カトマンズ 街の風景

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 夜、インドラ・ザットラの前夜祭を見た翌日、再びカトマンズに出かけた。
 人ごみが予想されたので 自転車に乗っては 行かなかった。
 1つの用事は インターネットのプロバイザーに使用料を支払うことだった。

 テンプーと呼ばれる乗り合い3輪自動車に乗って、ネパール航空本社近くで降りた。
 この3輪自動車はバッテリーを利用した電気自動車である。
 スピードは遅いが、8人乗り、環境にやさしい輸送機関だ。
 運賃は3ヶ月前には8ルピーだったのが10ルピーに値上げしていた。

 ネパール航空本社近くも凄い人ごみである。人をかき分け、かき分け、歩いていく。
 この日は ネパールの大統領が 活き神様のクマーリから、ティカを授かる儀式がある。
 ティカというのは ネパールの様々の行事・祭事の際に 
 額につけてもらう祝いの印である。
 飯粒と色粉を混ぜ合わせたものを 額につけてもらい、幸運を授かるものだ。

 旧王宮広場に近いインターネットのプロバイザーの事務所で支払いを済ませ、
 バソンタプールにある旧王宮広場へと向かう。
 ネパールの大統領が来るということで交通規制が引かれ、
 綱を張って立ち入り禁止地域を儲け、多数の治安警察が立ち並んでいる。
 ネパールには大統領と首相がおり、国の儀礼的な役割は大統領、
 実質的な国家運営は 首相の役割である。

 国の平安を祈って インドラ・ザットラの際の活き神様 クマーリから
 ティカを授かるのは大統領の役割だ。
 王制時代には 国王が クマーリからティカを受けていた。

 活き神様 クマーリというのは カトマンズでは ネワール族の仏教徒カースト 
 サッキャ・カーストの中から選ばれた女の子である。
 幼児期に身体に痣や傷がないことを 厳しく確かめた上で 選ばれる。
 選ばれ、活き神 クマーリになると、パソンタプールの王宮広場の中の
 クマーリの館で初潮を迎えるまで生活することになる。
 初潮前に 怪我などをして血を流すことになると、クマーリの役目を終えてしまう。
 そのために学校にも行けず、制限の多い生活になり、
 クマーリの役目を終えたあとの社会生活に支障を残すことにもなる。
 それが 今 人権保護団体から、人権侵害として非難されている。

 バソンタプールの王宮広場では、活き神 クマーリの乗り物がすっかり用意され、
 クマーリもお付の者と一緒に乗り込んでいるようだが、遠くから出よく見えない。
 ラナ家専制時代にイギリス様式で建てられた白塗りの迎賓館のベランダには
 各国の賓客、政府要人が、そのクマーリの乗り物に目を向けながら、
 大統領の到着を待っている。

 この広場の裏側に抜ける路地に向かうと、その路地脇の集落のレンガ造りの建物の前の
 小さな広場にやってきた。
 ここに 魔物の衣装を身につけたラケがやってくる。
 ラケの踊りを見ようと人だかりである。

 路地を抜けると 広場の裏に出る。
 そこも人だかりで、交通規制している。
 普段にはない様々の矢倉が各所に設けられている。
 そこにある寺院の中も クマーリを一目見ようとする人々であふれている。
 クマーリが見えるとは 到底思われないが、人々からすれば、祭りの雰囲気を
 味わうことが楽しいのである。

 私も充分に祭りの雰囲気を楽しんだので、その場所を離れた。


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 夕方6時半を過ぎると カトマンズの街には夕闇が 街中を覆い始める。
 街には灯り、その薄明かりの中を 自転車を走らせる。

 インドラ・チョークに近づくにつれて、人ごみが 増してくる。
 インドラ・チョークの狭い広場は 人だかりになっており、
 人々は アッカス・バイラブ寺院の前に置かれたアッカス・バイラブの神様に
 祈りを捧げている。
 色とりどりの花で 華やかに飾りつけられているアッカス・バイラブの神様だ。
 ここに人が集まることは わかっているのに自動車が入り込んできて、
 混乱状態に近い。
 少し先のビッシャル・バザールに自転車を置き、
 再びインドラ・チョークに帰ってくる。

