カトマンズ 生き抜く人々

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 バグマティ川の岸辺にある共同水場で洗濯をしている間借り住まいの人々の様子を
 眺めていると、仲のよさそうな三人家族がやって来た。
 いろいろ話していくうちにわかったことは 彼らは出稼ぎにカトマンズにやって来、
 カトマンズの建設現場で夫婦ともに働いている、そして一人娘は9年生、日本で言えば、
 中学3年生で、来年は高校卒業資格試験(SLC)の年に当たる。
 娘は父親から色の白さと母親の賢そうな控えめな風貌を受け継いだようだ。
 夫婦二人して働かなければ、カトマンズでは生活できない。

 だんなはネワール族、奥さんはマガール族という異民族同士の結婚である。
 二人の出身地は南ネパールのタライである。そこで出会い結婚したと言っている。
 ネパールでは 異民族間の結婚はまだまだ少ない。カースト、宗教の問題が絡んで
 くるからだ。
 つい20年ほど前なら、ネワール族と他の民族が結婚するということになれば、家族・
 親戚の猛反対に合い、それでも結婚すると 2度と再び家の敷居を越えることが
 出来ないということもあったようだ。
 ネワール族は昔からカトマンズ盆地に住みついている民族であるが、商いのために
 各地に散らばっていった人たちも多い。
 主だった地方のバザールにはネワール族の人たちが多く住み、商いを営んでいる姿を
 良く見かける。
 何代にもわたって地方に住み続けているうちにネワール語を話せなくなった人も多く、
 ネワール語の話せないネワール族を同じネワール族であるとは認めない傾向が
 カトマンズのネワール族には少なからずある。

 しかし、本来ネパールは異民族同士の結婚が頻繁に行われたはずである。
 カトマンズ盆地においても、キラティ王国、リッチャビ王国、マッラ王国の時代まで
 チベット、インドとの交流も盛んで、文化、勢力を広げていくために異民族間の結婚が
 頻繁に行われたはずだ。
 それが、マッラ王朝のジャスティティ王の時代にインドと同じカースト制が
 取り入れられ、身分制度は固定され、その後のゴルカ王朝もカーストによる身分制度の
 固定化を図った。

 インドのイスラム勢力に押されて、西ネパールに入り込んできたゴルカ王朝の祖先
 トックリー・チェットリ族もネパールに入ってきたときには、先住民族との結婚と
 通して、ネパールに定着しようとしたはずである。
 北方から入ってきたトックリー・チェットリ族は、北方系民族と混血し、
 ボテ・トックリー、マッラ・トックリーとなったと言われている。
 チベット貿易で名を馳せたタカリ族も トックリー・チェットリ族と北方系の
 ネパール人との混血によって生まれた民族でないかという説もある。

 異民族間の結婚、異文化の統合は 豊かな文化を作り出す。
 ネワール盆地で栄えたマッラ王朝も異文化との交流・吸収を通して、栄え、
 異文化を持つもの同士の通婚も大いに行われただろう。
 しかし、カースト制を取り入れたジャスティティ王の時代を頂点として、社会は固定し、
 流動性を失い、隆盛を誇ったマッラ王朝も衰退していくのである。
 その後のゴルカ王朝も同様にカースト制を取り、固定的な身分制度を作り上げ、
 人々から意欲を奪い取ってしまった、それが現在のネパールの発展を妨げる大きな
 原因になっている。
 こうした固定的な身分制度、カースト制度を取り除かない限り、ネパールの発展は
 ないだろう。

 この家族のように異民族間、異なったカースト間の結婚がどんどん増えていけば、
 本当の意味でのネパール人という民族、国民が生まれてくるだろう。


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 バグマティ川にかかる黒い鉄製の吊橋をわたり、川辺のシバ寺院の石造りの神々の像を
 眺めながら、ゆっくりと歩を進めていくと、寺院の敷地を出たところに、粗末な工房が
 あった。
 何の工房かと 中を覗きこんでみると、工房の片側では、サリーにミシンを使って、
 刺繍を施している。工房の中央には、サリーの刺繍用の畳一畳分以上の大きさの刺繍の
 台が置かれ、子供たちが刺繍に励んでいる。
 アリ刺繍という器具を使っての刺繍である。
 この手法は、インド カシミール地方、ラジャスタン地方でよく使われる。
 古い時代にパキスタン辺りから持ち込まれた刺繍方法であり、ラジャスタンでは
 伝統的な民族靴にも使われている。
 その技術が布にも応用されたようだ。

