カトマンズ 街の風景

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 昨日、今日と 円高で ネパールルピーの交換レートが良くなっているので 
 カトマンズ市内のタメルにあるヒマラヤ銀行で両替をしてきた。
 その前にカトマンズ市内に行ったのは コンピューターが壊れ、コンピューター部品を
 ニューロードに行ったときで もう2週間近く経っている。

 この蒸し暑い気候の中、乗り合いのマイクロバスに押し込められ、汗だくだくに
 なり、その上 排気ガスを浴びて 家に帰ってくる気持ちの悪さを考えると
 わざわざ、カトマンズ市内に行く気力もなくなってしまう。
 近頃では インドからのガソリンの供給も途絶えることなく、十分に供給されている
 せいか、自動車の交通量もやたら増え、自転車を使う気にはなれない。

 今日もパタンのクポンドールから乗り合いのマイクロバスに押し込められ、
 ラットナ・パークまで 耐え難い暑く蒸し暑い車内 汗を流しながら、運ばれていった。
 ラットナ・パークからタメルにあるヒマラヤ銀行まで 徒歩で10分 車の排気ガスに
 包まれた道をてくてくと歩いていく。
 銀行に着くと 銀行の中は冷房が完備されており、ほっと一息である。
 近代的な装いの建物の内部だが、仕事ぶりは昔ながらの遅さである。
 今日の換金レートは 1万円で8260ルピーだった。

 タメルでの用事はそれだけなので タメルにいる知り合いのところに顔を見せ、
 すぐにタメルを離れた。
 いつもなら、タメルにあるタカリキッチンで タカリ族のダール・バート・タルカリを
 食べるのだが、夕食の部が始まるのは 夕方6時からで、それまで待つには時間が
 ありすぎる。
 諦めて、旧王宮広場のほうへ向かった。

 相変わらず、雑然とした人混みの多いカトマンズの中心部である。
 この界隈を歩くだけで 喉の調子がおかしくなってくる。
 いつも通るガネーシャの像の前で 酒に酔いつぶれたネパール人が 気持ちよさそうに
 眠りこけている。
 カトマンズらしい光景である。

 今日の帰り道は ビシュマティ川に架かる橋を超え、カリマティにある野菜市場まで
 行くという遠回りの道を選んだ。
 橋の手前の坂道にあるネワール族の作った石造りの共同水場 ドゥンゲダーラから
 出る水はほんのわずかで ここでも水不足の辛酸をなめている。
 近くにある仏陀の像の刻まれた石造りのチャイティアも水の恵みは与えてくれない
 ようだ。
 橋の上では いつものように露天商たちが 少ししなびた安い野菜、トウモロコシを
 売っている。
 貧しい人たち相手の商いである。
 売るほうも買うほうも 生活の程度は同じである。
 今日は晴れていてよかった。
 雨でも降れば 商いにはならないだろう。
 今日の稼ぎが 夕食の糧になる。

 そこを抜け、カリマティの野菜市場に入っていく。
 このところ、野菜は値上がり一方である。
 ここにくれば、近所の八百屋よりは 安く野菜が手に入るから、仕事帰りの人たちが
 今日の夕餉の野菜の買出しにやってきている。
 安くて新鮮な野菜を求めて、この物価高の中、買い手の目の色も変わっている。
 私は 橋の上の野菜の露店で 韮と青ねぎを買ったから、今日は買う必要はない。
 私の夕食のおかずは 韮卵である。
 皆 ここで買い物をする人の頭の中には 夕食の献立が 頭の中にあるのだろう。
 スーパーマーケットとは違う人間らしい賑わいがここにはあり、私をほっとさせて
 くれる。
 これでいいのだ、これが本当の姿なのだと心の中で繰り返す。
 棒になった足をよたよたと引きずりながら、家路へと向かった。
 家までの道のりはまだまだ長い。


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 カトマンズの街の中を歩いていると ブーゲンビリヤの花が真っ盛りである。
 真紅、赤紫、ピンク、黄色、白とその色はさまざまである。
 夏の始まりに咲く紫色の妖艶なジャカランタ、ついこの間まで満開を誇っていた
 百日紅の時期も終わりに近づいたかと思うと、今度はブーゲンビリヤの花が
 街を飾り始めている。
 ブーゲンビリヤは雨期の始まりを告げる花だ。

 カトマンズのタパタリのバグマティ川岸辺に建つラーマ寺院の裏庭、バグマティ橋の
 パタン側入り口にある警察の派出所の横、路地に入り込めば、建物の屋上から
 垂れ下がるように咲き誇るブーゲンビリヤ、25年前 カトマンズに初めてやって
 きたときにも このブーゲンビリヤに目を奪われたものである。

