カトマンズ 生き抜く人々

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

 カトマンズにやって来て いつも思うことであるが、いわゆるカトマンズ庶民の
 子供たちの顔を見ていると 子供でありながら、人間としての一人前の顔を
 していることである。
 日本では 少子化の影響で 子供たちの姿を見かけることも少なくなったが、
 カトマンズ庶民の子供たちのように はっきりした一人前の人間としての輪郭を
 持つ子供たちの姿を見かけることは少なくなってきている。

 貧富の差の激しいカトマンズでは 彼らの親たちも生きることに精一杯だ。
 野菜は高騰し、値段は半年前の2倍近くなっている。
 別段 農産物の生産量は落ちていないにもかかわらず、インスタントラーメン、
 菓子類はさほど、値上がりしていないにもかかわらず、庶民の台所を支える
 野菜だけは 異常に値上がりしている。
 どうも中間業者が この値上がりに関係しているともっぱらの噂である。
 新しく出来たネパール共産党(エマーレ)、ネパール国民会議派中心の政府も
 この野菜の値上がりに対して 対策を立てようとしない。
 貧乏人は 餓死しろとでも言うのと同じである。

 親の必死の生活の自衛努力を見ていれば、その子供たちもいい加減な気持ちでは
 生活できない。
 何とか親の手助けをして 家族の生活を支えようとするものである。
 そんな子供たちの背景にある生活が 子供たちの姿・形・表情に影響を与えているに
 違いない。
 どんな苦しい生活であっても あきらめず生き抜くこと、こうした人生に対する姿勢は
 子供の頃から 養われていくものだ。

 貧富の差のみならず、カースト、民族間の差別の存在するネパールでは 
 子供たちだって ぼーっとしていれば いつまで経っても 貧しさから這い上がる
 ことは出来ない。

 こんな社会の中で健気に生きているネパール庶民の子供たちの表情が 私は好きである。
 苦しい生活、虐げられた生活の中で 親を支えようとするたくましさ、それでいて
 決して 素直さは忘れていない。

 生活の底辺にいる人たちの大半は 先住民族や低カーストの人たちである。
 あるいはタライ地方で 農奴に近い暮らしを強いられてきた小作農民たちである。
 村では食べることが出来ないから カトマンズに仕事を求めて、家族ごと移動してくる。
 タマン族、マガール族、ライ・リンブー族、ダマイ(縫製職人)、カミ(鍛冶屋)、
 マジ(漁師)、サルキ(皮職人)、カサイ(堵殺と肉の商い)、デワーレ・チャミ(掃除人)
 などのダリットと呼ばれる低カーストの人々、そして その子供たち、何はともあれ、
 生き抜くことが先決なのだ。
 生き抜くことに負けてしまえば、餓死か物乞いの生活しか残っていない。
 昔は ネパールではどんなに貧しくても 餓死することはないと言っていたネパールも
 それが成り立たない社会になってきている。
 カトマンズの人口増加は それに拍車を欠けている。

 それでも家族とともに生活できる子供たちは まだ救いがあるが、外国人旅行者の
 集まるタメル地区に徘徊するストリートチルドレンの状況は最悪である。
 村から逃げ出してきたのはいいが、面倒な仕事など使用とせず、徒党を組んで物乞い、
 そして シンナー遊びの生活に落ち込んでしまう。
 ここ10年、ストリートチルドレンは増える一方だが、政府は全く対応しようとしない。
 政治家たちは 自分たちの財産作り、贅沢に精を出しているだけだ。
 全くの税金泥棒、外国からの援助金泥棒である。

 高級住宅を手に入れ、高級自動車を乗り回し、電気製品に囲まれ、快適な生活を
 している政治家、官僚たちの目は いつまで経っても虐げられている人には
 目を向けない。
 安定した社会システムが壊され、その矛盾の中で苦しむのは 底辺に生きる人たちで
 あり、その子供たちである。
 子供たちの明るい笑顔だけが 救いのカトマンズである。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

 カトマンズのこの時期は トウモロコシの季節である。
 路上では 道行く人たちを相手に トウモロコシを焼いて売る人たちがいる。
 カトマンズとパタンを結ぶバグマティ橋のパタン側では いつも三人の
 焼きトウモロコシ売りがいる。