 インドラの神様は 天候を司る神様だ。
 昔からカトマンズ盆地では 農耕民族であったネワール族にとって大切な神様だった。
 インドラも カトマンズの民が自分に祈りを捧げてくれていることを知っており、
 カトマンズの街に遊びに行きたくなってしまった。
 人間に姿を変えたインドラが カトマンズの街に降り立ったのはいいが、
 運悪く 怪しげな奴だということで、牢屋に放り込まれてしまう。

 天にいるインドラの母親はいつまで経っても帰ってこないインドラのことが心配になり、
 神様の一人 バイラブをカトマンズに送り、インドラの行方を捜させる。
 そして、インドラが牢屋に放り込まれていることを知ると、怒り狂い、あらゆる災難を
 カトマンズの民に与える。
 困り果てたカトマンズの民が バイラブにその理由を訊くと、
 インドラを牢屋に閉じ込めていることを伝えられる。
 驚いたカトマンズの民は インドラを牢屋から出し、インドラとバイラブに許しを請い、
 これからは、インドラとバイラブへの償いと平安への感謝の気持ちをこめて、
 お祭りを催すことを約束して、許してもらう。
 そのことから始まったのがインドラ・ザットラである。

 今から240年以上前のことだ。
 カトマンズ盆地の中のネワールの王国 カトマンズでは 毎年のようにインドラ・
 ザットラが開催されていた。
 人々は 飲めや歌えの大騒ぎ、そんな時に ゴルカからカトマンズに攻め入った
 プリティビ・ナラヤン・サハの軍勢に瞬く間に征服されてしまうのである。
 そのとき、カトマンズ盆地の王国は カトマンズ、パタン、バクタプールと
 三つの王国に分かれ、すっかり、力を失っていたのである。

 そんなことを思いながら、インドラ・チョークのインドラ・ザットラの様子を眺める。
 怖い顔つきのバイラブの神様も インドラ・ザットラの間は 花々で覆われて、
 嬉しそうである。
 このインドラ・チョークには 二体のバイラブの像が置かれている。
 燈明もたかれ、ゆらゆらと その灯りが揺れている。
 そのすぐそばには 舞台が作られ、その上では、中年過ぎの男女が 
 インドラ・ザットラを祝う歌を歌っている。
 楽器を弾いているのは男たち、歌うのは女たちの役割のようだ。

 インドラ・チョークからカトマンズのネワール族の古い王宮のあるハヌマンドカに
 向かう。
 その王宮前には 多くの人々が集まり、ラケという魔物に扮した男の踊りに
 見入っている。
 人だかりでそのラケの姿は 見ることは出来ない。
 何百年にも渡って、ネワール族の人々は この場所に集まり、インドラ・ザットラの
 祭りの始まりを祝ったのだ。

 すぐ近くには 二つのバイラブの像がある。
 1つの像の口から、管が出ている。
 祭りの間、その管からジャールというどぶろくが流れ出て、人々に振舞われる。

 そこからバソンタプールの広場に行くと、次の日に使われる活き神様のクマリーを
 乗せる3台の乗り物が 暗闇の中に置かれている。

 小雨が降り始めた。
 もう午後8時、自転車に乗り、再びタメルに行き、
 カトマンズで一番美味しいタカリキッチンでネパール定食
 ダル・バート・タルカリを食べて 家路へ向かった。



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 タメルの宝石屋の前に座り込んでいると、
 近くの店の店主たちが 暇つぶしに話しかけてくる。
 この場所に来てよく話しをするのは 宝石屋の真向かいにあるパシュミナウール・
 ショールを売る店の店主である。
 彼は ネワール族のシュレスタ・カーストに属し、カトマンズ郊外に実家がある。
 実家には広い田畑があり、実家から米を送ってくるので 
 米の値上がりに苦しむことはない。
 実家ではタイチンと呼ばれているジャポニカ米を主に栽培しているようだ。

 ネワール族は このタイチンという米から、酒を作ったり、
 チューラと呼ばれる乾し飯を作ったりする。
 今ではこの乾し飯、大半のネパール人が 昼食の主食として食べている。
 この乾し飯は一度炊いたご飯を杵の中で搗き、平たくしたものを乾したものだ。
 ネワール族の行事・祭りの時の宴会には このチューラはなくてはならないものだ。
 わたしは 歯が悪いので このチューラは苦手である。

