バンコク ある風景

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 子供たちがいて、働く大人たちがいて、余生をのんびり過ごす老人たちがいる。
 路地裏には 当たり前の人間の生活がある。
 子供たちのための駄菓子屋、腹が空いたときに 仕事の合間に食べるクイティアオ
 (麺類)の店もあれば、惣菜の店もある。
 毎日 回ってくるヤクルトのおばさんもいる。
 すべてが無理なく自然に流れている世界だ。

 休みになれば 開けっ放しの表の部屋で 家族揃ってテレビを見る。
 子供たちは 群がって 遊びに興じている。
 一人一人が孤立することなく、どこかで結びつきを持っている。

 この路地裏の世界は かつて 日本にもあった生き生きとした世界である。
 何十年前かに彼らの祖父母が この地に住みつき、子供を産み、孫が生まれる。
 家族の歴史が 途切れることなく続いて行くことが 人間が安定し、豊かに生活して
 いくための条件であるような気がしてくる。
 祖父母、両親、そして子供たち、この3世代の人間が共に生活していく。
 こうした生活が成り立つ条件は 決して 金銭的な問題だけではないのではと思う。
 こうした路地裏に住む人たちの生活レベルや住居が 日本より恵まれているとは
 思えない。
 それでも3世代揃って生活することが当たり前になっている。
 生活文化の伝承、積み重ねてきた家族の知恵を伝達していくことの大切を知っている
 からだ。

 日本は どこかが狂ってしまっているのである。
 子供が大きくなるまでは 共に住む2世代、大きくなれば 老夫婦だけの生活、
 こんな生活の形の中で 本当に安定した幸福を得ることが出来るのだろうか。
 継続しない家族制度の中では 人間が安心して生きていくための地域共同体も
 生まれてはこない。
 皆 ばらばらなのである。
 子供の自由に任せると言いながら、皆不幸になっていることに気がつかない。
 
 バンコクでも 出稼ぎの人たちの生活は だんだん日本に近づいてきている。
 しかし、この辺りの路地裏に住む人たちは 古くから住み着いている人たちであり、
 昔ながらのタイの家族制度や地域共同体を維持している人たちである。
 それが 路地裏の生活に落ち着きを与え、安心して住むことが出来る場所にしている。

 市場を中心にした細い路地裏によって形作られたこの下町の魅力は 気楽で気さくな
 雰囲気であり、人々が 無理をせず、背伸びもせず 自然に生活していることだ。
 きっと探せば、こんな下町が バンコクにはもっとあるだろう。
 今ではバンコクの中心的な消費センター サイアムスクエアから歩いて15分の
 ところに 昔ながらの姿を保っている下町があるというのは 貴重なことである。
 中国人、仏教徒のタイ人、イスラム教徒のチャム族の人たちが 争うこともなく
 共存しているこの場所は タイの良さを残している場所なのかもしれない。

 戦後 田舎も都市も 伝統的な家族制度を壊し続け、地域共同体を壊し続けてきた
 日本、物の豊かさばかりを追求し続け、気がついてみたら、その豊かさも失っていた。
 核家族化は 共稼ぎを生み出し、家族の絆は失われ、子育ては年々 難しくなり、
 介護を必要とする老人医療は膨らむばかり、子供たちや老人たちの悲しみは増えるばかりで
 どこを探しても 安定した幸福を見出すことは出来なくなっている。
 家族、地域、そして衣食住という人間らしく生きていくための基本は失われ、
 休日になれば 旅行だ、レジャー、グルメと相変わらず浮かれ騒いで、自分の足元を
 見ようとしない。
 自分の国がどうなっているのか 関心もなく、失業でもしてしまえば、全くのアウト、
 頼るところもなければ、支えてくれる人もいない。
 自殺か、犯罪、路上生活しか残っていないというのでは あまりに寂しすぎる。
 消費だけに頼りすぎてきた社会の成れの果てである。

 そんな日本の姿を見ていると この路地裏の生活は 貧しいけれど 
 ユートピアのように思えてくる。
 皆 浮かれ騒いでいないで、自分の足下をしっかり見ながら生活している安定感がある。
 人と人とのつながりにも余裕がある。
 人が生活しているということは どういうことかを ここにやってくるたびに
 考えさせられる路地裏の世界である。



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 タイにやって来て、工場を造る、あるいは飲食店などを開業する日本の人たちが
 タイ人は怠け者だという話をよく耳にすることがある。
 先日、私の住んでいるマンションのセンセーブ運河の向こうにある下町の市場の
 ある通りに行ってみた。
 市場周辺には たくさんの細い路地があり、棟割長屋のような長い建物が 
 路地をはさんで両側に建っている。
 棟割長屋の1階の多くは 家内工場のような作業場になっている。
 どんな仕事の作業場かといえば、洋服の縫製、貴金属の加工、洗濯屋、オートバイの
 修理屋、機械部品の修理屋、食べ物屋などで そんな作業場が どの路地に行っても
 たくさんある。