 一番の古株は マガール族のおばあさん 去年もその姿を見かけた。
 あとの二人はタマン族の女性だ。
 その中の一人は 昨年の春、まだ水の冷たいバグマティ川の中に入って、
 川砂を運んでいたが、今年からは焼きトウモロコシ売りを始めたようだ。

 マガール族のおばあさんには 娘と孫がいる。
 娘も同じように焼きトウモロコシを売っているが、バグマティ川沿いに出来た
 道路脇で商いをしている。 
 おばあさんの商いをしている場所から4百メートルほど離れている。
 そこは 私の住んでいる家から近いので 娘さんの姿はよく見かける。
 先日は学校が休みだったせいか、娘さんの二人の子供が トウモロコシを焼いていた。
 親子三代に渡っての焼きトウモロコシ売りである。
 火の加減を見るのも、トウモロコシを上手に焼くのもなかなかのものである。

 橋の上には タマン族の女性が トウモロコシを焼いては売っている。
 タマン族にしては あまりに肌の色が黒いので 南ネパールのタライ地方から
 やって来たタルー族だと思っていたら、違っていた。
 その息子も タマン族にしては 色が黒いのである。
 母親が忙しいと、トウモロコシを焼いていることがあるが、たいていは小さな妹を
 おぶったり、抱いたりして面倒を見ている。
 皆 食べるために精一杯で トウモロコシを売ってやっと生活しているようだ。
 トウモロコシの季節が終わったら、どうするのだろうと心配になる。

 おばあさんは トウモロコシの季節が終わったら、橋の下にある野菜市場の片隅で
 青菜を売っている。

 カトマンズでは 多くの子供たちが大人に混じって働いている。
 父親から学びながら、ムリというインド風のおやつを売る子供、どうもネパール・
 インド国境あたりからやってきているようだ。

 路上に座り込み 飴玉、タバコなどを売っている子供もいれば、乗り合いティンプーの
 車掌をしてお金を稼いでいる子供もいる。
 ローカルなネパール人のための食堂で 皿洗い専門の仕事をしているマガール族の
 子供もいる。
 可哀想だなと思ってはいけない。
 貧しい家庭の子供は こうやって仕事を覚え、技術を身につけ、生活するための力を
 身に着けていくのである。

 国がすべての国民に仕事を用意してくれない以上を 自分で仕事を見つけ出し、
 食べていかなくてはならない。
 中途半端な教育は 身体の動かない怠け者を作り出すだけである。
 読み書きそろばんは 人に騙されないためには必要なものだが、それ以上の教育を
 受けても 働ける事務職など限られているし、親戚・縁者のつてが必要だ。
 私の住んでいる大家の息子は もう28歳になるが、短大を出ていても 
 未だに仕事を手にすることは出来ない。
 親も子もカトマンズ生まれのカトマンズ育ちであっても 身体を使う仕事を
 嫌がっていては 仕事は見つからない。
 教育がすべてなどというのは 全くの嘘であることがよくわかる。

 学校以外の場所で生きる力を養うというのも ひとつの教育の形である。
 学校教育という枠の中で学ぶことが好きでなければ、いくら長く学んでも効果はない。
 多少苦しくても 大人に混じって社会の中で生きる技術を身につけることは
 発展途上国という現実の中では 有効な方法である。
 先進国の価値観をそのまま信じてしまうと 大人になって生活できないこともある。
 親が金持ちであれば、遊んでいてもどうにかなるだろうが、
 貧しい家では そういうわけにはいかない。
 知恵と好奇心があれば、どこでも学びの場所なのである。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

 カトマンズの庶民と呼ばれる家庭の子供は よく働く。
 貧しければ、貧しいほど家庭の中での子供たちの役割は大きい。
 カトマンズでの庶民と呼ばれる人たちの大半は 村から都会のカトマンズに仕事を
 求めてやって来て そのままカトマンズに住みついた人たちである。

 カトマンズの住宅事情は極めて悪いから、家族4人でも8畳ぐらいの広さの部屋を
 借りて 住んでいるのが普通である。
 部屋には台所もなければ トイレもない。
 トイレは共同で 朝などは 列を作って、自分の番を待つことになる。
 水道などなく、井戸水、地下水を利用するというのが普通で、乾期に井戸水、地下水が
 涸れてしまえば、水を求めて 近くにある共同の水場へと水を汲みにいくことになる。
 片道1キロというのもざらである。

