バンコクを歩く

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 今 サイアム・スクウェアといえば バンコクの中でモダンなシティライフを
 代表する場所である。
 BTS高架鉄道の二つの路線が交差するサイアム駅があり、ディスカバリー・センター、
 昔からのサイアムカフェ、その隣には 高級デパート パラゴンがある。

 東急MBKセンターを出発点にして、ラーマ1世道路をスクムビット方面に向かって
 歩いてみた。
 ディスカバリー・センターを見上げていると BTSの高架鉄道を2台の電車が
 走っていく。
 ディスカバリー・センターのそばの階段を下りて、ディスカバリー・センターの横を
 歩いていると、前をタイの女の子と手をつなぎながら、日本の若者が歩いていく。
 大丈夫ですかと少し心配にもなる。

 サイアムカフェを通り過ぎ、高級デパート パラゴン脇の階段を上って、パラゴンの
 2階のフロアに行く。
 デパートの2階フロアの周辺も余裕持って造られており、如何にもお金がかかって
 いますという感じだ。
 タイは 本当にこんなことでいいのかと不安も感じる。
 一部の人間に 富が集中している。
 バンコクのシティライフと地方の格差が 予想以上に開いているのではと感じてしまう。

 パラゴンの中を抜け、スクムビット方面側の出口に向かう。
 そこから、そごうデパートの先まで遊歩道が作られている。
 その遊歩道を歩くと、大きくなったワールド・トレード・センターの横を抜け、
 そごうデパートまで至る。
 この一帯は 一大消費センターになっている。
 この遊歩道を歩いている人たちの服装を見ても、ファッショナブルであり、
 如何にも中産階級以上といった様子だ。
 20年という月日の流れは すっかりバンコクを変えてしまい、驚きよりも
 溜め息の方が出てきてしまう。
 ここだけ見るなら、東京よりもモダンに見えてしまう。
 こんな状態が このタイで本当に続いていくのだろうか。
 どこかに落とし穴が あるように思えてならない。
 その一つの兆候が バンコクの政治的な混乱ではないかとも感じられる。

 すべての富をバンコクに集め、繁栄してきたバンコク、
 その影で地方農民は苦しい生活を強いられている。
 バンコクにやってきている出稼ぎ農民とバンコク市民との生活の格差、
 バンコク市民は そのことに 眼を向けようとはしない。
 今回の政治的混乱が解決しないのも 自分たちの利権、富を護ろうとしている
 バンコクの昔ながらの中国人を中心とした市民たちのわがままのようにしか見えない。

 このサイアム・スクウェア周辺の一大消費センターを見ていると、そんな思いになる。
 どう見ても こんな状態が普通であるとは思えない。

 そんな思いに駆られながら、やって来た道を帰ってくると、
 一本の樹が紅葉を迎えていた。
 紅葉なのか、排気ガスにやられたのか、こんな暑いバンコクでも紅葉があるのかと
 不思議な気持ちになった。


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 このチャオプラヤ川沿いの通りは行きかう人も少ない。
 一昔前は、クロントーイ港で小船に積み替えられた荷が、この通りに建つ店のチャオプラヤ川に
 接する船着場から多くの産物が荷揚げされたことだろう。
 米、乾物、今でも店先では、そうしたものが並べられている。
 その通りを歩き続けていくと、中華街にある唯一の船着場へと出る。
 その船着場の名前は ラーチャウォン船着場、チャオプラヤ川の対岸のトンブリ側の
 船着場の名前はディンデーン船着場だ。
 あまり、旅行者は利用しない船着場である。
 
 渡し舟を使って、ラーチャウォン船着場からディンデーン船着場へと渡る。
 船の料金は3.5バーツだ。
 船着場周辺にも古い倉庫があり、その倉庫の裏あたりは、トンブリの下町の住民たちの
 集落になっている。
 細い路地が迷路のように入り組んでおり、バンコクの庶民たちの集落の典型的な形に
 なっている。
 その古い木造住宅の集落を抜けると 今の国王 ラーマ9世の生母 シーナカリン・
 タラバット王妃の生まれ育った場所に至る。
 (http://blogs.yahoo.co.jp/hikaruno_season/14164521.html を参照)
 私がここを訪れるのは、3度目である。
 入り口周辺には、近所の老人たちが、ベンチに座り、午後の時間を幼馴染たちと、
 のんびりと過ごしている。
 顔つきを見ると、中国系の人たちだ。
 日本と違って、バンコクのトンブリ地区にはまだまだ老人たちの居場所があるようだ。