 バンコクの暑い亜熱帯の気候の中で 人々は 冷房もなしに 朝から晩まで 
 働いている。
 暑いということには 慣れているにしても 作業場の中の気温は 30度を
 越えているだろう。
 これだけでも 過酷な作業であることがわかる。
 こういう状況の中では 作業場の主人も 日本人並のルール尽くめの押し付けは
 出来ない。
 主人の都合ばかり 言っていれば、居心地が悪くなり、雇用人たちも逃げ出して
 しまうのも当然である。
 そんなタイ人の姿を見て、日本人の工場主や上司たちは タイ人は怠け者だと
 言うこともあるようだ。
 亜熱帯という気候の中で 日本人並みに性格で勤勉な仕事を要求することに無理が
 あることに気がついていないのである。
 働くタイ人たちの10倍、15倍近い給料を手にする日本人とタイ人の従業員との
 意識の差があるのが当たり前だ。
 タイは人件費が安いという理由で工場なり、作業場をバンコクに移転し、安い給料で
 亜熱帯の暑い気候の中で 日本人並の仕事を要求すること事態が 所詮 無理なことだ。

 ましてや タイ人経営の工場や作業場では 文句をいうことはあっても 従業員に
 対して厳しいルールを押し付けることはない。
 どちらかといえば なあなあの関係といってよいかもしれない。
 そうしなければ 安い給料で気持ちよく働くことが出来ないのを知っているからだ。
 日本人の工場や飲食店の従業員の給料が タイ人の工場や飲食店の従業員の給料の
 2倍3倍以上であれば、タイ人の従業員も少しは我慢することもあるかもしれないが、
 人件費が安いからと思ってやってきている日本人経営者は そこまで給料を出すことも
 しないで、タイ人従業員が 日本人並みに仕事をしないことに嘆くのである。

 路地裏の小さな作業場で働く人を見ても、路上で屋台を開いて商いに精を出している
 人たちを見ても タイ人が怠け者であるとは感じられない。
 暑い亜熱帯の気候の中で 汗水たらして働かなくてはならないのは大変だなと
 思うだけである。
 日本にいる日本人並の仕事をすれば、身体だって壊してしまうに違いない。
 日本から安い賃金を当て込んできている日本人経営者を見ると タイ人の貧しさに
 付け込み、金儲けを企んでいるとしか思えない。
 タイ人は 働かない(日本人並みに)といつも愚痴を言っている日本人経営者ほど、
 身勝手な人間が多い。

 タイ人にとっては 生活を楽しむことが第一で 仕事は二の次のようである。
 生活の楽しみを犠牲にしてまで、仕事のために尽くすということはないだろう。
 そこがわからないと 日本人のところから タイ人たちは逃げ出してゆく。
 無理なく気持ちよく働けることが1番なのである。

 少なくとも 汗水たらして働くタイ人であるだけで 生活に対して誠実なのである。
 色が白くて スタイルが良くて、美人であれば、簡単に水商売で身を立てることも 
 簡単に出来るバンコクの社会である。
 ハンサムであれば すぐさま そんな女たちのひものようになって生活することも
 出来る。

 金持ちの息子や娘であれば、大学まで通い、冷房付のオフィスで働くなり、親の
 事業を継げばいい。

 路地裏の作業場で働く人たちを見ていると お金は汗水たらして稼ぎものという
 誠実な姿を感じてしまう。
 そうした人々に光をあて、未来に希望や夢を与えるのが 日本からやって来た
 日本人起業家であればいいが、大半の日本人は タイは賃金が安い、日本人並みに
 働かせようというのでは まさに吸血鬼である。
 日本の理屈を通そうとすれば、タイ人たちは逃げ出して行く。




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 近頃 バンコクの都心部では とんと子供たちの姿を見かけることが少なくなった。
 バンコクの表通りで 見かける子供たちといえば、朝夕登下校する子供たちの姿で、
 子供たちが 元気よく遊びまわっている様子を見ようと思えば、そんな場所を探して
 回る必要がある。

 私が時々 夕食用の惣菜を求めに行く市場の周辺には たくさんの路地裏がある。
 狭い4,5メートルの通路を挟んで並んでいる昔からのバンコク特有の棟割長屋で 
 一階が作業場や店になっている。
 そんな形の路地が 百メートル以上に渡って続いている。
 大半は賃貸しのようだ。
 日本の昔の下町のような場所で 一階の作業場は 洋服の仕立て、雑貨や、床屋、
 美容院、洗濯屋、銀製品を作る作業場などで朝から夕方遅くまで 人々は働いている。

