カトマンズ 生き抜く人々

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 東京、バンコク、カトマンズと移動してくるに従って、見かける子供の数が
 多くなってくる。
 
 東京もバンコクも少子化に拍車がかかり、遊んでいる子供を見かけることも少ないし、
 少し、動物的な逞しさを持った生き生きした子供の姿はない。

 このカトマンズにやってくると 子供の姿の多様性、生命力の強さには驚いてしまう。
 子供たちは 学校へ行けば、ある程度管理されるが、一旦、家に帰ってくると、
 大人の管理を離れて動き回っている。
 親たちも 子供をしっかり見ている暇などないから、すべて子供任せである。

 人間としての逞しさ、自主性というものは どこか、人間の中の動物的な部分が
 必要である。
 大人にすっかり管理された子供たちは 動物的な部分を失い、生き生きとした表情を
 失い、活力がなくなってくる。
 世界を自分の力で開拓して行こうという前向きな姿勢が見られなくなってしまうようだ。

 その点、カトマンズの子供たちは違うようだ。
 しっかりした子供だけの世界を持ち、その中で生活力を身につけていく。
 笑い、怒り、喜び、悲しみを 豊かな表情で表す。
 能面のような東京の子供とは違うし、とにかく、子供であっても 一人前の人間の
 様な気がする。

 自分の日々の生活費を稼ぎ出すために 朝から廃品集めに精を出すインド系の子供たち、
 怪我など気にすることもなく 裸足で動き回る子供たち、
 親の代わりに路上に座り込んで、野菜を売る子供たち、
 放課後には 親の目の届かないところへ逃げ出し、遊びに夢中になる子供たち、
 皆 子供だけの世界を持っている。
 そして、自分の中に潜んでいる野生を 思う存分発揮している。

 日本のように大人に管理される学校から帰れば、スポーツクラブだの塾だのと 
 再び大人に管理される場所へと身を移す。
 自分を仲間とともに 自由に見つめ合う空間も時間も失っている。
 管理されることに慣れた子供は 大人になっても管理された世界に居心地の良さを
 感じるようになる。
 自分の世界を広げていくための 自立性、自主性、判断力、思考力など育つはずもない。
 支配者にとって こんな風に育った大人を支配していくことは 簡単なことだ。
 そんな大人たちが 日本の国の大半を占め始めている。
 支配者にとっての 戦後日本の教育の成果が 今完成しようとしていることがわかる。
 それは 奴隷へとつながる道である。

 教育予算のないネパールでは 国家による教育統制まで手が届かないから、
 救いがある。
 教育至上主義を信じる馬鹿な日本人が ネパールまでやって来て 他国の教育に
 手を出そうとしている。
 他国の教育よりも 自分の足元をしっかり見つめたほうがいい。
 日本の教育の中で 子供たちがどうなっているのか 見つめようとしないで
 自己満足の奉仕精神のために 他国の教育に手を出すのは 傲慢である。
 教育の素人が 他国の状況も理解できずに 教育に手を出すのは 僭越である。
 もし、ネパールの子供たちに関心があるなら、組織などを通さず、1対1の
 かかわりの中で 子供の姿をしっかり見つめながら、何が必要かと 丁寧に
 係わっていくことが最良の方法である。

 簡単に済ませることの出来る教育など どこにもない。
 お金を出せば、それで済むというものではないのだ。
 深い愛のない援助など、子供たちの人間性を育てることは出来ない。
 ネパールでは 子供たちが 自分を育てる機会は 日本よりはるかに多い。
 ネパールの子供たちの方が 日本の子供より 余程生きる力を持っている。



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 日本で 親殺し、子殺しのニュースを聞くたびに 今の日本はどうなっているのかと
 心が痛むばかりである。
 人間の持つ動物としての大切な本能の歯車が どこかでずれてしまったのではとも
 思えてくる。
 母の持つ情愛というものが涸渇してきているのではと思う。
 動物の親が 子を愛しむというごく当たり前のことが成り立たなくなっているのではと
 思えてくる。