 話がそれてしまったが、彼には二人の子供がいる。
 二人の子供はカトマンズ市内の私立学校に通い、その費用は一人につき 
 昼食代込みの授業料が3千7百ルピー(約5千5百円)、二人だから7千4百ルピー、
 彼の家は学校から歩いて通える距離にあるので バス代はいらないが、
 バス代を含めると、一人当たり月4千ルピーかかるという。
 カトマンズでの教育費もなかなか大変である。

 しかし、村からやってきて レストランで働く若者は 食事付で月給2千から
 3千ルピー、彼らとは無縁の私立学校である。
 ネパールの生活格差、教育格差は 広がる一方だ。

 その店主と話をしていると、知り合いの宝石屋に 
 ネパール人の客が 注文した指輪の仕上がりを 確かめにやってくる。
 夫婦と7歳ぐらいの男児である。
 この男の子が 置いてある私の自転車に興味を示し、触っているので、
 冗談半分に「ケ ガレコ (何をしているんだ)」
 と声をかけると 彼の両親が振り向く。
 顔を見ると ネワール族のようだ。
 「タパイ ネワリー フンチャ キ(あなたはネワール族ですか)」
 と訊くと そうだと言う。
 私の悪い癖で ついつい 彼らのカーストを訊いてしまうのだが、
 ラーズバンダーリと教えてくれる。
 ネワール族のヒンズー教を信仰するシュレスタ・カーストに属する高カーストである。
 昔は バンダーリと言っていたが、ネワール族を征服した民族の中のバウン族の中にも
 バンダーリという氏族があり、ラナ家専制時代に ネワール族のバンダーリと区別
 するために、ネワール族のバンダーリの上に ラーズを加え、ラーズバンダーリに
 したようだ。
 その家族連れの奥さんが
 「今日からインドラ・ザットラが 始まるからハヌマンドカに行くといい。」
 と教えてくれる。
 インドラ・ザットラは終わってしまっていたと思っていた。

 タメルからアッカスバイラブ寺院のあるインドラ・チョークへと
 自転車を進めていくことにした。


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 バグマティ橋の袂にあるスラムから家に帰り、部屋で一休み、
 今日はカトマンズの中心部に行かなくてはならない。
 大家への家賃の支払いのために お金の両替をしてこなくてはならない。
 朝から歩き続けていたから、ちょっと疲れてしまった。
 カトマンズの標高は1400メートル、年取った身にはこの標高の高さに慣れるまでは
 結構 堪えるのである。
 若い頃は何にも感じなかったが、年を取るごとにそれを感じる。

 身体に鞭打って、空気の抜けた我が愛車の自転車のタイヤに空気をいれ、
 えいっと わが身に声をかけ、自転車に乗って カトマンズの中心部へと出かける。
 ツリプレッソールからスンダーラの中央郵便局までの上り坂が 辛い。
 はあはあと息を吐き出しながら、停まることなく、一気に上り坂を登りつめる。

 坂を登りつめ、平地に入ると、渋滞である。
 ガソリンが手に入りやすくなったせいか、3ヶ月半前よりも車の数は 増えている。
 ツーリスト地区のタメルに行くまで 車の隙間を縫いながら、神経の使いっ放しだった。

 タメルでの用事は 両替屋に行くこと、休日でなければ、ヒマラヤバンクの両替の
 レートが1番いいのだが、今日は休み、そこで時々利用する顔見知りの両替屋に行く。
 外の表示では 日本円100円につき 66.5ネパールルピーである。
 知り合いということで 67ルピーで両替してくれた。
 2万円両替して13400ルピーだった。
 1つ用事は終わった。

 次はタメルのネパール人の知り合いの店で タメルの情報を仕入れることにする。
 昔からのその知り合いは タメルで 宝石店を開いている。
 挨拶を交わし、「商売はどうか」と訊くと
 「今日も朝から電気は来ないし、全く商売にならない」
 と不平たらたらである。
 「ネパールの電力事情は どうなっているのか、どうして31時間の計画停電に
 なったのか、洪水で壊れた電力施設も修理状況はどうか」
 と訊いてみても その辺のことになると 全く関心はないようで、
 返ってくるのは 新政府に対する不平・不満ばかりだ。
 一応、大学2年まで学んだ男である。

 どうもネパール人にはこうした傾向がある。
 計画停電に慣れきってしまっている面もあるが、計画停電8時間から、
 31時間になれば、正確な情報を政府担当者から聞きだし、
 その対応について正すというのが、一般的であるが、
 仕方ない、いつかはどうにかなるだろうといった様子だ。
 どうも 諦めのほうが先にたつようである。