 その工房の主人は、インド ウェストベンガル州の州都 カルカッタからやって来て
 いる。子供たちの顔を見ても、インド系の顔つきである。
 カルカッタは、サリー刺繍でも有名な街である。
 刺繍のほとんどは、イスラム教徒の仕事だ。
 売るのは、ヒンズー教徒のマルワリ商人である。
 以前 カルカッタを訪れた時に、サリー刺繍を探しにブラー・バザールの中を
 歩き回ったことがある。
 ブラー・バザールは、カルカッタ最大の市場である。ここに来れば、
 ないものはないといわれているくらいの巨大市場だ。
 その中をうろつきまわりながら、やっと見つけたが、すべて化繊サリーに刺繍が施されており、
 げっそりしたことがある。
 特別な注文がない限り、シルクサリーには刺繍を施さないようだ。

 近頃では、こうしたカルカッタからやって来た親方が、カトマンズでも刺繍サリーの
 仕事を請け負うようになってきている。
 ネパール人の嗜好に合わせた刺繍サリーが作り易いこともあるのだろう。
 カトマンズ郊外の村々でもサリー刺繍に励んでいる村人を見かけることがよくある。
 ネパール人の趣味に合わせた刺繍サリーは、光物を多く使い、私の趣味ではない。

 ここで仕事をしている子供たちはかなりの熟練工のようだ。その仕事ぶりでわかる。
 アリ刺繍という単純な作業の刺繍であるが、熟練工とそうでないものの刺繍の出来
 上がりには、その仕上がりには、天と地ほどの違いがある。
 こうした集中力は、どういうわけか、イスラム教徒が優れている。
 こうした集中力のひとかけらでも、ネパール人にあればネパールの布工芸も発展する
 のだが、これに匹敵するのは、ネパール帽 トッピに使われているダッカ布ぐらいのものだ。

 巷に浮浪児のたちのあふれているカトマンズであるが、こうした仕事の訓練を施していけば、
 ネパールの新しい工芸文化の始まりにもなると思うが、ネパール人は根っからの怠け者 根気が
 続かない。
 インド工芸文化の伝統の力、根気のある精神力は、
 一長一短に作られたものではないのだ。
 ライ、リンブー族のような集中力のある民族もいることにはいるが、政府が工芸に
 無関心なネパールでは育ちようがない。
 バウン、チェットリ族は注文する側で、ものづくりの人間ではない。
 そんな人間たちが、このネパールを牛耳っているから、ネパールの工芸の発展はないのである。


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 街中を歩いていると、インドから出稼ぎにやって来ている路上の物売りたちを
 見かけることが多い。
 南ネパールのインド・ネパール国境辺りにも多くのインド系ネパール人もいるから、
 尋ねてみないことには、ネパール国籍なのか、インド国籍なのかはわからない。

 インド国籍の路上の物売り、路上の床屋、路上の串焼きの水牛肉を売る人たち、
 彼らは、インドで最も貧しい州であるとされているビハール州からやってくる。
 未だに大地主制が残り、インドでも保守的な州だ。
 地主と小作人の争いが絶えず、騒動が持ち上がると、地主が ギャングを雇い、
 小作人の村を襲撃させ、村人を殺戮するという事件もよく耳にする。
 今でもダコーツと呼ばれる山賊集団があり、ネパール人、インド人の旅行者は
 ビハールを旅するときは、細心の注意を払う。

 そんなビハールで仕事を得ることの出来ないインド人たちがカトマンズに出稼ぎに
 やってくる。カルカッタに出るよりカトマンズに来る方が近いこともある。

 ネパール人が路上での物売り、行商を嫌がることから、彼らの仕事も 容易に
 見つけることも出来る。

 カトマンズのスンダーラあたりで水牛肉の串焼きを焼いて売っているのは、
 ビハール州のパトナ周辺の村からやって来たイスラム教徒たちだ。
 インドでは、水牛肉を食べるのはイスラム教徒たちで、ヒンズー教たちは食べない。
 このカトマンズでは、昔はネワール族と仏教徒の山岳民族だけが 水牛肉を食べていたが、
 近頃は、大半のネパール人が水牛肉を口にするようになっている。
 それだけに 水牛肉の串焼きは 商売になる。