 カトマンズで貧しい生活を強いられている人々の中に入っていっても 親たちが本当に
 子供とともにいることが嬉しい、楽しいという表情が見て取れる。
 生活はぎりぎりでも 子育てに費やす時間は たっぷり取っている。

 スラムや貧困者の住む地域に行くと 母親や父親が幼子を抱きかかえ、
 日向ぼっこをしている姿をよく見かける。
 近所の者同士が 幼子を抱え、座り込んでおしゃべりをしている。
 子供を置きっ放しにすることはないのである。
 産んだ子供を育てることは 母親、父親の当たり前の義務であり、
 それを当然のこととして 受け入れ、子育てが負担であるなどとは露ほどにも感じられない。

 母親が遊びにいっているうちに 子供が焼死する、日射病にかかって死んでしまうと
 いうようなことはネパールでは考えられない。

 カトマンズは 女神信仰が盛んなところである。
 さながら カトマンズの母親を見ていると 大地に根ざした母神のようでもある。
 農民や村から出てきた人々ほどその傾向が強いようだ。
 教育程度は高くなくても 母親として何をすべきかを本能的に知っているのである。
 子供を抱えている母親は満ち足りた表情を浮かべている。
 自分の母親としての本能を信じることの出来なくなった先進諸国の母親より
 はるかに豊かなものを感じる。
 自分の母親が 自分を育てたようにわが子を育てる。
 子育てを惑わせるような余計な教育書やマスコミの情報など必要ないのだ。
 素朴に感じるままに子供を育てているだけである。

 たとえお金がなくても 満ち溢れる母親の愛情は 豊かなものを子供に与えていく
 だろう。
 フラストレーションに悩まされる日本の母親とは 大違いである。
 子育てが 当たり前に正常に行える社会が 正常な社会である。
 今の日本の母親は 様々のフラストレーションを抱え、たくさんの不安を抱えている。
 これでは当たり前に子供に接することも出来ないだろう。

 親子の間に慈愛に満ちた愛情が育たなければ、子殺し、親殺しは跡を絶たないだろう。
 今の日本の現実をネパール人が見れば、幸福であると感じるだろうか。
 ネパール人は 日本製品を見て、日本の高層ビルを見て、日本の物質的な豊かさを見て、
 日本に憧れを抱いているが、彼らが日本社会の中に置かれた時に 満ち足りた思いで
 子育てが出来るだろうか。


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 ネパールで1番重要な関係は 血族関係である。
 多くの民族、様々のカーストを含むネパールでは 血族だけが信頼に値するものと
 いってよいだろう。
 子供たちを見ていても 日本の子供たちに比べると 兄弟や親戚の子供同士の情愛は
 濃厚だし、親たちの血族とのつながりの深さを手本にしながら、子供たちも育って
 いくのだろう。
 親たちの兄弟の子供たち同士も 日本で言えば 従兄弟ということになるが、
 ネパールでは 兄弟、姉妹のような呼び方をする。
 「僕の弟、お兄さん」「私の姉、妹」と言われても 同じ親から生まれたのかどうかを
 確かめる必要がある。
 この辺の関係までは 何かことが起こったときには助け合いの対象になる。

 幼い兄弟姉妹を見ていても 日本とは違う深い情愛のようなものを感じてしまう。
 姉や兄が 弟や妹の面倒を見るのは当然と言う姿がそこにはある。
 ネパールでも財産やお金が絡めば 争いになることもあるが、日本のように殺人まで
 発展したという話は あまり聞かない。

 貧しいもの同士、争いよりは協力し合うことの方がはるかに大切なことだし、
 これがなければ、貧しいものたちはネパールでは生きていけない。
 こうした血族関係の深さが 政治的にも社会的にも混乱している中でも 人々の
 心の安定を保っている秘訣なのだろう。

 日本では 兄弟は他人の始まりと言うくらいに すっかり薄くなってしまったが、
 それ以上に薄くなってしまったのは親子関係なのかもしれない。
 親が兄弟同士の情愛を育てることが出来なくなっているのである。