 見事なのは テク側のバグマティ川岸辺に建つ二つのシバ寺院近くにある赤い
 ブーゲンビリヤである。
 満開にはまだ程遠いが、このブーゲンビリヤが満開になった時には バグマティ川の
 対岸にある河川敷から眺めるのと見応えがある。

 カトマンズも雨期に入ると ぶーゲンビリヤだけでなく さまざまの花が咲き誇る。
 ブーゲンビリヤと競い合うように咲き誇るのは ハイビスカス、その花の大きさで
 ブーゲンビリヤに対抗するが、その量においては敵わない。

 ここ2,3日 カトマンズでは 朝夕激しい雨が 集中的に降っている。
 やっと本格的な雨期に入ったのかと思わせる。
 しかし、水事情は一向に改善される様子はない。
 私の住んでいる家の地下水の量も増えている気配はない。
 雨が 浸み込んでいくための農地も空き地もなくなり、降った雨は 地面に
 吸い込まれることなく、バグマティ川へと流れ込んでいく。
 政府の水道による水の供給もない。
 今はどうにかなっているからと、改善しようという気持ちもない。
 将来に備えてということはないのである。
 問題は生じれば 一時に災難がやってくる。
 私の滞在中だけは 今の水事情、どうにか保ってもらいたいものだ。

 水当番は大家の父親の仕事だったが、85歳を超え、仕事もままならず、
 私の滞在中はいつの間にか 水当番は私の仕事になってしまった。

 1階に住むタライからやってきている数人の学生たちは 水を使うことに対しては
 関心はあるが、水を貯めることには関心はない。
 私がカトマンズに来る少し前から住み始めたようだが、先月分の家賃は半分だけ納め、
 今月分もまだ支払っていない。
 先月分の未払いの残り4000ルピーと今月分8500ルピーの計12500ルピー、
 どう考えても、支払える額ではない。
 大家がどうするか、見ものである。


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 雨期入りに入ったせいか ここ2,3日 曇り空が続いているが、この三日間で
 1時間ばかりの土砂降りがあっただけで、待望の雨はなかなか降ってこず、
 鬱陶しい空模様だ。
 陽が顔を出さないだけ、気温は下がったが、蒸し蒸しした不快感がある。

 あれほど 雨期前の暑さを嫌っていたのに 懐かしい気持ちになるから、
 人間いい加減なものである。

 ネパールでは 大きな樹の下は ネパールの人々の憩いの場所になる。
 その樹の下には レンガや石を組み合わせて造った丸い休憩所のようなものが
 必ずあり、ネパールの人々は それをチョータリーと呼んでいる。
 道行く人が 暑さに耐えられなくなると その樹の下にあるチョータリーに座り込み、
 身体を休める。
 部屋の中に篭った夏の午後の暑さを避けて、のんびりと親子が時を過ごすのも
 大樹の与えてくれる木陰に包まれたチョータリーに座り込んでである。

 バグマティ川の岸辺近くにあるスラムの入り口にも 大きく緑の枝を広げた
 大樹の下には チョータリーがあり、その下では 吹き渡る涼しい風を求めて、
 小さな子供たちとともに 女たちが座り込んでいる。
 母親らしい二人の周りには たくさんの幼い子供たちが群がっている。
 二人の子供たちである。
 子宝に恵まれてといった表現は 今の日本では死後に近い言葉になってしまったけれど
 この二人の母親にとっては 子供たちに向けた愛情深い表情から、子宝という言葉が
 似合っている。

 決して豊かだとはいえない家族であるが、何か天真爛漫な空気があたりを支配している。
 子供たちとともにいることが 嬉しくてたまらないといった様子なのである。
 こんな母親の姿は 昔の日本にもあった。
 二人の母親の顔を見ると インド系の顔である。
 きっと南ネパールのタライ地方のネパール・インド国境あたりから 仕事を求めて
 カトマンズにやって来て、スラムに住みついたのだろう。
 人間なら当たり前に持っている子に対する愛情、それはどこか動物的本能に近いもの
 だが、それが失われることなく 十二分に発揮されているのがよくわかる。

 きっとバラックのような家の中には 冷蔵庫もテレビも扇風機もないだろう。
 家には電気すら来ていないに違いない。
 食事の仕度といえば 自分たちで土を捏ねて造ったかまど、火は枯れ木を集めて
 起こすに決まっている。
 生活といえば、生きていくための最低限のものに違いない。
 しかし、明るさと幸福感に包まれているのは、どういうことなのだろう。
 幸福の条件とは何かと 考えさせられてしまうではないか。