 そこを抜け、サファン・プットに向かって歩き、サファン・プットの橋の上から、
 チャオプラヤ川を行きかう船、ワット・アルン、パック・クローン市場の光景を眺める。
 橋を降り、再び、チャオプラヤ川の川沿いを歩き始める。
 連れの持っている万歩計を見ると、1万2千歩が表示されている。
 チャオプラヤ川の風に吹かれながら川沿いの遊歩道を歩き続けると、アユタヤ王朝時代に
 傭兵としてやってきたポルトガル人たちの末裔たちの住む居住区へと至る。
 広場の真ん中には、再建されたサンタクルーズ教会が聳え立っている。
 ポルトガル人たちの末裔たちの集落と抜け、再び川沿いの遊歩道に向かう。
 サファン・プットからサンタクルーズ教会までは遊歩道は完備されているが、
 そこから先は途中建設中で、集落の中を抜ける必要がある。

 集落を抜けて、再び遊歩道に出、歩き始めると、古い歴史を持つ中国廟の前に出る。
 中国廟のあの毒々しい色合いが、時とともに色あせ、風合いがにじみ出ている中国廟だ。
 建てられてから2百年以上は経っている。
 信仰心のある連れは、ここでも中に入って参拝、隣の敷地には、バンコクでも有名な
 ワット・カンラヤナミットという仏教寺院がある。
 本堂の前には、中国から運んできたといわれている像が並べられている。
 本堂の中の本尊は、タイ人好みの金無垢の立派な仏像がある。
 ここでも連れはしっかりお参り、そろそろ足が棒になったようだ。
 寺院のすぐ前にあるカンラヤナミット船着場から渡し舟に乗り、ラッチニー船着場へと渡った。
 船賃は4バーツである。
 
 船の着いた船着場は、パック・クローン市場のすぐ横にあり、野菜の並べられた市場の中を抜け、
 サファン・プットへ、そこにはMBKセンター(マーブンクロン)方面に向かう73番の冷房バスの
 発着所がある。
 連れの持つ万歩計は1万7千歩を示していたようだ。
 
 午後1時半過ぎにMBKセンター前を出発し、午後5時半に再びMBKセンターに帰ってきた4時間の
 散策コースだった。
 ローカルな乗り物に乗り、自分の足で歩くたびの形は、街に馴染んでいくための確実な
 方法である。
 歩く速さで、人々の生活の姿に触れていくうちに、街に住む人々との係わりも
 生まれてくるものだ。
 街に馴染むことはそのことの繰り返しの結果なのである。


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 カトマンズに住んでいた知り合いが、バンコクにやってきている。
 普通の旅行者が余り行かないバンコクを案内することにした。
 MBKセンター(マーブンクロン)の近くの国立競技場前から73番の冷房バスに乗って、
 まずは中華街のヤワラートへ行き、そこを出発点にして歩き始めることにする。
 
 彼女はお寺が好きな人らしく、バスを降りたヤワラートの停車場ちかくの中国廟に
 御参り、そのあと、昼飯代わりに 私がヤワラートにやってきたときに、時々、行く
 近くのラーメン屋さんに行く。
 もうこの店を訪れるようになってから、20年近くになる。
 この頃、バーミー・ヘン(汁なしラーメン)に凝っているというので、少し高いが、
 ここなら、安心と案内する。
 20年前から、他の店より値段は高く、他の店が10バーツのときでもこの店は、
 15バーツだった。今は、バンコクの店で出す麺類は30バーツ以上、
 この店のバーミー・ヘンも50バーツに値上がりしている。
 日本の雑誌にも取り上げられるようになったらしく、その雑誌の切り抜きも額に入れて
 飾られるようになっている。
 値段高騰は、その辺にもあるのだろう。 
 しかし、バーミー・ヘンの中に入れる魚の練り物の種類も多く、値段分だけの価値は
 ある。
 麺玉も自家製で その辺の店の工場生産のものとは違う。