 カトマンズの中の貧しい人たちの住む地域を歩いていると、幼いもの同士が
 肩を寄せ合い支えあっている姿を見ることが多く、ほっとするところがある。
 むしろ中産階級と呼ばれる子供たちの方が 兄弟、姉妹といっても素っ気ないものを
 感じる。

 人間、貧しい生活の中で 何が大切で 誰が 自分たちを助けてくれるのかを
 貧しい人たちは 金持ち以上に 本能的に知っているのだ。
 そういう意味では カトマンズのほうが 日本よりはるかに正常な社会と思える。
 だから、ネパール人の貧しい暮らしを見ていても、その中に生きる子供たちの姿を
 見ていても不幸という感じがしない。
 むしろ、何が大切なことかを忘れて生活している日本人の方が 余程不幸に
 見えてくる。
 もう日本人は 動物が持っている自然の感情、本能というものが 
 壊れかかっているのではと思えてくる。

 カトマンズで 子供たちの幼いものへのかかわりや表情を見ていると、
 動物としての人間の大切なものが充分に機能していることを感じる。



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 カトマンズの貧しい庶民の子供たちは 何かしら家での仕事を受け持っている。
 朝夕の水汲みは子供たちの仕事だし、農民カーストの子供であれば、畑からの作物を
 路上に並べ、売ったりもする。
 路上での商いをする親のそばにいてその手伝いをすることもある。
 掃除、洗濯、食後の後片付け、年相応に様々の仕事を覚えていく。
 貧しく生活に終われる親たちの生活の中では、子供たちは大切な生活の担い手である。
 女の子たちは 男の子以上に親の仕事を手伝うことが多い。
 文明の利器に囲まれた日本の親や子供に比べれば、はるかに生活力を持った適応性の
 ある人間が育つだろう。
 親とともに家事をこなしていくことで 親子の絆も確かなものになるだろう。
 親であるから、偉いのではなく、親は自分より優れた生活者だから偉いのだという
 認識も深めていくだろう。

 勉強と遊びだけに明け暮れる中産階級以上の子供たちに比べれば、はるかに生活力を
 身につける庶民の子供たちであるが、このネパールでは身体を使った労働は評価されず、
 賃金も安い。

 インドからやって来た子供たちなど、手伝いといったレベルを超えて、自分の生活の
 糧を稼ぎ出すといったたくましさである。
 1日中 綿菓子を担いで売り歩く子供、野菜市場で大人に混じって大声を上げて
 野菜を売る子供、もう1人前の生活者の風貌である。
 カトマンズに生活の基盤のない子供たちの仕事といえば、廃品集めである。
 ビニール、空き缶、ペットボトルとお金になりそうなものを集めては 
 換金して 空腹を癒している。

 子供に夢のある生活などと 先進諸国の識者たちは 口を揃えて声を上げるが、
 それは先進諸国と発展途上国との社会構造の違いをしっかりと認識していない者の
 戯言に過ぎず、そんなことを信じていては、大人になれば、たちまち生活に困って
 しまうのである。
 先進諸国に住む子供たちに 大人たちはどれだけの豊かな生き生きとした未来を
 保障してやれるのだというのだろう。
 子殺し、親殺しの横行する日本に比べれば、ネパール社会の方が 貧しくても
 もっと正常な姿のように思えるのは私だけだろうか。

 貧しい庶民の子供たちにとって 何よりも必要な能力は たくましい生活力であり、
 自らを護る能力である。
 手伝いや仕事は確実にその能力を養ってくれる。
 中産階級以上の家庭の子供たちのようにいつまでも親のすねかじりというわけには
 行かない。
 とにかく食べていくための力を養う必要があるのである。
 こうした生活をしている子供たちが 子供らしくないのかといえば、そうでもないのだ。
 むしろ、私立学校に通う中産階級上の家庭の子供の方が余程 小憎らしい子供が多い。
 親が傲慢であれば、子供が親に似て傲慢になるのも当然のことだ。
 家の仕事は すべて雇い人に任せ、洗濯も掃除も食事の用意さえ、使用人任せの家の
 子供がまともに育つとは 到底思えないし、貧しいものに温かい目を向けるとも
 思えない。
 それがネパールの現実であり、ネパールの支配階級の姿である。
 政治を牛耳るバウン族、チェットリ族の生活姿勢でもある。
 それが ここ300年のネパールの歴史なのである。
 富を奪うものと奪われるものとの軋轢の歴史でもあったのだ。

