バンコクを歩く

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 バンコクにベトナム人の多く住む居住区があると知り、行ってみることにした。
 アジアホテル近くのバスの停留所の前で サムセン道路方面に向かう16番の循環バスに
 乗り込む。
 セント・ザビエル教会に近い停留所で下ろしてくれるように車掌に頼む。
 車掌に言われてバスを降りると、そこはセント・ザビエル教会付属の大学の前だった。
 大学の門の警備員に教会のある場所を聞くと、
 「この大学の後ろにあり、大学の横の道をいけばよい」と英語で言われる。
 顔つきと、英語のイントネーションからインド人ではと思い、
 インド人かと訊くと そうだと言う。
 言葉をヒンディ語に換えて、話しかけるとびっくりしている。
 突然彼の態度が友好的になる。まるで別人のようである。
 インドのウッラルプラデェッシュのゴラクプールからやってきていると言い、
 インドで高校を卒業すると タイ国籍を持っていた叔父を頼ってバンコクにやって来て、
  そのつてでワーキング・ビザを取得し、今の仕事には2年前に就いたと言う。
 その叔父ももう亡くなってしまったらしい。
 そんな話を交わしたあとは、同郷人にでもあったように親切になるのは、
 インド人の素朴な性格だ。
 下積みの生活をしているインド人ほど、そうした傾向がある。
 タイ人のようにタイ語を話すと、
 すぐに連れ合いはタイ人かと訊いて来ないところがいい。

 彼に言われたとおり、大学の横の道を歩いていくと 
 ミッション系の幼稚園、小学校が並んで建っている。
 幼稚園の中に昔の様式の美しい建物があったので、写真を撮らせてもらう。

 そのままどんどん進んで行くと、教会が見えてきた。
 一緒に付属の小・中学校が付属している。

 教会の名前は、セント・フランシス・ザビエル教会である。
 現在、改装中で中を見ることは出来なかった。
 この教会を中心にしてベトナム人が住んでいる。
 あたりをぐるぐる歩き回っていると、もう一つ教会がある。
 Immaculate Conception 教会(無原罪の聖母教会)という名前の教会である。
 どちらともカソリックの教会だ。
 こんな狭い地域に二つもカソリックの教会があるとは不思議なことである。

 この二つの教会について説明すると、
 現在 セント・フランシスコ・ザビエル教会の信者はベトナム人の末裔たちであり、
 Immaculate Conception 教会の信者はカンボジア人とポルトガル人の末裔たちだ。
 二つの教会と中心として、ベトナム系タイ人、ポルトガル系タイ人、
 カンボジア系タイ人と 住む場所が分かれているのは興味深いことである。
 これにはアユタヤ王朝時代からのタイの歴史に関わりがある。
 タイ、カンボジア、ベトナムの侵略の歴史を象徴しているのである。

 ベトナム人だけの居住区だと思ってきたが、カンボジア系タイ人、
 ポルトガル系タイ人が同じカソリック信者として住んでいることには 
 いささか驚いてしまった。


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 バンラムプーからサファン・プットにつながる運河の半分を歩いてみることにした。
 半分の運河はオン・アン運河と呼ばれているようだ。
 中華街のこの運河沿いのサンペンあたりから歩き始めた。
 中国正月にかかわらず、サンペンの雑貨市場はいつもどおりの凄い人ごみだ。
 このサンペンの市場の中にある路地に入り込んでいくと
 中国人たちの居住区に入っていく。
 建物を見ても百年は経っていると思われる建物である。
 百年前に中国から仕事を求め、住みついた人たちの家々だろう。

 今タイには七百万人近い華人がいるといわれている。
 19世紀以降、労働者として大量の中国人がやってきた。
 アモイと並んで海外への移住への送り出し港であったスワトウ港の統計によれば
 1882年から1928年の間にスワトウ港からバンコクに出稼ぎに出た中国人は
 160万人、バンコクから帰国した中国人は93万人、67万人の中国人が
 タイに留まったことになる。この67万人の中国人のうち80%が潮州人だった。

 バンコクに住みついた中国人すべてが成功し、富を手に入れたわけではない。
 肉体労働者としてバンコクにやってきたものも多いのだ。
 中国人すべてが商売上手のはずもない。
 そんなことを思わせる中華街の一角である。
 今は中国正月、皆何とはなしにのんびりとした様子である。
 運河に架かる橋の上で中国将棋を楽しんでいる人たちもいる。
 そんな路地裏の光景は、田舎生まれの私にとって懐かしさを感じさせるものでもある。
 皆が貧しかった時代の日本に重なるところがあるからだ。

 オン・アン運河はパフラットのインド人街と中華街を分けるように流れている。
 流れているといっても流れる水の量は僅かで、運河の底が見えるくらいだ。
 ドブ川といってもいいくらいだ。
 運河がこんな姿になっても、他に行き場所がなければ、ここに住むより方法はない。
 年寄りたちにとっては、思い出のしみこんだ場所だ。
 しかし、ここが快適な場所だとは言えなくなっている。
 成功したものだけが、より快適な場所へと移動していける。
 人の運命や運とは過酷なものだ。
 いくら努力しても上へ這い上がっていくことの出来ない人生もある。

