バンコクの運河

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 船が出るのを待つ間、新しく張り出された看板を読もうとするが、どうも理解できない。
 月曜日から金曜日までの船の運航は午前10時から15時…までは理解できるが、
 そのあとがよくわからないので、近くにいたタイ人の男性に説明を求めたところ、
 6月から平日のこの時間帯は 船は、1時間に1本だけ運航することになったと
 書かれているとのことである。
 道理で今回ここで船を乗るときに、時間帯が合わないと、待たされることが多くなったわけだ。
 ここにも石油の高騰の影響が出てきている。

 出るぞという船頭の言葉で、船に乗り込むと 船頭が運賃を集めて回り始める。
 そうすると、さっきのタイ人男性が、私の運賃も払ってくれる。
 運賃は、運河の外の人間は10バーツから15バーツに値上がりした。
 しかし、運河沿いに住む人たちはどうも10バーツのままのようである。
 会話の最中に運賃の値上がりの話もしたから、どうも気を利かせて、払ってくれたらしい。
 見知らぬ自分に対する親切にと感謝する。
 こういう細やかなところがタイ人にはある。
 古きバンコクの名残のようなものを感じて、嬉しくなってしまった。

 今日の予定は、プラカノン運河のプラカノン市場側の半分を歩いてみることだった。
 イアム市場まで行ってしまうと、途中で遊歩道がなくなる箇所があって、その手前で
 降りないと、手前の半分は歩くことは出来ない。

 運河のプラカノン市場側の半分には 仏教徒の対人が住み、イアム市場側の半分には
 多くのイスラム教徒たちが住み、中間部分は混じりあって住んでいる。
 イスラム教徒たちに住んでいるあたりは、よく歩いたが、仏教徒のタイ人たちの住むあたりは、
 あまり歩いたことはなかった。
 このプラカノン運河には遊歩道が造られていて、運河沿いに住むタイ人たちの生活を
 身近に見ることが出来る。

 この前、どこで下船すれば、仏教徒のタイ人たちの住む地域を歩くことが出来るかと、
 船の上から、じっくりと観察していたのだ。
 目当ての古めかしい木造の雑貨屋を目印にしていたので、そこで船を下りる。
 船賃を払ってくれたタイ人の男性にはもう一度礼を述べ、別れを告げた。
 この木造の雑貨屋、気に入った雰囲気の店だったので、写真をじっくり撮ろうと
 思ったが、犬が寝そべっており、私が店に近づこうとすると、警戒心を顕わにしたので
 刺激してはと思い、止めにした。

 イスラム教徒たちの住むところでは、イスラム教徒は犬を嫌い、猫を飼うので安心して歩けたが、
 仏教徒たちの住むところには、犬が多い。
 4,5匹群れを成していることも要注意である。
 相手も怖がっているので、ちょっと強気の態度が必要だ。
 大抵は、犬の方は逃げ腰で吠え掛かってくるのであるが。

 うす曇りの散歩日和かと思っていたら、すっかり晴れ、暑い陽射しが容赦なく、降りかかってくる。
 それでも運河から吹き付けてくる涼風はあるから、我慢できる。
 こんな午後の陽射しの中を歩いているタイ人など皆無だ。
 皆、建物の中で昼寝でもしているのだろう。

 途中途中で犬と睨み合いをしながら、どんどんと歩いていく。
 スクムビット側の運河沿いには、いくつかの仏教寺院がある。
 中でマハブート寺は、結構タイ人の間でも有名らしい。
 どの寺に行くにも、船を利用するのが一番早く、陸の方からだと、大変な遠回りになる。
 バンコクでは、陸上交通よりも 運河を利用した水上交通のほうが、先に発展したので、
 道路は、運河からかなり離れたところに造られている。
 だから、運河から主要道路まで行くのに時間がかかってしまう。

 誰も歩いていない運河沿いの遊歩道を 運河の水と周りの自然、集落を眺めながら、
 歩くのは、心が開放される思いがする。
 犬さえいなければ、素晴らしく楽しい散歩が楽しめるのである。


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 雨季入りの頃は 雨が降ったりして、曇り空の多い毎日だったが、
 ここに来て、晴れ間の日が多くなり、陽射しも熱帯の暑さを取り戻している。
 こんな日には、外に出かけることは、億劫になってしまうのだが、
 昼過ぎて、うす曇りの空模様になってきたので、再びプラカノン運河に出かけることにした。
 ラーマ1世道路に出ると、48番のバスが、停留所を発車したばかり、急いで追いかけ、
 バスのドアを開けてもらう。
 これを逃すと、30分ばかり待つことになる。