 その国の歴史や社会構造を理解することなく、先進諸国の理想や価値観を押し付ければ、
 この子供たちの真の姿は見えてこない。
 日本は同じアジア人でありながら、東南アジア、南アジアの人々の生活からあまりに
 かけ離れ、同じ地平に立つことができなくなっていることを自覚する必要があるだろう。
 日本人にとってはこうしたアジアの国より、ヨーロッパやアメリカの方が余程近く
 なっている。
 しかし、どうあがいてもアジア人である日本人は ヨーロッパ、アメリカの人々の
 中には入っていけないだろう。
 うわべだけを真似れば真似るほど、自分を支えてくれる文化からは遠ざかっていく。


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 カトマンズの街の子供たちは 一人ぼんやりと時間を持て余していることはない。
 少なくとも貧しい庶民の子供たちはそうだ。
 生活に余裕のない庶民の子供たちは お金のかかる寄宿舎制の私立学校に通うことなど
 到底 無理な話で、授業料の安い私立学校か、公立の学校に通っている。
 学校が終われば、あるいは土曜日の休日は 路上や広場は彼らの遊び場となる。

 自転車は まだ子供たちの憧れの的だし、ボール遊び、ビー玉、昔ながらの遊戯も
 まだ色あせていない。
 計画停電の中のカトマンズ、テレビもコンピューターゲームも駆逐され、
 路上や広場に群がる子供たちの数も増えたようにも感じる。

 中産階級を気取る小金持ちの親たちは 小さい時から、子供の遊び仲間の選択を
 しようとする。
 カトマンズのチェットリ族、バウン族の親たちにはそうした傾向が強い。
 小さい時から、子供を狭い世界に閉じ込め、多くの民族、カーストのネパール社会で
 他民族と交流しようとはしない。
 私が住んでいる家の大家の家族もそうである。
 そのため、こうした家族の子供たちは 生活力のない幅の狭い人間に育つ。
 友達関係もきわめて狭い。

 こうした人間たちが ネパールの中枢を牛耳っているのだから、民族融和政策など
 口ばかりで 生まれては来ない。

 子供たちも4,5歳を過ぎると 格差社会の中に組み込まれていく。
 まともな公教育制度を持たないネパールでは、金持ちはレベルの高い私立学校へ、
 貧乏人は授業料の安い私立学校か公立学校へと振り分けられていく。
 公立学校だって、学校によっては 制服・副教材にお金がかかり、どこの公立でもと
 いうわけには行かない。

 私立学校では 幼児部 就学前期 小学校、中学、高校という形になっており、
 SLC(高校卒業資格試験)に向けての受験教育が幼児期から行われる。
 ただただ、記憶重視の詰め込み教育が行われ、SLCの試験の結果が学校の良し悪しを
 判断する基準になる。
 このSLCの試験に合格しない限り 大学への進学は出来ない。
 ネパールでは 教育の機会均等など どこにもないのである。
 貧しい庶民の子供が 高い教育を受けることが出来るというのは 遠い夢のような話だ。
 カトマンズの教育の大半を私立教育に頼る現状では 教育の機会もお金しだいである。

 そんな厳しい現状の中でも 貧しい庶民の子供たちは 仲間との生き生きした遊びを
 楽しんでいる。
 彼らの唯一の財産は 仲間とつながる能力である。
 この能力こそが 彼らの生活を 社会を変えていくための希望である。
 この希望が大きく膨らみ、現実を変えていく力に変っていくことを願うばかりである。


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