 どんどん歩き続けていくと公園の手前に出て、運河が突然消える。
 橋につながる道路が出来たために、地面の下にもぐってしまったのだ。
 そこにいたタイ人に訊くと、水門のありかを指差してくれる。
 行きかう自動車を避けながら、水門にたどりつくと、
 そこでは何人かの釣り人が糸をたれ、釣りを楽しんでいる。
 この頃は、釣りをするバンコクの人たちをどこでもよく見かける。
 釣竿もなかなか立派なものだ。あまり、収穫はないようだ。
 運河にはほとんど水がないのに、この水門の内も外もたっぷり水が来ているのは
 おかしい。
 運河が道路の下になった部分は、埋められてしまったのだろうか。
 運河沿いに住む人はこのまま、あのドブ川になった運河と付き合っていかなくては
 ならないのだろうか。
 全く困ったものである。

 庶民の生活はいつまで経っても向上してゆかない。
 政府は運河にゴミを捨てるな、きれいにしろといい続けているが、
 こんな状況の中では、庶民の努力にも限界がある。
 下水道を充分に完備もしないでどう運河をきれいに出来るというのだろう。
 庶民の生活には関心のないこの国の政府の姿勢がここにも見えてくる。


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 バンラムプー運河沿いを歩き続けているうちに運河の水門に着いた。
 なんだ ここだったのかという場所に水門はあった。
 ここには一度来たことがある。
 カオサン近くにイスラム教徒が住んでいるという話を聞いて、
 このあたりを散策したことがあるのだ。
 何でこんなところに公園があるのだろうと不思議に思ったのだ。
 この公園のある場所は、チャオプラヤ川の川岸だった。
 それで人々はこの場所に来て、チャオプラヤ川から吹いてくる爽やかな涼風を
 楽しみ、川を行きかう船、対岸の景色を眺めていたのだ。
 そしてここにもかつての要塞である円形の建物があった。
 チャオプラヤ川からバンラムプー運河に入ってくる敵を迎え撃つために
 造られた要塞の一つだ。大砲も備え付けられている。

 二百年前にはバンコクもそんな危機の中にあったことなどには関心を示さない
 タイの若者たちが、ここでロックコンサートを開き、がなり声を上げている。
 モデルたちが、ファッションショーのための歩き方の練習をしている。
 皆それぞれに自分たちのパフォーマンスを楽しんでいる。

 この何十メートルか先に汚染され、悪臭を放つ運河があることなど、
 全く興味はないようだ。
 彼らは、ここに住んでいる若者たちではない。
 ただこの場所に遊びにやって来て、目立つパフォーマンスを主張しているだけだ。

 彼らのすぐ近くにはチャオプラヤ川とバンラムプー運河を分かつ水門がある。
 チャオプラヤ川の水は澄み、水門の向こうのバンラムプー運河の水は薄汚れている。
 人の目に留まるチャオプラヤ川は澄んだ流れを見せ、
 人の目に留まらない多くの人々が住む運河の水は汚いままに捨て置かれている。
 そこには昔から庶民・平民をないがしろにしてきたタイの上層階級の姿勢が
 見え隠れしている。
 それはアユタヤ王朝時代からの支配階級の姿勢なのである。
 経済発展の中で、国がいくら富んでいっても、
 その富は貧しい者たちへは還元されていかない。
 貧富の差はますます拡がっている。富めるものはそれが当然のことを思っている。
 貧しいものはあくまで貧しく、金持ちはいつまでも金持ちであるというのは
 タイでは普遍の原則なのだ。

 そんな人間の愚かさをあざ笑いながら、チャオプラヤ川は悠々と流れてゆく。


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 バンラムプーは インド人街のパフラット市場の先にあるサファン・プットあたりを
 起点にするバンラムプー運河とセンセーブ(マハナーク)運河の起点が一緒になったところだ。
 サファン・プットから、インド人街、中華街を通って、運河はバンラムプーへと至る。 
 このバンラムプー運河はラーマ1世の時代にビルマからの侵略に備えて造られた
 王宮を護る外堀だ。その名残として、このバランプーには大砲を備えた要塞がある。

 このバンランプー運河の中間点のバンラムプーから バンラムプー運河にそって、
 チャオプラヤ川の水門のある場所まで歩いてみる。
 バンラムプー運河の右側には広い道がある。運河の外側に当たる。
 左側は建物がせり出しており、歩いていくには難しい。
 ここからのバンラムプー運河の中には、多くの木の杭が打ち込まれている。
 10年以上前に工事をするつもりで打ち込まれた杭が、
 予算不足から工事が中止になり、そのまま打ち捨てられたようだ。
 この運河の水はすっかり汚染され、その悪臭もひどいものだ。
 悪臭だけでなく、蚊の発生場所にもなっているようだ。
 それでも運河沿いの道はここに住む人々の憩いの場所であることには変わりない。
 運河の辺は お腹が空けば、集落の中からやって来、
 おしゃべりがしたければ、一緒にお茶でも飲む場所だ。
 人々の生活の舞台であることには変わりない。

