか 蘭の花の種類も多く、その色合いも多様である。
 赤紫、紫、黄色にオレンジ、白、淡いピンクに 薄緑の蘭の花がある。
 こんなに蘭の花に多彩な色のものがあるとは知らなかった。
 薔薇の花は 昔からよく売られている花だ。

 小ぶりな薔薇の花が多く、妖艶な大きな薔薇の花はない。
 ネパールでも タイでも 花屋ではよく見かける薔薇の花であるが、
 どの気候にも適応できる花なのだろうか。
 百合の花、蓮の花、市場は様々の花であふれているが、花の香りはしない。
 これだけの花にあふれていれば、花の香りだって 漂っているはずなのに 
 それがないのは不思議なことである。

 私はやはり日本人のせいか 花は 可憐で清楚な雰囲気のものが好きである。
 どんなに色鮮やかでも あまりに主張の強い花は 敬遠したくなる。
 当たり前に野に咲いている花のほうがいい。

 この花市場の花の色合いに圧倒され、少し疲れてしまった。
 歩き回っているうちに 汗だくだくになってしまった。
 着ていたTシャツの前は 汗でびしょびしょになってしまった。
 もう限界である。

 再び サファン・プットの下にある73番の出発点になる停留所へと向かった。
 停留所にやって来ると 具合のいいことに73番の停留所に停まっている。
 冷房が効いているのは嬉しいが、汗でびしょびしょになったTシャツが 今度は
 冷たくなって気持ちが悪い。

 バスの運転手と車掌は 夕食の最中だ。
 運転手が食べ終わったところでバスは発車したが、車掌はまだ食べることに夢中である。

 途中、70近い年配の白ずくめのインド人が乗り込んでくる。
 車掌が 乗車賃を要求しても お金がないと言って、乗車賃を払おうとしない。
 着ているものは 洗濯が行き届き、決して貧しそうには見えない。
 車掌がしきりに 「駄目だよ。お金を払わないと。皆お金を払って乗っているんだから。」
 いくら言っても お金を払おうとはしない。

 20年も昔のバンコクなら、代わりにお金を支払うバンコク市民もいただろうが、
 当節 そんな優しいバンコク市民もいなくなった。
 お金、お金ばかりの世知辛いバンコクになってしまった。
 車掌も 昔なら、仕方がないと諦めてしまったが、あまりにしつこく 回りも閉口して
 いる。
 乗車賃を払うつもりもなく、バスに乗るインド人もよくないが、年寄りいじめのように
 見えて どうにも頂けない。
 バスが動き始めても 仕事そっちのけで 夕食を食べ続けていた所掌である。
 インド人の老人は 所掌のしつこさに負けて、次の停留所で降りて行った。
 タイ語を話していたから、バンコクには長く生活しているインド人のようだった。

 混みあった道の中を1時間ばかり かかって、バスはやっとMBKセンターの前に
 やって来た。
 家路に向かう路地に入り、その路地にあるいつもの東北タイ料理の屋台で 
 夕食の惣菜を注文した。
 ソムタム(パパイヤサラダ)が出来上がるのを待っていると、大粒の雨が落ちてきた。
 買った惣菜を抱えて、大急ぎで部屋へと向かった。
 部屋につくと、雨は激しい土砂降りに変わり、久し振りの大雨、激しい雷を伴う雨が
 2,3時間続いた。
 雨の後の涼しさは 今日の心よい眠りを誘ってくれるはずである。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

 バンコクのこの湿気の多い時期には あまり動き回りたくないというのが本音である。
 汗かきの私にとっては あまり快い季節とは言えない。
 あと20分ほど歩けば 回り道ではあるが ワットアルン(暁の寺)まで行けるが、
 汗だくだくになるのは避けがたいので、今回はワットアルンには行かず、目の前に
 ある渡し舟に乗って、対岸のパッククロン市場へと向かうことにした。

 バンコクの人たちにとっては あまり主要な渡し舟ではないらしく乗客の数も少ない。
 外国人は私一人のようだ。
 渡し舟の上からは 上流には 雨期特有の雲が湧き上がっている。そして下流には 
 サファン・プット、対岸には ポルトガル人の末裔たちの信仰の中心 カソリックの
 サンタクルーズ教会が聳えているのが見える。
 5分もしないうちに 渡し舟は 対岸のタールア・タラード・パッククロンに到着する。
 すぐ横にあるチャオプラヤ・エクスプレス 水上バス乗り場 ラチニ船乗り場へ行く。
 ここから、チャオプラヤ川の向こう岸にあるワットアルンが 聳え立っているのが
 優雅に見える。

 三島由紀夫の小説の「豊饒の海」第三部「暁の寺」ではこのワットアルンが取り
 上げられている。
 30年以上前に読んだはずであるが、その内容の記憶は全くない。
 25年前に日本を離れるときは タイ・バンコクに住むことなど考えてもいなかった。
 バンコクに1泊して 次の日にはバングラディッシュのダッカへ、その翌日には 
 カトマンズへ向けて出発したのである。
 再び タイ・バンコクとのつながりが生まれてくるのは カトマンズでの生活を経た
 3年後のことである。

 シルエットは美しい寺院ではあるが、私にとってはさほど心を惹かれる寺院ではない。
 一つには 切り貼りモザイクのような装飾と インドの寺院を真似た建築様式から
 来るのかもしれない。

 川向こうに聳えるワットアルンのシルエットを満喫したあと、タラード・パッククロン
 (パッククロン市場)の表通りへと向かう。
 パックというのは口、クロンというのは運河を意味し、運河の口、運河の入り口を
 意味する。
 バンコクの人々が この言葉を口に出すと、パッククロンとは聞こえず、パコンとしか
 聞こえてこない。

 このパッククロン市場は バンコクの主要な野菜市場と花市場である。
 この市場へ来れば、バンコク市民たちがどんな野菜を食べているかが一目でわかる。
 亜熱帯育ちの野菜たちは 日本のものとは違うけれど、多くの中国人が生活する
 バンコクでは 中国野菜も多い。
 白菜、大根、青梗菜、青ねぎなどは 中国人の好む野菜である。

 表通りには食べ物屋の屋台、果物売り、お菓子売りが 所狭しと 軒を並べている。
 バンコクの下町の雰囲気のあふれている場所だ。
 2百年以上の歴史を持つ歴史的な場所でもある。
 サファン・タクシン(タクシン橋)辺りから中華街、サファン・プット、そして、
 このパッククロン市場、旧王宮に至るまでのチャオプラヤ川沿いの地域は 
 ラッタナコウシン王朝の歴史が 色濃く刻まれている場所である。
 この周辺を散策すれば、バンコクの歴史を膚で感じることが出来るだろう。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]


.
hikaruno
hikaruno
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

美術・工芸

日本の政治

海外情報

ニュース

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
友だち(5)
  • はーちゃん
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • ミーヤー
  • yag*o*ama
  • ピタル…☆
友だち一覧

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事