 水牛肉の串を焼いているインドからのイスラム教徒の顔はなかなか立派である。
 インド全土を支配したムガール帝国の戦士の末裔たちなのであろうか。
 一見怖そうに見える彼らであるが、話しかけると 人懐っこい表情を見せる。
 キチャポカリの肉・魚市場の魚を売る人たちもイスラム教徒であるし、
 今彼らが串焼きを売っているあたりの肉屋も イスラム教徒である。

 路上の床屋たちもインド人である。インドとネパールを一年に何度か往復している。
 お金が溜まると、インドに帰郷し、再びカトマンズにやってくる。
 家族思いのインド人の一般的な姿だ。
 働くことを厭わないインド人、出来れば怠けてすごしたいネパール人とは
 大きな違いがある。

 路上の子供たちを見てもそうである。
 インドからやって来ている子供たちは、廃品集めをして生活しているが、
 ネパール人の路上の子供たちは、こじきをし、お金が余分に入れば、
 シンナーを吸っている。
 大人の姿が、子供の生活にもはっきりと反映しているのである。
 それは、自立していこうと努力をしてきたインドと 
 援助ばかりを頼ってきたネパールとの違いでもある。
 楽をして、儲けようというネパール人、これではいつまでたっても国の発展はない。
 路上の行商人、子供たちを見ても インド人たちのほうが一枚上手である。



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 カトマンズの繁華街を歩いていると、朝夕、道路を清掃している人々に出会う。
 タメルなら、タメルの商店主と月極めで清掃の契約をしている人たちだ。
 カトマンズのネパール人たちは、家の前、店の前にどんなにゴミが散らかっていても
 掃除をしようとはしない。
 通りの清掃は、自分の領分ではなく、月極めで契約している清掃人の仕事だと
 思っている。
 だから、彼らが賃金値上げのストライキ、あるいはゴミの捨て場所がなくなれば、
 たちまち、街には ゴミの山が至るところに現出して、あたり一面、生ゴミの臭気を
 撒き散らすことになる。

 カトマンズでは、ゴミの処理は大きな悩みの種である。
 カトマンズ郊外の村と契約してゴミ捨て場を確保しているが、ゴミを廃棄した後、
 必ず、土をかぶせるという約束でありながら、業者、政府のゴミ収集車は、
 その約束を守らない。
 そのためにゴミ捨て場周辺は 悪臭に悩まされることになる
 それに耐え切れなくなった近隣の村の住民たちが、ゴミを捨てることを
 拒否することがたびたびだ。
 そのたびにカトマンズは、至るところがゴミの山になる。

 月極めの清掃人たちは、決められた場所までゴミを運ぶだけで、そこから先は、
 ゴミ収集車を持っている政府や業者の仕事になる。

 タメル地区や繁華街で通りを清掃している人たちは、昔からの掃除人カースト 
 ポーレと呼ばれる人たちである。
 魚採りを生業にしながら、汚物の処理をする低カーストの人たちである。
 昔から川の近くに住んでいる人たちだ、
 火葬の際、そのあとの清掃もする。
 そのため、他のカーストの人たちから差別を受けてきた人たちである。
 戸外の清掃は、ポーレの仕事という考えがあり、他のカーストの人たちは、
 決して 手を出さない。
 出稼ぎで国外であればする仕事も、ネパール国内では決してしようとしない。
 朝夕に彼らが清掃したあと、どんなに通りが汚れても、誰も清掃しようとしないから
 カトマンズの街は、ゴミであふれているのである。

 彼らがいるから、少なくとも街がそれなりに姿を保っているにかかわらず、
 彼らに対する差別的な意識はあっても、感謝の気持ちはないのである。

 カトマンズ市民は 街を清潔に保つのは、自分たちの仕事ではないと思っているから、
 積極的に街の美化に参加することはない。
 なんとも困ったカースト制である
 誰も手を出さないから、彼らの仕事が成り立っているところもある。
 どんどん月極めの賃金の値段を釣り上げていけばいいと思う。
 そのお金を彼らの子供の教育に使えば、彼らの地位も上がっていく。