 王宮を囲む運河の内側には、官庁、商店などが建てられ、運河の外側に一般庶民の
 住居が建てられたようだ。
 ラーマ1世の時代から 時の権力が護るべきものは運河の内側に、
 そうでないものは運河の外側に住まわされたのだろう。
 今はお金のあるものは、運河の悪臭を嫌って 他の場所へと移り、
 運河沿いの家々は 出稼ぎの人々に貸し出されている。
 そういう人たちは運河の汚れなど気にしない。安く住むことができればそれでいいのだ。
 今では、バンラムプー運河に昔から住んでいる人たちも少数派になっている。
 誰も声を大にして、政府に訴えかけるものはいない。
 ここに住む出稼ぎの人たちは 選挙の際の票にもなりはしない。

 歩くにしたがって、運河の水嵩はどんどん下がり、臭いはひどくなり、
 水の色は、灰色に変わっていく。
 これから工事でも始まるのか、シャベル船のようなものも運河に浮かんでいる。
 貧しい人たちは政府には何も期待しない。要求もしない。
 諦めがあるだけだ。ただひたすら耐えている。
 10年、20年をこんな状態の中に置かれれば、希望も期待も失せてしまう。

 乾季も4ヶ月近くなると、どこの運河の水も薄汚れてきている。
 水上バスの走るセンセーブ運河も例外ではない。
 このバンラムプー運河沿いを歩きながら、本当にどうにかならないのかと思う。
 チャオプラヤ川からどんどん水を入れ、それを浄化して再びチャオプラヤ川へと
 流すシステムは出来ないのだろうか。それほど困難なことなのだろうか。


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 東急MBKセンターからアヌサオリ・チャイ(戦勝記念塔)に向かうパヤタイ道路の
 途中にあるセンセーブ運河の船乗り場サファン・フアチャンから水上バスに乗って
 卸売り衣料センターのあるボーベーまで行った。
 5バーツから8バーツ、そして10バーツ 船賃は又 値上がりをしている。
 乾季もこの時期になると、運河の水も随分汚くなっている。

 ボーベーの町はセンセーブ運河とバンラックを起点とした
 パドゥン・クルンカセーム運河か交差する場所である。
 ここから歩き始め、センセーブ運河の起点バンラムプーまで 
 そしてセンセーブ運河とバンラムプー運河の交差する地点から、
 バンラムプー運河のチャオプラヤ川の水門まで歩いてみることにした。

 ボーベーの町の名は インドのボンベイに由来しているという。
 一時期インドのボンベイも外国に輸出する衣料の集まるマーケットだった。
 このボーベーの運河の岸辺にあるマハナークモスクを訪れたときに
 一人のイスラム教徒からその話を聞いた。
 このボーベー周辺にはラーマ1世の時代に南タイのパッタニーから人質として、
 戦争捕虜奴隷として連れてこられたイスラム教徒が多く住んでおり、
 そのセンターの役割を果たしている  マハナークモスクがある。
 センセーブ運河の着工にも彼らは従事させられている。

 バンラックからのパドゥン・クルンカセーム運河の通過点であるボーベーの町には、
 運河沿いにバンコクで最大の果物市場のマハナーク市場がある。
 路上の果物売りたちも早朝にここで売り物の果物を仕入れている。
 運河が使われていた頃はチャオプラヤ川から日夜果物を乗せた船が行き交いしただろう。
 今では船の変わりにトラックが使われている。
 この運河はフアランポン駅にもつながっているから 
 地方からの農産物も この駅から運搬船でマハナーク市場に運ばれていっただろう。

 ボーベーに建てられている衣料卸売りセンターの大きなビルの横を抜け、
 運河の方に向かって左に曲がると、小さな路地があり、その路地に入っていくと
 センセーブ運河沿いに作られている1メートルばかりの幅の歩道がある。
 運河の対岸には、運河沿いに暮らす人々の生活がある。
 運河沿いの家々の後ろにはチュムチョムといわれる密集集落がある。
 少し生気を取り戻したセンセーブ運河の辺は、人々の憩いの場であり、
 暗い家の密集した場所からの息抜きの場所であり、涼みの場所でもある。
 運河沿いに人々は椅子を持ち出し、おしゃべりをし、日曜日には酒も飲む。
 水上バスの行きかうセンセーブ運河は、本流のチャオプラヤ川から
 時々水を引き入れ、水の入れ換えをしているようだ。
 生きている運河には、生き生きした人々の生活がある。

 昔は運河沿いには、商人や金持ちが住んでいたが、運河が悪臭を放ち始めると
 お金のある人間は、別の場所へと移住し、貧乏人だけが運河沿いに残ることになった。
 運河沿いにスラムも形成させていくようになるのだ。
 そして運河とスラムに住む人々はますます見捨てられるという悪循環に陥ってしまう。
 そして地方からの出稼ぎによるバンコクの人口増加は
 ますます運河を死へと追いやっていく。

 運河から、吹き抜けてくる風に涼を得ながら、のんびり歩いているうちに
 センセーブ運河の起点であるバンラムプーに辿り着いた。


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