 夕方近く路地裏に入り込んでみると 学校から帰ってきた子供たちが 狭い路地で
 遊んでいる。
 懐かしい昔の日本の下町の風景である。
 バンコクの都心では 夕方のこんな路地裏にやってこなくては 子供たちの姿を
 見ることはなくなった。
 昼間はひっそりしている路地裏も 夕方近くになると 子供たちの遊ぶ姿、夕食の
 買い物のために行き交う人の姿も目立ち始め、路地裏の世界も活気を帯びてくる。

 1日の仕事を終えた作業場の片隅では おかずを囲んで夕餉を取っている家族もいれば、
 腹を空かせた子供たちが 軒先で食事をしていたりする。
 開けっ広げなバンコクの下町では 外から長屋の中の様子が すっかり見えてしまう。
 隠し事など 何もなく 皆が和気藹々と生活している。
 こんな場所では 金持ちの姿などなく、その日その日を精一杯生活する人が集まり、
 無理することなく、毎日の生活を当たり前に過ごしているだけだ。

 テレビも冷蔵庫も あるものをしっかり使い、壊れれば、近所の修理屋に持ち込み、
 修理をして、最後まで使い切るのが当然の生活だ。
 使えるものを捨てて 流行の新製品など買うなど 生活を貧しくして行くだけである
 ことがわかっているのである。

 本当の意味で衣食住を大切にし、家族を大切にする世界が この下町にはまだ残って
 いる。
 無駄なものにお金を使い、貧しさを助長し、人間関係をおろそかにする日本の
 大都会とは異質な世界だ。
 無理をしないというのが 下町での生活の基本である。
 食べることだって すぐ近くの市場で安い食材を買ってきて、調理して皆で
 床に座り込んで一緒に食べる。
 特別な料理などいらないのである。
 グルメグルメと騒ぐおかしな世界は 下町の路地裏の世界にはない。
 お金がなければないで どうにか工夫してやり繰りをしていく逞しさも備わっている。
 今日の生活が 明日へと続いていくことが出来れば それでいいのかもしれない。

 まだ残っている近所の人間同士の触れ合いの中で 1日が充分に楽しめるのである。
 つまらない広告やテレビの広告などに 眼を向ける必要もない。
 子供たちがいて、家族があって、互いに支えあう共同体が残っていれば、どうにか
 楽しく生活していけるものだ。
 幸福とは 空気のようなもので あふれるものに囲まれていても得ることは出来ない。
 人と人とのつながりを失ってしまえば、お金や物にしか目が向かない 餓鬼道の世界が
 始まるだけである。
 心の貧しさに気がつくことがなければ、地獄はいつまで経っても終わらない。


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 フアランポン駅構内のチケット予約オフィスで ノンカイ行きのチケットを手に入れ、
 駅の外に出てみると、フアランポン駅のすぐ横を流れるクルンカセーム運河の向こうに
 スリクルンホテルが見える。
 このホテルにも 昔は何度となく泊まった想い出のホテルである。
 その頃から随分時が流れてしまった。

 バンコクの暑い陽射しの中を 昔と同じように フアランポン駅からジュライホテルに
 向かって歩いてみることにした。
 クルンカセーム運河に架かる橋の上に立ち止ると、緑色の運河の水の向こうに
 スリクルンホテルが見える。
 23年前にカトマンズからバンコクにやって来たときには 大してお金もなく、
 泊まることができるホテルといえば ジュライホテルぐらいだった。
 運河の水の色も当時は真っ黒に濁った水の色で 悪臭を放っていた。

 この橋を越えると 道が三つに分かれており、三つの道のうち真ん中の道が 
 ジュライホテルへと向かう道だった。
 その道の右側を歩くと、西洋風の白い建物がある。
 その建物の1階が マッサージパーラーで 大きなガラス張りの窓の向こうには
 ひな壇があり、上に 胸に番号をつけた女性たちが座り込んでいた。
 マッサージパーラーと名づけていたが そこは 女たちが春を売る場所だった。

 その建物の横には 細い路地があり、路地の入り口では 昔と同じように今でも
 雑誌を売る露店があり、健在だった。
 雑誌を売る露店の向こうには カーオ・マンカイ(鶏飯)の屋台があり、この店も
 昔からあったような気がする。
 昔の気分に浸るため、カーオ・マンカイの店の前のテーブルに座り込み、
 カーオ・マンカイを注文する。
 バンコクならどこでもお目にかかる料理 カーオ・マンカイだ。
 「30バーツのカーオ・マンカイか」と訊くので 「そうだ」と応える。
 うらびれた路地にふさわしいカーオ・マンカイの味は 美味しいといえるほどの
 ものではなかった。
 吹き出した汗を拭き、お金を払い、再び歩き出した。