 簡単な昼ごはんを済ませ、チャイナタウン・ホテルの脇の道に入り、右に曲がって
 路地に入る。
 中華街の老人ばかりの屯するお茶屋さんで チャー・ダム・イェーンを飲むことにする。
 ここは、中国人の男だけしかおらず、女一人では入りにくい場所だ。
 そんな場所を見るのも楽しいと思い、案内した。
 この店は、いつもいっぱいで、座る場所を探すのは一苦労だ。
 商いを息子たちに任せ、午後のひと時を近所の知り合いたちと過ごす格好の場所なの
 だろう。
 安い飲み物でこんな場所を提供するこの店は、充分 老人問題の解決に貢献している。

 中華街の人々のつながりの深さが、こうした老人たちの姿にも見られる。
 バンコクの中国人たちの大半は、潮州出身者である。
 同郷出身者同士の互助組織や、潮州の民間信仰 徳教とのつながりのある慈善組織など 
 もあり、助け合いもあるようだ。
 本土中国から出稼ぎにやってきた中国人が異国の地で生き抜くために考え出された知恵
 なのだろう。
 いわゆるタイ人には、こうした助け合いの組織を作るという発想はないようだ。
 そのために、タイ人たちにとっては、老人問題は深刻になってきている。

 チャー・ダム・イェーンを飲み干し、一休みしたところで、再び、路地に入って行き、
 チャオプラヤ川沿いの中華街方面に向かう。
 サンペン市場に近いこのあたり靴やサンダルの卸やが 建ち並んでいる。
 そこを抜けると、チャオプラヤ川沿いの倉庫の並ぶ通りに出る。


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 クロントーイ市場に行って、クロントーイ港に行かないということはないと思って、
 市場へ行った次の日にクロントーイ港に行ってきた。
 
 MBKセンターの前の定番の47番のバスに乗り、終点で降りれば、目の前が、
 クロントーイ港のチェックポストである。
 ラーマ4世道路方面からやってくるなら、4番のバスでもよい。
 このチェックポストの右端の通路を歩き続けて行けば、チャオプラヤ川の岸辺に出る。
 チャオプラヤ川の水の色は、ここでも茶色く濁っている。
 向こう岸には、鬱蒼とした亜熱帯樹のジャングルのような森が見えるが、その向こうには、
 高層ビルが、浮かび上がっている。
 1991年開港のタイ湾(シャム湾)に面したシーラチャの近くのレムチャバン港が、
 今は中心になってしまったが、1951年開港のこの港は、バンコクの経済発展の歴史を
 深く刻んでいるはずだ。
 
 私が 瀬戸内海の大型造船所のある小島に育ったせいか、ここに停泊している貨物船を
 見ると、心がうずく。
 瀬戸内の海を行きかう貨物船を見ながら、育ったのである。
 しかし、その当時、外国への旅に対する憧れのようなものはなかった。
 今、バンコクのこの港にいて、外国の貨物船を見ていることすら、不思議に思える。
 バンコク、カトマンズ、日本とふらふらしている今の生活は どこからやってきたの
 だろう。
 船乗りにでもなれば、本当は一番性に合っていたのかもしれない。
 そんなことを思っていると、井上陽水の歌う名曲『積み荷のない船』のメロディが、
 頭の中を過ぎる。

       積み荷のない船

 ― 積み荷もなく行くあの船は 海に沈む途中
   港に住む人々に 深い夜を想わせて
   間に合えば 夏の夜の最後に 
   遅れたら昨日までの想い出に… 

 そんな世界は、20年以上も前の私の心の中にもあった。遠い昔のことだ。
 バンコクにも、まだそんな名残が残っていた。

 郷愁を振り切るように 港の中から出る。
 雨季の合間の上天気、暑さが容赦なく、身体を突き刺してくる。

 港を出て、バスの停車場を少し過ぎたあたりに、小さな路地がある。
 懐かしい思いのするの路地だ。
 その路地を奥まで進むと、白い門の先に 仏教寺院がある。
 その名は、ワット・クロントーイだ。
 このあたりの人々の信仰の中心なのだろう。

 抜けてきた路地周辺も、昔はスラムだった一帯だ。
 今から15年前の火災で、焼失し、新たに作られた集落である。
 貧しい者たちは去り、少しお金のある者たちが住み始めたのか、
 スラムというバラックの姿はなく、ここも小奇麗になっている。
 スラムであったことなど少しも感じさせない。
 バンコクでは、立ち退き目的のスラム放火がよくある。
 スラムのような密集した地域に火災が起これば、瞬く間に燃え広がってしまう。
 スラムの奥に住んでいれば、逃げることすら難しい。
 16年前のそんな火事のことなど忘れたように、人々はのんびりと肩を寄せ合って
 生きているようだ。
 タイの下積みの生活を送る庶民たちは、雑草のようにたくましい。
 