 橋の上から 下を眺めると 樹の下では ゴザや布を敷き、家族総出で 
 のんびりと夏の暑い午後をやり過ごしている。
 貧しいながらも 心にゆとりがあるのである。
 1日の中に 家族とともに のんびりと伸び伸びと寛ぐことが出来る時間が
 持てるとはなんと贅沢なことか。

 次々と出てくる新製品を買わされ、家のローンに終われ、幸福とは何だったのかを
 しっかり忘れてしまった日本の家族とは 違う時間の流れがある。

 新しいテレビ、新しい冷蔵庫、新しい車に眼を奪われ、買い求めていくうちに
 本当に必要だったものは 何だったのか 忘れられていくのだ。
 お金に追われ、時間に追われ、家族とは何かすら わからなくなってしまっている
 日本、日本は 本当に大丈夫ですか。
 価値のないものに価値を求め、価値のあるものを捨てていく、これではいつまで
 経っても 幸福の青い鳥は見つかりませんよ、日本のお母さんたち。


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 ネパールから 山を越え、海を越えた日本という国では 毎年4万人以上の自殺者が
 出るという話だ。
 貧しさに耐えかねてというわけではなく、孤独、孤立の中で 生きる希望を失って
 死を選んでしまうようだ。

 カトマンズの街の中を歩いていると、人々が別に何をするわけでもなく、群がって
 座り込んでいる姿を見かける。
 私の住んでいる地域にあるカトマンズとパタンを結ぶバグマティ橋の両側に小さな
 広場がある。

 パタン側の広場は ネパール人たちの領域だ。
 そこでは、1本10ルピー(約13円)のトウモロコシを焼いて売っている女たちや
 煙草の1本売り、飴玉を売っている女、荷車に炒った豆を並べて売る女もいる。
 女たちから、飴玉や焼きトウモロコシ、煙草を買い、男たちは ガードレールに
 寄りかかり、通り行く人の流れを見つめている。

 見知らぬ他人同士が ただそこにいるというだけの話だが、話しかけられることを
 拒否しているわけではなく、話しかけられれば、話に応じるだけのゆとりはある。
 仕事の話をすることもあるだろうし、郷里の話をすることもあるだろう。
 仕事を探していれば、何かいい仕事はないかと情報を集めることもあるだろう。
 周りにいる人間が 全く赤の他人であったとしても、この場所にいるというだけで
 人々が 自分が孤独で孤立しているとは感じないだろう。
 ともに同じ場所に生きているという実感はあるはずである。
 大げさに言えば、同じ世界にともにあるという共生しているという実感である。

 このバグマティ橋を渡り、カトマンズ側に行くと、そこにも小さな広場があり、
 そこでは インド人の男たちの床屋、川魚や湯で卵のフライを売っているインド人の
 女たちの露店がある。
 その周辺に座り込んでいるのは インドからやって来た男たちである。
 夕方近くなると 仕事を終えたインド人たちや仕事の情報交換のために
 やってくるインド人たちが 増えてくる。
 どこかにインド人同士助け合って生きていこうと気持ちも感じられる。

 人間の心が 生き続けている限り、街も同じように息づいているのである。
 「生活が第一」というキャッチフレーズがあったが、カトマンズの街では
 それが当たり前のことのように行われている。
 貧しい者同士、寄り添って助け合って生きていこうという精神は 
 まだ残っているのである。

 貧しいながらも 夕方近くなると、何とはなしに人の中に入って行き、
 1日の疲れをのんびりと癒すだけの時間も心のゆとりもある。
 人はものの豊かさだけでは 心にゆとりも潤いも与えることは出来ない。
 豊かな生活をしていた人間が 突然お金を失い、自殺を考えるというのは
 物質的な貧しさが 原因というより、ものの豊かさによって誤魔化され、
 気づかなかった心の貧しさ、人間関係の貧しさが 露呈し、孤立、孤独を
 知ってしまうことによる。

 夕闇が迫る路上脇の御茶屋の前にも 人々は集っている。
 世間話に興じている中で どこかで他人とつながっていることを確かめているのである。
 そんな場所が カトマンズのいたるところにある。
 1杯7ルピー(10円)のミルクティーで 人と人とのつながりを確かめ、
 世間話に興じることも出来る街、それがカトマンズだ。
 カトマンズの街は まだ人間の街として生き続けている。