 朝夕 親たちの水汲みを手伝うことも 子供たちの仕事である。
 小さな子供は水の番、少し、大きくなった子供たちは 自分の力にあった容器を
 提げて水を運ぶ。
 その様子を見ても 決して嫌がっている様子はない。
 家族の役に立っていることにきちんとした自覚を持っているようだ。

 ネパールの休日は土曜日であるが、土曜日には 親たちは共同の水場に集まって、
 1週間分の洗濯に大わらわである。
 そんな時、洗濯する親の傍らで 水を汲んで 親のところまで水を運ぶのは
 子供たちの仕事だ。

 カトマンズにやって来て、ぎりぎりの生活をしている親たちは 生活費を稼ぐことに
 忙しく、その姿を見ている子供たちは 少しでも親たちを助けたいという気持ちも
 強くなるだろう。
 12,3歳を過ぎれば、家族の洗濯を受け持つ子供たちもいる。
 姉妹でやって来て、1番上の姉を手伝っている姿もよく見かける。

 中流以上の家庭の子供たちといえば、学校を往復し、宿題を済ませ、仲間との遊びに
 明け暮れるだけの毎日である。
 親の生活も豊かだから、手伝いなどする必要もない。
 使用人を置いている家庭もあるから、家の中でこうした子供たちのする仕事はない。
 日本と同じ子供たちの姿である。

 こういう子供たちが ネパールという国を支配する人たちになるのだから、
 庶民の苦しみ、苦労など理解するはずもないのである。
 私立学校に通い、私立大学に通う。
 アルバイトをすることなど 皆無だ。
 小さいときから 仕事をすることに慣れていないから、身体を動かすことを嫌う、
 その反面、口だけはよく動かし、理屈ばかりが達者になる。
 そんな子供たちが大人になり、国を牛耳るようになっていることが 
 ネパールの不幸である。
 日本もどこか通じるところもあるだろう。

 私が目を向けたいと思うのは ぎりぎりのところで生活している庶民の子供たちである。
 生き生きとした表情にあふれ、活力のみなぎっている子供たちの姿は 魅力的である。
 こんな子供たちの姿を見つめているだけで 力を与えられるような気持ちになる。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

 カトマンズの子供たちは 写真を撮ってもらうことが大好きだ。
 本当は どの国の子供たちも そうに 違いない。
 大人たちの世界が 不安定で抑圧されていれば、それは子供の世界にも
 大きく影響するものだ。
 今の日本では 子供たちにカメラを向けることすら難しい世の中になっている。
 個人情報の保護とかいろいろ面倒なことがあるらしい。

 ネパールでは 誰もそんなことなど気にしてはいない。
 大人も子供もカメラを向けられると 喜ぶのが普通である。
 ネパール女性の一部やインド女性は 写真を撮られることを嫌がる場合もある。

 子供たちのいるところでカメラを構えると、どんどん子供たちが寄ってきて、
 自分も写せと言ってうるさいくらいだ。
 今はデジタルカメラが主流で フィルム代がかからないので 
 いくら写真を撮っても 懐が痛まないのはありがたい。
 お金に余裕があれば、うまく撮れた写真などは写っている当人に上げたいと思うのだが、
 生活に余裕がないので、上げることができないのが残念だ。

 カトマンズでは 少し貧しい家庭の子供ほど 表情が豊かで 自由奔放である。
 親が仕事に追われていて、子供に気を使う暇がないからだ。 
 だから、良い意味での人間の中の野生が失われず、それが逞しさにつながっている。
 だからといって、粗野であるといった感じはしない。
 大人に対して、どこか尊敬の気持ちも失われてはいない。

 気持ちが歪んでいないから 素直で人の話もよく聞く。
 中流階級の家庭の子供は 小生意気な子供も多い。
 親が自分たちは特別だと思っているから、それが子供の性格にも反映している。
 貧しい家庭の子供と一緒に遊ぶと 子供が悪くなると思い、決まった子供と
 しか遊ばさないし、遊び相手は 親戚の子供とだけということもある。
 そのために包容力のない寛容性のない大人になってしまうこともある。

 ネパールでは公教育が発達していないから、学校も親たちの収入に合わせて、
 私立学校を選択することが多いから、ここでも偏りが生まれてくる。
 何か選民意識に似たものである。

 だから、子供たちの写真を撮っていて楽しいのは 庶民の子供たちである。
 たくましさ、人懐こさ、表情の豊かさがあふれていて 写真になる。
 学校の制服を着ている子供たちの表情はつまらないが、
 普段着の子供たちの生命力あふれた姿は やはり、魅力的である。

 今回もそんな子供たちの姿を お送りしよう。
               
                 カトマンズより 愛をこめて!



