バンコク ある風景

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 朝昼兼の昼飯時には ソイ カセムサン2の通りに並ぶ屋台へ行く。
 東北タイのタイ・カンボジア国境近くにあるブリラムという小さな町からやってきて
 いる麺類を売っている行きつけの屋台で バーミー・ヘーン(汁なしラーメン)を
 飽きもせず、いつも通りに注文する。
 時間が 昼の12時近くとなれば、この通り周辺で働いている人たちで 
 屋台は一杯になる。
 出来るだけその時間を避けて、その後先に行くことにしているが、
 今日はその混雑時にきてしまった。
 すぐそばに 日産や本田の営業所があるので、昼飯時には その会社の社員で
 一杯になる。
 大半の人たちは 月給1万バーツ(約3万円)前後程度で やりくりしている人たちで
 ある。
 昼飯1食分の費用は 大体30バーツぐらいのようだ。
 大盛りの麺類が30バーツ、2種類の惣菜をのせたぶっ掛けご飯も30バーツ、
 その先にある東北タイ料理の屋台でも 何人かでおかずを注文し、一人当たり
 30バーツというのが標準である。
 世界金融不況の影響を受けているせいか、そのことが気になり、みんな贅沢は避けて
 いるようだ。
 景気のいいときは 4,50バーツを昼飯代にかけていた人も見かけていたが、
 みんな 我慢して、30バーツぐらいに抑えている。
 決して 腹いっぱいになる量ではない。

 どこに行っても 品物は値上がり、肉も魚も卵も野菜も 2割ぐらいは高くなっている。
 それでも 低所得者層を相手にする屋台では 値上げも儘ならない。
 お互いに生活の苦しさを知っているからだ。

 以前だったら、夕方からの商いの酒と料理を出す店も 
 この不況で客足が少なくなっているようだ。
 ウィスキーもビールも値上げ、タバコも大幅な値上げ、庶民のささやかな楽しみも
 縮小気味である。
 それでも2割の金持ちたちの行くような店は 相変わらずの盛況のようだ。
 この世の春を謳っていた月収2,3万バーツ前後の収入があった層には、
 かげりが見えてきている。

 近くのMBKセンターの中の東急デパートや催し場を覗くと、
 在庫一掃処分のためかバーゲンセールが目立つ。
 私もそろそろ限界に近づいてきたサンダルなどを バーゲンを利用して買い換えた。
 大バーゲンセールをしているようだが、見るタイ人はいても 買うタイ人は少ない。
 買っているのは インドやアラブの国の旅行者ばかりである。

 先日、久しぶりにセンセーブ運河の向こう側にある市場の近くの牛肉面の店で、
 牛肉麺を食べた。
 いつのまにか特別製の牛肉ラーメンが 35バーツから40バーツになっていた。
 屋台の麺はまだ値上げをしていないが、店の麺類は値上げをしている。
 屋台も 普通の麺が30バーツになる日も近いようだ。
 20年前は 麺類は10バーツ、当時の両替レートで計算すれば、約50円、
 30バーツになれば ラーメン一杯が百円近くなる。
 タイ人も大変だが、収入の少ない私にとっても 人ごとではない。
 一人暮らしだからいいようなもの、家族で暮らしているタイ人であれば、
 もっと大変だろう。

 何もかもが値上がりし、その上 失業者も増えているということになれば、
 バンコクの治安にも影響してくる。日本だって同じだろう。
 自分には関係ないと思っているうちに 犯罪に巻き込まれてしまうことだってある。
 この頃は道を歩いていても 前よりも注意深くあたりを見ながら、歩くようにしている。
 自衛以外に方法はないのである。


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 水牛のいる家といっても 生きている水牛のいる家のことではない。
 水牛の頭骸骨を飾ってある家のことである。
 黄色くペンキの塗られたよく目立つ家の2階部分の壁に 水牛の頭蓋骨が 
 所狭しと 飾られている。
 ふと目を向けると ちょっとぎょっとする光景である。
 タイ人には どこかこんなグロテスクなものを好むところがある。
 何か信仰の対象なのかと この家の持ち主に訊いてみるが、そうではないという。

 タイでは 牛の肉は食べても 水牛の肉は食べないと聞いている。
 水牛は農作業の手伝いをする生き物だから、食べないという人もいる。
 本当のところ、どうだかわからないが、私はタイでは水牛の肉を食べたことはない。