 今度は道の左側を歩く。
 道の向こうには カラッカダ・イーシップソン・ロータリーが見える。
 ロータリーにまで行かず、ジュライホテルのちょうど裏の路地に入っていく。
 ジュライホテルが閉鎖されたせいか、昔のような賑わいはない。
 私が 朝 いつもブラックコーヒーを飲んでいた御茶屋も閉じてしまっている。
 ジュライホテルの裏口とつながっていた御茶屋だった。
 中国人たちと混じって コーヒーを飲みながらのぼんやりとした朝のひとときだった。

 ジュライホテルの道の向こうには 台北ホテルがあり、台北ホテルの横の路地の
 入り口には 毎朝 店を出す、チョーク(中国粥)の露店があり、「チョーク・サイ・
 カイ」(卵入りお粥)と注文しては よく食べたものである。
 今でも朝行けば、食べることが出来るのだろうか。
 豚肉の団子に豚の臓物の入った美味しいチョークで、さすがチャイナタウンと思わせる
 味だった。

 それにしても 20年はあっという間に過ぎ去ってしまった。
 そんな気持ちを抱えながら、バス停に向かって歩いていくと、年齢が 40,50に
 近づいている立ちんぼうの娼婦たちが 昼間から立ち並んでいる。
 商売として成り立つから、通りで立ちんぼうをしているのだろう。
 20年前の自分、20年前の彼女たち、今の自分、今の彼女たち
 眼を合わせるわけにもいかず、無視を決め込んで バス停に向かって歩いた。



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 夕方、マンションの屋上に上り、夕日を見ることにした。
 今日は 朝から陽が射しており、暑い一日だった。
 天気も 比較的良かったので バンコクの西の果てに沈む夕日が はっきりと
 見えるかと思ったら、雨期特有の雲の合間に姿を見せているだけだった。

 24階建てのマンションの屋上から うす紅色に染まっていく西の空を眺める。
 マンションの屋上を吹き抜ける風が 心地よい。
 大して広い屋上ではないが、ぐるりと一周してみる。
 バンコクの西と北方面には 高い高層ビルディングは少なく、
 東と南方面に高層ビルディンが集中している。
 スクムビット方面とシーロム道路周辺のチャオプラヤ川近辺である。

 スクムビット方面の建設ラッシュは目覚しいものがある。
 その象徴が バンコクで一番高いバイヨク2だ。
 タイ発展のシンボルともなっている。

 たくさんの高層ビルディングが 竹の子のように建ち並んでいるが 
 これらのビルディングを利用したタイ人は タイ全人口の何パーセントなのだろう。
 これらのビルディングだけ見ていても タイの富がバンコクに集中していることがわかる。
 それもシーロム周辺とスクムビット周辺にだけである。
 タイの一般庶民の安価な労働から吸い上げた利益が 高層ビルディングに姿を
 変えているに違いない。
 日本だって同じだが、日本の場合は 労働者の稼ぎ出した利益を海外に持ち出し、
 企業は事業の拡大をしている。
 日本という国は富まず、企業だけが資産を増やしているというおかしな現象がある。
 企業という化け物が 吸血鬼のように労働者の地と汗で生み出したものを
 奪い取っているのだ。

 バンコクの高層ビルディングを見ながら、本当にこんなものが人々の役に
 立っているのか そんな思いにも駆られる。
 現代のピラミッド、ヨーロッパの王宮のようなものだ。
 成功した企業のシンボルのようなものだ。力の象徴なのだ。

 国王の建てた王宮や宗教施設は 国王の顔が見えていて、生活がのっぴきならなく
 なれば、民衆の手で国王を処刑することも出来たが、企業という王宮の中では 
 国王に位置するものの顔を眺めることは出来ない。
 本当の権力者は表に出てこないからだ。
 なんとややこしい世の中になったものだろう。
 世界がここまで複雑になると 一般庶民も 知恵の働かせようもない。

 そんなことを思っているうちに あたりはだんだんと 闇に包まれ始め、
 建ち並ぶビルディング群に明かりが灯り始めてきた。
 20年前には想像もしていなかったようなバンコクの夜景である。
 一見 豪華に見えながら、人間的な温かみのないただの器でしかない
 巨大ビルディングである。

 人間から人間性や人間の生き生きと共生する力を奪い取ることによって、
 成立した現代の無味乾燥とした大企業の王宮群だ。
 こんなものが 進歩・発展だと騙され続けてきたのだ。
 こんなものは 人間の幸福のためには 何一つ役に立っていないを
 知らなくてはならない。


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