 さほどの渋滞もなく、バスはスクムビット道路を走りぬけ、プラカノンに到着したが、
 ぼんやりと他のことを考えていて、降りそこなうところだった。

 プラカノン運河の船着場に行くと、船は出たばかりのようで、舟は停泊していない。
 この前も話をしたおじさんに、いつ船は来るかと聞くと、2時にやってきて、2時半の
 出発だと教えてくれる。
 このまま船着場にいても仕方がないので、船乗り場の後ろにあるプラカノン市場の中を
 うろうろして、時間をつぶすことにした。
 クロントーイ市場に比べると、小ぶりではあるが、ここも庶民的な市場である。

 このプラカノン運河を造って、このあたりを一大商業地域にしようとしたらしいが、
 どうも成功しないまま、捨て置かれた場所のようで、バンコクの場末の感じが残っている。
 
 果物、野菜、肉、魚と値段は安いようだが、クロントーイ市場のような活気にはかけている。
 このあたりに住む庶民のための市場といった様子で、夕方からの屋台の商いに備えて
 仕入れに来ているといった人々はすくないようだ。
 活気には乏しいが、うらびれた昔ながらのバンコクの市場という雰囲気があって、
 充分に楽しめる市場である。

 化粧品、日用雑貨、駄菓子の店も昔ながらの店の形で、スーパーとは違って、温かみを
 感じさせるものだ。
 余分な維持費にお金をかけず、良心的な値段で物を売る基本が こうした市場には共通してある。
 一山 5バーツ、10バーツと野菜なども売っていて、その日の稼ぎで生活する庶民にとっては
 有り難い。
 売り手も買い手も表情が、人間らしく生き生きしているのが 心を和ませる。
 少し市場の端っこに行くと、果物が売られている。
 ライチが、1キロ30バーツである。昨日大型スーパーのロータスでは、42バーツだった。
 帰りには、このライチを買って帰ることに決めた。

 船の出る時間も近づいてきた。
 やって来た市場の中を船着場に向かって歩き始める。
 船着場の近くに朝だけ開かれる木でしっかり、枠組みを組んだ市場の建物がある。
 いつ頃、建てられたものだろう。4,50年は経っているだろう。
 こんな建物が残っていて、昔ながらの人と人が顔を合わせながらの商いが、
 当たり前のことのように残っている。

 市場で商いをする人々が、互いに支えあって、市場を支えていく。
 誰が経営者で、誰が使用人かという境はない。人間関係と良心的な商いで成立する世界である。
 当たり前のことが、当たり前でなくなっていくのが今の世の中だ。
 人と人が人間らしく顔と顔をつき合わせて売り買いをしていれば、へんなものを売ることは
 出来ないはずだ。

 船着場に戻ると、2時半まであと10分、皆が乗り込むまで、
 船着場の長い木製の椅子に座って船の出るのを待つことにした。


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 タニヤ通りの小僧寿司で、お腹は一杯になった。
 せっかく、出かけてきた。傘も持ってきたし、このまま帰るのは惜しいと思い、
 シーロム道路からラーマ4世道路まで出て、そこからプラカノンに向かった。
 45番、46番、そして冷房バスの207番が、プラカノン方面に向かうバスだ。
 最初に、207番の冷房バスが、やってきたのでこれに乗る。運賃は14バーツである。
 昔はよく利用した道筋である。
 
 途中、バンコク最大のスラムで有名だったクロン・トイの近くを通る。
 スラムで生きる人たちのために安く食料・雑貨を売っているクロン・トイ市場の前を
 通り過ぎていく。
 この前、空港からエアポートバスでバンコクにやってきたとき、昔は汚かったクローン・トイ
 ・スラムあたりが、随分小奇麗になっていたことには、驚いた。
 
 このあたりから、プラカノンまでの風景は、昔ながらのままである。
 このあたりの開発があまり進んでいないのは、不思議だ。
 変わったのは、10年近く前に大きなスーパーマーケットが 
 道を挟んで、建ち並んだことぐらいだ。
 激しく変貌する街並みとゆっくりと姿を変えていく場所があるのは、どういうわけだろうか。

 到着したパラカノンあたりも、ゆっくりと変わりつつある場所である。
 バンコクの場末の印象の強いプラカノン、バスを降りて、プラカノン運河に向かって、
 ゆっくり歩き始める。
 狭い歩道に並んだ果物売りの露店、バンコクの中心部より幾分安い。
 先へと進んでいくと、運河にかかる橋の袂には、昔ながらの雑貨屋、床屋、お菓子屋、
 時代は、20年前へと遡ってしまう。
 この瞬間を味わうことが出来るのが、今のバンコクの楽しみの一つだ。