 タイでは家畜、特に牛などの堵殺・解体をするのは 何十年か前に パキスタンから
 やってきたイスラム教徒であるという。
 記憶によれば、ベトナム戦争当時、タイに駐留するアメリカ兵のために 牛肉の需要が
 増え、その仕事を受け持ったのが パキスタンから移民してきたイスラム教徒だという。
 もしかしたら、彼らは水牛の堵殺・解体もしているかもしれない。

 水牛料理といえば、カトマンズに古い時代から住み着いているネワール族の得意とする
 料理である。
 私もカトマンズに行くと ネワール料理店で セクワ(水牛のヒレ肉の油いため)、
 ツウェラ(水牛のあぶり肉の和え物)、水牛肉の煮込み、あるいはモモと呼ばれる
 水牛肉の入った蒸し餃子をよく食べる。
 牛肉に比べると硬い肉だが、カトマンズのネワール族を すい牛肉を上手に料理する。
 水牛は食用のためのもので 農作業には使われない。
 ネパールやインドでは 農作業に使われるのは牛の方が多い。

 インドでは 牛は神様と同じだから、食べないが、同じインドでもダージリンのような
 植民地時代 イギリス人の保養地では、牛肉を食べる習慣が残っている。
 インドにいるイスラム教徒は 好んで水牛肉を食べるようだ。
 カルカッタでは イスラム教徒の経営する牛カレーの店があるが、
 水牛肉を使っているのか、牛肉を使っているのか 定かでない。
 インドの牛肉は 水牛肉と同じくらいに硬いから 区別がつかない。

 日本の柔らかい牛肉に慣れている舌には インドやタイの牛肉は 牛肉の匂いがなく、
 言われれば、牛肉かとわかる程度のものだ。
 だから、水牛肉を牛肉だといわれても 区別がつかないとところがある。
 それでも タイでは質の高い肉牛が飼育されているから、インドのものと比べると 
 格段に美味しい。

 水牛の話からそれてしまったが、タイでは鈍い動物の代表のように言われる水牛だが
 結構大切にされているようだ。
 チョンブリ県で行われている水牛を使ったレースは 有名らしい。
 ただ 近頃では 水牛を使っての農作業は 耕運機に変わり、水牛の数も激減している
 らしい。
 沼地で水牛と戯れる子供たちの姿は タイやラオスの田舎を象徴する光景であったが、
 そんな光景を見かけることもなくなってしまった。

 同じ水牛でも ヒンズー教の国では 悪魔の乗り物を引く邪悪な動物、
 タイでは 少し抜けていて間抜けな愛すべき動物、国によって受け止め方は
 違うものである。



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 バンコクにいるときには センセーブ運河の向こう側にある下町の市場によく行く。
 夕食の惣菜を買いに、あるいは季節の果物を求めて出掛けていく。
 そんなときは 出来るだけ路地の中を抜けていくようにしている。
 路地裏で生活している人々の生活を眺めてみたいという気持ちがあるからだ。

 市場の近くの路地に入り込んでみると、そこは 小さな家内工業の場所だった。
 服の縫製、銀細工の店など 小さな作業場で4,5人、少し大きいところで
 10人ぐらいの人たちが働いている。
 働いている人々の大半は バンコクの外からやってきた出稼ぎの人たちである。
 田舎に仕事があれば、田舎に住むことの方がいいのだろうが、食べるのが精一杯の
 農家では ある程度大きくなれば、家を出て、自活するというのが当然のことである。
 それは 日本でも金の卵と騒がれ、中学を卒業すれば、都会に出て働いていた時代と
 重なるものがある。
 昔は タイは小学校を卒業すれば、働くということが多かったが、
 今では中学校卒業後というのが一般的になっている。

 洋服の縫製を行う作業場の前に座り込んで 子供の世話をしている若い女性がいる。
 子供の面倒を見ながら、仕事をしているのだろう。
 作業場の中を 動き回っている子供たちもよく見かける。
 子供を保育所などに預けていれば、生活は成り立たないのだろう。

 チャンマイからやって来て 銀細工の小さな作業場を持つ経営者も バンコクに
 出てきてから20年近くなると言う。
 そのそばでは 奥さんが嬉しそうに話を聴いている。
 苦労を重ねて持つことが出来た作業場なのだろう。

 どの作業場もぎりぎりの生活をしている人たちの集まりだ。
 しかし、何か手に職を持っていれば、どうにか食べていける。
 貧しいもの同士、互いに支えあっていることが その様子からわかる。