++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

 カトマンズの子供たちを見ていると、日本の子供たちと違って、
 自由を満喫しているような気がしてくる。
 大人の管理する場所から一旦離れると、何事も自分で判断しなくてはならない。
 それは 自由に生活していくためには 不可欠のものである。
 それはどこか危険も伴うものである。
 五感を研ぎ澄まし、状況を正しく判断できない子供は 嫌が負うにも危険な目に
 遭ってしまうこともあるだろう。
 そうした危険をかいくぐって成長することが大人になることだろう。

 だから、ネパールは子供たちにとっては 日本よりもはるかに厳しい場所である。
 貧しい家庭の子供ほど 早い時期からの自立を要求される。
 貧しい家庭の子供であれば 12歳になれば もう一人前だ。
 それは 昔の日本の丁稚奉公と同じようなものである。
 近頃は随分少なくなったが、私が初めて25年前にカトマンズに訪れた頃は
 小さな御茶屋や食堂で 甲斐甲斐しく働く12歳ぐらいの子供たちも良く見かけた。
 中には 煙草をふかす子供もいた。
 自分で仕事をして生活しているのだから、自分の勝手だろうといった具合である。

 通りを歩いていると 小学校高学年の子供が 自分の自転車を修理している。
 自分のことだからと 大人も手を出さない。
 子供の顔つきは 真剣そのものである。
 彼の父親は ガス台などを修理する修理屋である。

 向こうから二人連れの姉弟が跳ねるようにやって来る。
 手には 一杯衣類を提げている。
 これから川辺の水場へと洗濯に行くところらしい。
 後ろから 洗濯物を抱えた年上の姉がやって来た。

 水不足のカトマンズ、水を汲みに家族とともにやって来た幼い男の子、
 年は7歳だと言う。
 カメラを構えると もう喜んで 家族が呼ぼうと知らん顔でポーズを取っている。

 あまりの暑さに耐えかねて タマン族(もしかしたらマガール族)らしい子供が
 汚いバグマティ川で泳いでいる。
 こんな汚染された川で泳いでいれば、病気になってしまうのではと心配になった。
 「おーい、泳ぎ終わったら、きれいな水で 眼を洗って置けよ」
 と声をかけたが、わかってくれたかどうか。
 病気になるかもしれないとわかっていれば、泳ぎはしないだろう。
 周りの大人も気になどしていない。

 1年前からの知り合いの男の子がやって来た。
 坊主頭になっている。
 南ネパールのタライから家族とともにやってきているタルー族の少年である。
 話を訊くと おじいちゃんが亡くなったので 坊主頭にしたと言っている。
 ネパールでは 親族が亡くなると、坊主頭にする習慣がある。
 早速 塀に上り、それから 近くの桃の木に登って、桃の実を採り始めた。
 俺にも1つ採ってくれと頼むと まだ青い桃の実を投げて寄こした。

 この前、写真に撮った花の周りに ミツバチのように子供たちが群がっている。
 この花の名前は ランタナという名前だと ブログ仲間に教えてもらった。
 この花には 実がなるらしく、子供たちはそれを採っていたらしい。
 「美味しいの」と尋ねると 「うん」と恥ずかしそうに答える。
 私も実を採って 味見をしてみたら、少し甘かった。
 高いところにある熟れた実を採って与えると 「僕にも、僕にも」と
 子供たちが寄ってきた。

 自由に生活しているネパールの子供たちの姿を追ってみた。
 如何でしょう。
 日本の子供たちより 余程生き生きしている。
 少しばかりの豊かさを手に入れるために 自由と自立の精神を失っていいのか。
 そんなことを感じさせる子供たちの姿だった。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
hikaruno
hikaruno
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

美術・工芸

日本の政治

海外情報

ニュース

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
友だち(5)
  • ミーヤー
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • はーちゃん
  • ピタル…☆
  • yag*o*ama
友だち一覧

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事