 こんな路地裏の世界に身を置くと、ほっとするのはどういうわけだろう。
 ここに住む人々には 生き生きとした表情があり、
 能面のような顔をしたバンコクの中産階級の人たちの世界とは、
 別の世界を感じてしまうせいかもしれない。
 人間が人間らしく生きている世界が、路地裏の世界にはまだ残っている。


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 バンコク最大の庶民の市場 クロントーイ市場に行ってみた。
 この前、バスの中から眺めていて、今のうちに是非行ってみようと思い立ったのだ。
 この頃のように大手スーパーマーケットが どこかしこに建ち始めると、この市場も
 いつ消えてなくなるかと心配になった。
 見ることが出来るうちに見ておこうという気になったのである。

 MBKセンターの前のバスの停留所から47番のバスに乗れば、クロントーイ市場のすぐ
 横にバスは留まる。
 この47番のバス、反対方向のバスに乗れば 中華街に行くにも便利だし、運賃も
 7バーツと安い。

 クロントーイ市場でバスを降りると、すぐそこから、市場が始まる。
 手前の市場は、惣菜と食べ物屋が主に売られており、食欲をそそるような食べ物が
 たくさんある。
 牛肉の煮込み麺は 美味しそうだったが、昼ごはんを食べたばかりだったので 
 我慢することにした。
 その先には無数の惣菜を並べた惣菜屋がある。
 ここでぶっ掛けご飯にして食べてもいいし、袋に惣菜を詰めてもらい、持ち帰りも出来る。
 この手前の市場の道を挟んだ向こうには、食材を扱うもう一つの市場がある。
 そこへ行くためには、横断歩道橋を渡る必要がある。
 野菜、果物、肉、魚、香辛料と何でも揃っている。

 とにかく安い。大手のスーパーマーケットが如何に暴利をむさぼっているかがわかる。
 冷房、施設、人件費などを考えれば、スーパーマーケットが 安い道理はないのである。
 私の住んでいる近くにも、東急デパートのスーパー、ロータス、トップスと三つの
 スーパーがあるが、食材に関して言えば、クロントーイ市場の方がはるかに安い。
 品物の安い古い市場をつぶして、値段の高いスーパーマーケットを作ることが、
 庶民の生活には 全く役に立っていない。
 スーパーマーケット、セブンイレブンと、便利は便利だが、こう物価が上がると
 頼りになるのは、クロントーイ市場のような庶民の市場であることがよくわかる。

 クロントーイ市場のすぐ近くには、バンコク最大のクロントーイ・スラムがある。
 23年前、この市場のすぐ近くのスラムの入り口、チュムチョム・パタナマーイに
 何度か行ったことがある。
 懐かしくなり、そこまで足を伸ばしてみることにした。
 周りの景色と照らせ合わせながら、その場所まで行ってみると、スラムはあることは
 あったが、すっかり様変わりをしており、私の記憶の中にあるものとは程遠い姿だった。
 確かにスラムの入り口には、看板に チュムチョム・パタナマーイと書かれてある。

 当時の記憶を呼び起こしてみると、4番のバスに乗り、バス停で下りると、道を渡ったところに、
 工場跡地のような空き地があり、その空き地を越えて、右に曲がるとスラムの細い路地に
 入っていく入り口があった。路地の片側は、高い塀になっており、
 バラック立ての家々が並んでいたのは、路地の片側だけだった。
 23年の歳月は、すべてを変えてしまうのだ。

 このスラムの住民に話を聞いてみると、今から11年前の大火事でこのあたりは
 すっかり焼け、多くの死人が出たという話である。
 その後、再び、スラムが再建され、今の姿になり、以前よりは、小奇麗になったようだ。

 私の思い出の場所がすっかり姿を消し、別のものに変わってしまったことに、寂しさも覚える。
 人生なんてこんなものさ と言ってみたくなる。
 失われてしまったものへの郷愁を胸に、市場を出て、横断歩道橋の上に立つと、
 目の前に、高層マンションの巨大ビル群が建ち並んでいた。
 かたやバンコク最大のクロントーイ・スラムがここにあり、向こうには高級マンション、
 やはり、ここでも、人生なんてこんなものさ と 捨て台詞を吐いてみた。


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