 今日は 雨の運河の姿を見たかったのだが、傘を持ってきたにもかかわらず、雨は降らない。
 プラカノン運河の船着場へと向かうと、船着場の横の売店の年老いた女性は、
 午後の居眠りを楽しんでいる。
 停泊している船を見ると何人か乗り込んで、出発を待っている。
 船に乗り込んで10分後に 船はイヤム市場に向かって走り出した。
 ここ何日かの激しい雨で、運河の水嵩も増し、心なしか、水の流れも澄んでいる。
 何ヶ月ぶりかの運河めぐりだ。
 運河の辺の緑は生命力にあふれ、亜熱帯特有の樹木の勢いを感じさせる。

 終点まで行かず、途中で下船し、運河沿いに造られている歩道をのんびりと歩き始める。
 平日の午後、歩道を歩く人の姿はない。
 運河沿いの家々の脇に植えられた草花を眺めながら、歩道の続く限り歩き続けた。
 時折、運河の中の魚たちが、飛び跳ねている。
 平和な午後の運河の時間の流れだ。ここがバンコクの中だとは到底思われない。
 緑色の美しい蛇が、歩道を横切って行ったときには、驚いた。
 心の平穏さのためには、時にはこんな自然あふれる情景の中に身を置くことも必要だ。
 どんどん歩き続けていると、歩道の終点の仏教寺院に着いた。
 寺院の前の船着場では、幼い子を連れた二組の親子連れが、運河の中に食べ物を
 投げ込んでいる。タム・ブン(徳を積む)である。
 運河に棲む魚たちにえさを与えているのだ。
 その様子を 船着場のコンクリートの椅子に座って眺める。

 午後のけだるさの中で、運河からの涼風を受け、眠気に誘われながら、帰りの船を待つ。
 時間は、もう午後4時、期待の雨はどうも降りそうにない。
 定期船も 30分以上待っているのにやってこない。
 寺院脇の小学校から、子供たちが船着場に集まり、わいわいと騒ぎながら、
 帰りの船を待ち始める。

 こんな日も たまにはいいものだ。心を休ませるには、こんな時間を持つのもいい。
 船着場の寺院の庭には、タイ人たちが好んで食べる酸っぱい果実が、たわわに実って
 いる。
 近頃の子供はこんな果実には見向きもしなくなった。
 その小さな果実が 一粒、一粒と落ちては ポトン、ポトンと小さな音を立てて、
 木製の船着場に跳ね返っていた。


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 プラカノン運河は、19世紀中期 ラーマ3世の時代に整備されたようであるが、
 もともとは、チャオプラヤ川の支流だったようだ。
 このプラカノン運河は途中でトン運河をつながり、
 そのトン運河はバンコクの中央を走るセーン・セーブ運河へもつながっている。
 陸上交通が発達する前は、このプラカノン運河の中間点にあたるプラカノンの町は
 物資がここに集められ、地方へと運ばれていく交通の要所だったように思われる。

 このプラカノンの船着場のすぐ近くには古い市場があり、
 その周辺には古い昔ながらの集落もある。
 その雰囲気が朽ちていく寸前の寂れた風情があって、情趣を誘うのである。
 運河の上に浮かんだ役割を終えた船の中で生活する水上生活者、
 岸辺に寄り添うように建ち並んでいる木造の古い家屋、
 一時代前の繁栄の名残が感じられて、なんとも物悲しい雰囲気なのだ。
 昔の栄華は過ぎ去り、集落に住む人々も年寄りばかり、成す術もなくときを過ごし、
 時間の流れは止まってしまう。
 なんとも不思議な趣が感じられる町だ。

 このあたりにはまだ空き地が残っている。
 新興住宅地として開発されていくのを待っている。
 古い集落の裏では、汚水処理場建設の工事が行われている。
 このあたりの新しい開発をにらんでのことだろう。
 あと数年もすれば、分譲住宅、マンションが建ち並び、
 運河沿いは一変してしまうことは見えている。

 古い時代の最後の抵抗、ささやかな抵抗であるが、その姿がいじらしい。
 バンコク都心部に近い地域の中で、数少ない昔ながらのバンコクが残るプラカノン、
 楽しむなら、今しかない。
 庶民の町プラカノン、いつまでその昔ながらの姿を残していくのか、
 もう時間は残ってはいない。

