二つの風景

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 カトマンズからバンコクに移動したときには、いつもの事ながら、違和感がある。
 確かに異なった国に入ったことによる緊張感もあるだろう。
 カトマンズに到着したときは、何か開放感のようなものを感じるのであるが、
 バンコクに到着したときには、気をつけなくてはという心構えが必要だ。
 カトマンズとの付き合いも、バンコクとの付き合いも、もう20年近くなるのだから、
 関わりの長さによるものでもないし、言葉もネパール語もタイ語も話せるから、
 言葉から来るものでもない。
 昔のバンコクなら、なにやら開放感を感じることもあったような気がする。
 タクシー一つ乗るにしても 安心感はあったが、この頃は、タクシーの運転手の顔つきが
  気になるし、空港でも流しのタクシーは利用しないようにしている。
 今回は、空港バスを利用したが、この方がよほど安心である。

 バンコクで生活を始めても あのカトマンズのようなのんびりした人間関係は望めない。
 バンコクで道を訊けば、バンコク市民は親切に教えてくれることはあるが、
 それだけのことである。それは東京でも同じである。
 ところが、カトマンズあたりで、道を訊けば、道も教えてくれるが、
 それでは終わらないのである。
 相手が日本人であるとわかると、日本のどこに住んでいる、自分の兄弟、親戚が日本で働いている、
 カトマンズではどこに住んでいると話は終わらないのである。

 どうもカトマンズの時間の流れは、バンコクや日本とは違うようだ。
 一部の人を除けば、皆、のんびりと生活していて、時間を持て余し、暇つぶしに外国人と時間を
 過ごそうかといった感じなのである。
 それと同時に国民性、性格も随分違うようだ。
 ネパール人の人懐っこさに比べると、タイ人はどうもポーカーフェースである。
 どうも構えているという感じがして、相手の心の中に入り込んでいけないところもある。
 バンコクに人が自由に行き来できるようになったのは、1932年の立憲革命以後のことで、
 それまではサクディ・ナ制という土地制度に縛られ、中国人、外国人、支配階層の人々を除いて、
 人々の自由な移動は 厳しく制限されていた。
 バンコクは都市の機能を持ち始めたのは高々80年ばかりのことである。
 この80年ばかりの間に、バンコクの都市人口は20倍近くに膨れ上がり、それに人間が
 対応できなくなり、当たり障りのない人間関係になってしまったのではと思われる。
 昔からの中国人系バンコク市民と 新しい地方から移住して来た人々との間の摩擦、
 あまりに地方からの人々の移住が激しいために、人間関係が不安定になり、気軽に
 心を許すことも難しくなっているのだろう。

 カトマンズも同じような問題が出てき始めているが、まだそこまで入っていないようだ。
 都市を形成し始めたマッラ王朝時代の12世紀前後からの千年の歴史を持つカトマンズでは、
 その歴史の中で培った濃厚な人間関係の知恵やシステムが まだ機能しており、
 安定した人間関係が 残っているように思う。
 カトマンズは、昔から様々な民族が、行き交った場所である。異なった民族同士が、
 如何に付き合っていくのかという知恵や能力では、カトマンズ市民は 成熟していたのかも
 しれない。
 だから、ネパール人を見ていると、子供のような人懐っこい明るさを持ちながら、
 成熟し安定した性格も読み取ることも出来る。
 旅行者がネパールを好むのは、ネパール人のこうしたパーソナリティによるものなの
 かもしれない。

 それに比べると、バンコクのタイ人は警戒心が 強いようだ。
 ネパール人より興奮しやすく、興奮すると危険な方向へと走り出していきそうで怖い。


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 バンコクの下町にも東京の下町にも路地がある。
 狭い路地に 緑の草木を植え、
 生活に潤いを与えようとする姿は同じである。

 ただ東京の下町の路地には、今生き生きとした生活がない。
 路地を生活の舞台にして、生活する人の姿がない。
 遊び呆ける子供たちの姿もない。
 家の前に座り込んでいる老人の姿もない。
 世間話に夢中になっているおばさんたちの姿もない。
 東京は何を失ってしまったのだろう。

 私たちが失ったもの
 私たちが手に入れたものは何だったのだろう。

 バンコクの下町は貧しい。しかし、暖かいものがある。
 生きている人間の姿がある。


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 タイには、仏教とは別に ピー信仰という土着信仰がある。
 路地裏や狭い路地の一角に祭られている。
 そこを通り過ぎていく人々は、必ず手を合わせる。
 ピーというのは精霊で、善霊もいれば、悪霊もいる。
 家を守ることもあれば、滅ぼすこともある。

 日本にも同じように地蔵信仰という土着信仰がある。
 近くにある地蔵様の土蔵には、鍵がかかっていた。
 いたずらをする不届きものがいるせいだろう。
 これでは、地蔵様も弱い子供や老人を守る術はない。


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 タイでは庶民の買い物の場所といえば、市場である。
 そこは人々の出会いの場所でもある。
 新しい土地に住み着くことになった新参者は 
 市場での買い物を通して、街に馴染んでゆく。

 日本ではその役割を果たしているのが、商店街。
 顔なじみになれば、話も弾むし、
 街の情報も得ることができるだろう。

 バンコクでもその中心部は
 市場からスーパーマーケットに姿を変えようとしているが、
 中心から少し離れれば、生活の中心は市場だ。

 東京では、商店街も力を失い、寂れていく一方である。
 スーパーマーケットは、モダンライフの象徴であるが、
 それは、人々の求めている本当の望みなのだろうか。
 バンコクでも 中産階級はモダンライフを志向している。

 アメリカ風モダンライフ、
 果たして都市に潤いを与えてくれるものだろうか。


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 東京もバンコクも同様に水の都だった。
 東京の運河は 年毎にきれいになってきている。
 バンコクの運河も、ひところに比べると生気を取り戻し、
 魚釣り、子供たちの水遊びもできるようになってきている。
 日本人の感覚からすれば、不潔に感じられるかもしれないが。

 しかし、バンコクでは 水がきれいになるに従って、
 人々と運河のかかわりが、生き生きと再生し始めている。
 日本では、どうだろう?


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