 山の向こうの そして 海の向こうの小さな島国の大都会とは 違うのである。
 山の向こうの そして海の向こうの小さな島国の人たちよ、自慢できるものが
 あるなら、教えてください。
 そして、それが どれだけ あなた方の心を暖めてくれるのかも・・・。


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 今日からネパールの暦の上では アサールという名の雨の降る月に入ったが、
 雨期がやってくるという気配は感じられず、酷暑が続いている。
 6月中旬の雨期入り前が こんなに暑かったという記憶は あまりない。
 25年前にカトマンズを訪れ、最初の3年間は カトマンズに住み、ビザの獲得の
 ために3ヵ月ごとに ネパール・インドを行き来していたが、その頃は扇風機が
 なくても暑いと思ったこともなかった。
 その後は 毎年何回か ネパールを訪れていたが、すっかり泥濘になってしまう
 カトマンズの道の汚さを避けていたが、それでも何回かは 雨期入り前の暑さを
 体験しているはずだが、今年のような暑さの体験はない。
 確かに 外では強い直射日光で気温以上に暑さを感じることはあっても、
 一旦、部屋の中に入れば、ひんやりと涼しいというのが カトマンズの夏の特徴だった。

 この暑さの中では カトマンズの中心部へ行くことが煩わしくなる。
 汗と埃にまみれることを考えると ついつい億劫になり、近所を散策することで
 1日を終えてしまうことも多い。
 この頃は、交通量の多さから、自転車に乗ることも鬱陶しい。
 昔と違って、車やオートバイに必要以上に注意しなくてはならないし、
 若い頃と違って 運動神経も反射神経も衰えてきており、事故の心配もある。

 だから カトマンズへ行くにしても 歩いていくか、乗り合いバスを利用することが
 多く、片道は徒歩ということが多い。
 時間と体力を気にしないなら、徒歩というのが1番である。
 好きなところで足を休め、路上で生活する人々の様子に目を向けることも容易だ。

 この前もバグマティ橋のカトマンズ側の橋の袂に行くと インドからやって来た
 路上の床屋が 嫌がって泣き喚く幼い子供相手に大わらわである。
 両親が子供の身体をしっかり押さえ、なだめすかしている。
 自分の幼い頃のことを思い出してしまった。
 当時の床屋は 手動のバリカンを使っており、あまり切れもよくなく、
 髪が引っかかって痛い思いをし、床屋は苦手だった。

 少し広くなっている場所では 20年前から知っているインドからやってきている
 おばあさん(当時はおばさん)が いつもながらに魚のフライだの、湯で卵のフライ、
 ジャガイモのフライを揚げている。
 このおばあさんのところにやってくると、湯で卵を食べるというのが 私のいつもの
 習慣である。
 今日は インド人の少年が 5ルピーで買えるジャガイモのフライを揚げてもらって
 いる。
 この路上の揚げ物屋のおばあさんの周りに 暇な人々は食べ終わっても座り込んだ
 ままだ。
 皆、それぞれに世間話に励んでいる。

 その先には ダマイと呼ばれる縫製カーストの職人が 手回しミシンを使って、
 隣に座り込んでいる男の脱いだズボンの修繕をしている。
 何ともユーモラスな光景だ。

 橋の向こう側のパタン側では 今が旬のトウモロコシを 路上で焼いては
 売っているマガール族のおばあさんがいる。
 つい4ヶ月前までは 橋の下の市場の片隅で 青物の野菜を売っていた。
 トウモロコシの季節になって 商売の鞍替えだ。
 娘も別の場所で トウモロコシを焼いている。

 橋の下の市場へ行けば 女たちが 野菜を売っている。
 1日の生活の糧のためには 女たちものんびりしてはおれない。

 家への帰り道、荷車を押して 鉢植えの花を売る花屋に出会った。
 ネワール族のマリと呼ばれる園芸の仕事をするカーストの人である。
 安いもので一鉢 20ルピー(約25円)、日本風に盆栽のように仕上げた
 ブーゲンビリアの鉢植えは 350ルピーと高価だった。

 路上で商いをする民族には インド人、タマン族、マガール族の人たちが多い。
 カトマンズの外の村から出てきて、仕事も見つからず、路上の商いでやっと
 生活の糧を稼ぎ出している人たちである。

 こんな人たちがいるから カトマンズの路上は 温かみのあるくつろぎ易い場所になり、
 人々は街に愛着を持ち、安らぎを感じるものになる。
 そして、それぞれの人たちが力強く生きていることを実感させ、自分も頑張って
 生きていかなくてはと勇気づけられるのである。


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