 店の経営者も雇用者も一緒に昼ご飯、夕ご飯を食べている光景もよく目にする。
 こんな光景は 日本の家内工業の世界でもよく見られた風景である。
 今の日本では 家内工業の担い手は 年寄りばかりになっている。
 陽の目を見ない仕事には 若者も眼を向けようとはしない。
 大企業ばかりが優遇され、辛い眼にあう中小企業などに就職しよういう若者は
 いなくなっている。
 優秀な技能を持つ職人の育つ場所は なくなっているのに 政府も企業も関心を
 持たない。
 マニュアル通りの仕事しか出来なくなった人間ばかりが増えていけば、日本は
 どうなっていくのだろう。

 海外に工場を移転し、生産のコストばかりを下げることばかりを考えていけば、
 日本人の持つ手先の器用という長所も失われていくに決まっている。

 大企業は 多国籍化し、日本を食い物にしていくだけになっている。
 愛国心より金儲けだけが優先する存在になってしまっている。
 国民が幸福になる、国民とともにあるという話は 夢物語である。
 いつか、しっぺ返しを食うに違いない。政府も、企業も、国民も。
 そんな時代は もう身近なところまでやってきているのかもしれない。


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 昔からある古い市場の入り口近くには 人々を楽しませる映画館があったりする。
 セン・セーブ運河の向こう側の下町の市場の近くにも 同じように映画館がある。
 バンコクの中心的な消費センター サイアムスクウェアーから歩いて15分ばかりの
 この下町の映画館は サイアムスクウェアーにある数多くのモダンな映画館に押されて、
 今は寂しく閉鎖されてしまっている。
 地方の町 パッチョンやコンケンに住んだときも 街の中心には必ず古びた映画館が
 あり、そこに住む人々の楽しみの場所だった。
 それは私の幼かった頃の日本の地方の町でも同じことだった。

 今は閉じてしまった映画館の横には その映画館を挟むように 市場へ向かう細い路地 
 と市場に平行したもう1本の路地がある。
 市場が造られたときに 市場に平行した二つの路地には棟割長屋のような細長い建物も
 同時に建てられたようだ。
 その路地の一つに入り込んでみた。

 細長い棟割長屋のような建物が 路地の両側に 100メートルばかり続いている。
 この建物は 最初はこの近辺に住むイスラム教徒が 賃貸し用に建てたものらしいが、
 今は 部屋ごとにバンコクにやってきた中国人たちに買い取られているようだ。

 各棟の1階部分は 洋服の仕立ての作業場、指輪、ブレスレットを加工する作業場など
 に使われている。
 日本の昔の小さな下町の作業場を思い起こさせて 懐かしい気分にもなる。
 仕事をしている人々の大半は通いの人々で 大半は地方から出稼ぎにやってきた人々だ。 
 2階部分に 家の持ち主は住んでいるらしく、ここに住み着いている中国系タイ人の
 家族のための雑貨屋、駄菓子屋などもところどころにある。
 大半のものは 市場で手に入るが、急ぎで必要なもの、子供の遊び道具などは 
 この路地にある店が重宝するのだろう。

 この路地の他にも 市場周辺には この路地に似た路地がいくつもある。
 6,70年以上まえから これらの路地に住み着いている人々であり、中国系タイ人の人々で
 あれば、今は、4,50歳になっている人たちの父母が 中国本土から出稼ぎにやって来て 
 ここに住みつき、子供である彼らが生まれ、そのまま住み続けている人たちである。
 うまく時流に乗って成功した中国人たちは この地区を出て行ってしまったのだろうが、
 生活することで精一杯の中国人たちは ここを出ないで、そのまま庶民の生活を
 続けているのだ。
 それでも地方からやってきた出稼ぎの人々に比べれば、ゆとりのある生活をしている。

 子供が居て、若者が居て、老人も居るというごく当たり前の生活がここにはある。
 夕方になり、午後7時を過ぎると 仕事をする人たちが 作業場の主人の家族とともに
 夕食を囲んでのひと時があるし、仕事仲間とその日の疲れをともに癒しながら、
 酒を飲みあう姿もある。
 働き、飯を食べ、酒を飲み交わし、1日が のんびりと流れていく。
 本当は 人間の生活は これで充分なはずである。
 贅沢な生活を見せつけられるから、贅沢な生活が必要になる。
 そのために無理な仕事をすれば、人と人との関わりの時間も世界も失われてゆく。
 テレビなんか見なくても 仲間同士でもゆったりした語らいがあれば充分ではないか。
 市場で安い惣菜を買ってきて、それを肴に酒を飲む、それで満足していた生活は
 どこに行ってしまうだろう。