 こんな国民性だから、政府は国民の怒りなど気にはしない。
 新しく首相になった毛沢東主義政党のプラチャンダ氏も 率先して壊れた電力施設を
 視察し、各修理担当者に はっぱをかけるということをすれば、担当者も真剣に
 ならざるを得ないし、国民も身近に感じて、首相の人気も上がるだろうが、
 中国外交、インド外交と対外的に注目を集めることばかりに関心があるようで
 どうも国民の方には 目が向いていないようだ。
 そんな不満が 国民の中には芽生え始めているように感じる。
 期待はずれといた国民の受け止め方である。

 どうもバウン族(ヒンズー教の高カーストの僧侶階級)は、話は巧みだが、
 国民のための改革への行動力には欠けるようだ。
 これでは 従来の政治のパターンと同じである。


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 このバグマティ橋のすぐ脇にあるスラムを始めて訪れたのは 
 半年前の今年の三月のことだ。
 一年前にはなかった。
 人々が住み始めたのは 今年の二月あたりからのようだ。
 私が訪れた頃も、まだバラックを建てている最中の人が多く、辺りには空地も多かった。
 再び五月の終わりごろに訪れると、バラックの数は何倍にもなっていた。

 そして、今回 再度訪れた。
 ビニール張りのバラックの数はますます増え、スラムの長さも 
 バグマティ川の上流に向かってどんどん長くなっていた。
 ここに住んでいる人々は、村では食べることも出来ず、
 逃げるようにカトマンズの街にやって来た人たちだ。
 村に住み、食べていくことの出来る人間は 
 ここにやってきた人たちよりも貧しくないともいえる。

 スラムの中へと足を進めていると、毎晩の雨で スラムの中央を走る道は 
 ぬかるみ、水溜りだらけだ。
 その道の脇の小さな猫の額ほどの田んぼに 稲が実っている。
 こんなスラムに住んでいても 地方からやって来た農民は 畑仕事を忘れない。

 30年ぶりの大雨の時はどうだったか 訊いてみると バグマティ川の水が 
 土嚢近くまでやってきて 一時はどうなるかと みんなして心配したという話だ。
 夜はどうなるかと 眠ることも出来なかったという。
 電気もない暗闇の中で 右往左往している彼らの姿が 浮かぶようだ。

 今日は土曜日の休日、学校も休みで子供たちの姿も たくさん見かける。
 僅かに残った河川敷の空地では 子供たちが 近づくダサインの祭りに合わせて、
 凧揚げをしている。
 このスラムにもダサイン名物のブランコは 設営されるのだろうか。
 凧揚げとブランコがなければ、ダサインの雰囲気は出ない。
 あと3週間もすれば、ネパール最大の祭り ダサインの始まりだ。

 スラムに住む人々、バラックの数も決まり、集落らしい形になってきている。
 ネパールには多くの種類の民族が住んでいるが、このスラムに住む民族も 
 同じように 多種多様である。
 1番数の多いタマン族、ライ・リンブー族、マガール族、わずかながら高カーストの
 バウン、チェットリ族もいる。
 こんなところで 民族、カーストを主張していては生活出来るはずもない。
 力を合わせることが出来なければ、いつ追い出されるかわからない。

 スラム住民で構成される組織も出来、皆でお金を出し合い、低学年の子供のための
 小さな学校も出来ていた。
 自分たちの家は ビニール張りのバラックであるが、
 学校はレンガを使ったしっかりしたものだった。
 その学校の前には 一人のタマン族の若者が座り込んでいて、
 この学校についていろいろ教えてくれた。
 彼の家族もこのスラムに住んでおり、彼は今10年生、日本でいえば、高校1年生だ。
 高学年になると 皆、近くの公立学校に行くようだ。
 私立学校に行くだけの財力は ここに住む親たちにはない。
 教育水準の低い公立学校を嫌って、カトマンズ市民の大半は私立学校に行くが、
 ここに住む子供たちは 費用のかからない公立学校しか 選択の余地はない。

 大人も子供も とにかく、その日の糧を求めて生き抜く、それだけがすべての生活だ。
 社会の冷たさに負けるわけには行かない。
 自らを鍛え、社会の荒波を自分の力で乗り越えていくより道はないのだ。


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