 昔ながらのバンコクの庶民の生活は、高度成長期の中で日本が失った世界だ。
 今の若い人たちは、日本が何を失ったのかさえ知らない。
 見せ掛けの贅沢に眼を奪われているのは、若者だけではない。
 戦後 闇雲に無批判に生活してきた年齢層だってそうだ。
 若者たちに何を残していくべきなのかも わからなくなっている。
 そしてその付けを次の世代のものに払わせようとしている。
 自分さえ良ければいいという世界を作ってきたのはそういう人間たちなのだ。


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 1857年にイギリスと結んだボーリング条約(英泰友好条約)は
 治外法権を認めた不平等条約であった。例を挙げれば、英領インドなどの出身者を
 『保護民』と認定することによって、タイに対する影響力を強め、
 このことによってタイの治安の悪化をもたらした。
 1907年には外国人と外国領事館の『保護民』の合計は24,665人、
 そのうちの欧米人は僅か1500人で、多くが
 近隣諸国からのアジア系移民によって占められていた。
 犯罪を犯してもタイの裁判を受ける必要のないことから、
 『保護民』たちはやりたい放題だった。
 治外法権撤廃のために、1909年のマレー半島四州の割譲により
 『アジア系保護民』の裁判権をイギリスから獲得した。

 ここに再び、パッタニーに災難が降りかかるのである。
 本来パッタニー王国の領土であった四州が治外法権撤廃の見返りに
 イギリスに割譲されてしまう。
 このときすべての領土がイギリス側に割譲されていれば、マレーシアの1部となり、
 今のような悲惨な紛争は生まれていなかったかもしれない。
 もし、タイ側に元の領土が残っていれば、
 政府に対して有利に交渉を進めることができたかもしれない。

 時間は午後5時近くになっている。運河沿いの歩道を再び歩き始める。
 運河の下流に向かって歩いていくと、仏教徒の住居は増えてくる。
 運河のペチャブリ側はイスラム教徒が多く住み、反対側のスクムビット側には
 仏教徒が多く住む。
 古くから住んでいる仏教徒の家も改築の余裕もないらしく、痛みも激しい。
 新しく建てられた新興住宅のそばにあるといかにもみすぼらしい。
 もう建って50年以上になる建物だ。もともと 豊かな人たちではないのだろう。
 50年前のこのあたりであれば、さぞかし僻地であったろう。
 農業が目的でなければ、人が住むような場所でもない。

 そんな住居を眺めながら、足を進めていくと仏教寺院に辿り着いた。
 ここで歩道は切れてしまい、先に進むことは出来ない。
 もう午後5時半である。
 寺院の船着場で小船に座り込み、誰かを待っている老人がいた。
 彼が幼い頃は、この運河の水を飲んでいたし、
 この運河の水で生活に必要な水は すべて事足りていたという。
 のんびりと彼と話し込む。
 いくら待っても乗り合いの船はやってこない。
 一人の中年の女性が やはり小船に乗って この船着場にやってきて、
 「どこまで行くの」と私に尋ねる。「プラカノンまで」と答えると
 「プラカノン行きの船は5時半で終わっている」と言う。
 話し込んでいた老人は、私がイアム市場方面にいくと思っていたのだ。
 イアム市場方面は7時まである。
 もう午後6時過ぎだ。
 仏教寺院の境内を抜け、大通りに向かって歩き、プラカノンに向かうバスを探す。
 てっきり出た大通りがスクムビット道路だと思っていた。
 歩けど歩けど バス停に出会わない。
 しばらく歩き続け、路上で商売をしている人に、プラカノン行きのバス停を尋ねると 
 
 「ここにはバスは来ない。ソンテオ(乗合自動車)で
         スクムビット道路に出なくてはならない。」
 「ここスクムビットじゃないの。」と言うと
 「違うよ。ここはオンヌットだよ。」と言う。
 「歩いていけばすぐにスクムビットに出るんじゃないの。」と訊くと
 「遠いよ」
 
 私の頭の中では、近いはずだと理解していたである。
 彼の商売をしている前が、ソンテオの停まる場所だった。
 ソンテオに乗り込むとスクムビットまではかなりの距離があったし、
 渋滞で車はなかなか進んでいかない。
 30分近くかかって、やっとスクムビット道路に着いた。
 寺院を出てから1時間以上が経過している。
 船を使えば、20分もかからぬプラカノンへの道のりである。
 ここからは運河にかかる橋までは近く、すぐにプラカノンの市場に着いた。
 この運河沿いに生活する人々が、運河を利用した交通に頼っている理由が
 つくづく良く理解できた。

 プラカノンから帰りは冷房付の循環バス 508番に乗って、東急MBKセンターに
 向かった。


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