 気楽で気さくで 無理のない当たり前の喜びや楽しみ、それが失われ、
 無理な刺激的な生活を求め、ますます心は貧しくなる。
 せめてアジアだけは こうした伸びやかなゆったりした時間が流れてほしいものだ。



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 センセーブ運河に架かるサファン・フア・チャン(象の頭橋)の袂に 私がよく行く
 屋台が並ぶ細長い空き地がある。
 その先には センセーブ運河を走る水上バス乗り場がある。

 ここに集まっている屋台の中で私が一番よく利用する屋台は 東北タイ風牛肉麺の
 屋台である。
 東北タイ イサンのロイエットからやってきているおばさんがやっている。
 少しばかり先には おばさんの妹がやっているぶっかけご飯の屋台もあり、私も
 時々 惣菜を買うことがある。

 東北タイ風牛肉麺の屋台であるが、3が月近く前、バンコクにやってきたときには  
 おばさんの身体が具合ということで閉まったままだった。
 道で時々出会うと そのうち開くと言っていたが 私がカトマンズの1ヶ月の滞在を
 終えて、再び バンコクにやってきても相変わらず、店はたたんだままだった。

 それが2週間ばかり前から、再び屋台で牛肉麺を作って売り始めた。
 彼女の店が開いていないと、この屋台が並ぶ細長い空き地も 
 なんとなくバランスが悪く、寂れた雰囲気になってしまう。
 おばさんの牛肉麺の屋台が営業を開始すると、小学生くらいの男の子が 
 おばさんの手伝いをしている。
 田舎のロイエットに行ったときに 親戚の子供でも連れてきたのかと思い、
 「おばさんの親戚の子供か」と訊くと 
 そうではなく、私のアパートのすぐ近くにあるアパートで警備員をしている人の息子で
 学校が春休みに入り、警備員の仕事をしている父親が つまらない仲間とバンコクを
 ふらふらしていて 悪い遊びを覚えるのも拙いと考え、知り合いのこの牛肉麺の屋台の
 おばさんに息子のアルバイトを頼んだのだ。

 恥ずかしがり屋の小学5年生で 何を聞いてもなかなかまともに応えてもらえない。
 写真など撮ろうとすると、すぐさま逃げ出してしまう。
 テーブルを吹いたり、客のところまでおばさんが作った牛肉麺を運んだり、
 客の食べ終わったどんぶりを下げ、洗い場に持っていくのが主な仕事のようだ。
 他には おばさんと一緒にどんぶりなどの洗い物をするのも仕事のようだ。
 言われたことは きちんとこなすが それ以上の仕事はしない。

 すぐ近くの揚げた鶏の肉を売る屋台の娘も 学校が休みに入り、
 母親の手伝いをしている。
 私が牛肉麺を食べているとき、冷たい水がほしいと言うと 店の男の子はぼっとして
 いるのに この女の子が聞きつけて 氷入りの水を運んできてくれる。
 タイでは どうも女の子の方が しっかりしているようだ。

 こことは別の場所であるが、私がよく行く東北タイ料理の屋台があり、
 その屋台を利用し始めて 10年近くになる。
 10年前には2.3歳だった娘もすっかり大きくなり、中学生になったようだ。
 子供の成長は 速い。
 10年間があっという間だったように感じてしまう。
 この娘も春休みに入り 暇を見つけては母親の手伝いをしている。
 夕方遅くの屋台の片付けの際には 休みでなくても手伝っている。
 母親が その母親から東北タイ料理を習ったように この女の子も母親から 
 東北タイ料理を習うのだろうか。
 父親、母親、母親の弟、そして、家族全員で店を盛りたてる働き者の家族である。
 親たちの働く姿をしっかり見て育てば、足元のふらふらしているいい加減な子供は
 育たないだろう。

 バンコクでも中産階級以上の家庭の子供たちは 学校が終われば、塾に通い、
 家の手伝いなどすることもない。
 環境に恵まれ、仕事も覚えず、ただただ頭でっかちの子供になるだけだ。
 春休みに汗水たらして働く子供たちこそ、大切にされる社会になってほしいものである。

 金持ちのどら息子たちは まともに働きもせず、親の財産を当てにするばかり、
 車を買ってもらい、夜は 親に貰ったお金で遊び歩いている。
 相続税も贈与税もないタイでは 金持ちはいつまでも金持ち、
 貧乏人はいつまでも貧乏で、身体を使う仕事の賃金は極端に安い。
 こんな世の中は いつまで続いていくのだろう。



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