 人の嫌がる仕事を黙々とこなしていく彼らの仕事がなければ、街の清潔は保てない。
 カトマンズ市民は もっと彼らに感謝すべきである。
 カーストの低い人間だから、感謝する必要がないと思うのは 傲慢である。
 汗水たらして働き、社会に貢献している人に身分の高い低いはないはずだ。
 政治家や高級官僚になって、賄賂、汚職を繰り返している人間の方が、余程 醜い。
 どんな高級住宅に住み、自家用車に乗り、スーツに身を固めていたとしても、
 彼らの心の中は、清掃する人たちの扱うゴミより不潔であり、汚れている。


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 カトマンズの街の中を歩いていると、大きなズタ袋をさげ、せっせと廃品拾いに
 精出している子供たちを見かけることがある。
 顔つきを見るとインド系の顔つきの子供たちである。
 インド・ネパール国境近くのインド側から親や親戚と一緒にカトマンズにやって来た
 子供たちだ。
 インドで食べることが出来ないから、カトマンズにやって来る。
 しかし、技術もパスポートもない彼らにインド大使館の援助はない。
 大体 大使館というものは 貧乏人など用はないのだ。
 ネパール人ではない彼らには教育の機会もない。
 廃品集めをする親の手伝いか、自分のためのお金を、廃品を回収して、お金に買えて
 生活している。
 彼らにとって1番の敵は犬である。大きなズタ袋を提げて、犬の前を通りかかると
 街の犬たちは必ずといっていいくらい、彼らに吼えかかる。
 周りのネパール人の彼らに対する蔑みの気持ちを知っているかのように。

 カトマンズのテク橋一帯は、カトマンズ市民のゴミの集積場所だ。
 一旦、ここに集めてカトマンズ郊外の村にあるゴミ集積所に運ぶ。
 カトマンズ市のごみ収集車は、皆ここに集まってくる。
 集まって来るのは、ゴミ収集車だけでなく、そのゴミの中から、お金になりそうな
 ペットボトル、プラスティック製品、金物を拾い集める子供たちも集まってくる。
 それを区分けしている大人たちもいれば、買い上げる業者もいる。
 だから、カトマンズでは、日本のようにゴミの区分けをする必要はない。
 リサイクル可能なものは、彼らの手によって回収される。
 そして、インドから逃げ出し、カトマンズに生活の糧を求めてやってきた最貧層の
 インド人たち屋ネパール人たちの最後の砦である。

 このあたりは私の住んでいるところから、数分のところにある。
 時々の散歩コースにもなっている。
 ここには 人間のすべてを含んだ人間模様があるからだ。

 ゴミと流れ来る下水で、目も当てられないバグマティ川の岸辺には、廃品を集める
 インド人たち、ネパール人たち、スラム、寺院、火葬場、立派な住宅群と何でも揃っており、
 さながら、現世にある天国と地獄である。慈悲のない世界だ。
 仏も神もあったものではない。
 人間が生きていくことは、こうも過酷なものかと、圧倒されるばかりである。
 今日の食べ物を得るためには、大人も子供も関係なしに、お金を得る方策を
 考えざるを得ない。
 これはアジアの発展途上国なら、どこでも見られた姿だ。

 発展をしていないネパールにもこの波が押し寄せてきている。
 政治の怠慢からだ。その責任を問う国民もいなければ、真剣に地道に活動する政治家も
 いなければ、市民運動家もいない。
 皆、お金が手に入り易い場所、マスコミの話題に上り易い場所ばかりを求めて、
 貧乏人たちの方には、目を向けない。
 貧しいものたちは、どんな形でも生きていかなくてはならない。
 誰からも見放された中でも 大人も子供も生き続けていくより方法はないのだ。

 平和ボケした日本の援助団体には、こうした最貧層の姿は見えてこない。
 現在の日本の価値観、生活観からしか、ネパールの姿は見えてこない。
 そういった日本人に係わるネパール人も、如何に日本人からお金を引き出し、
 自分のものにしていくか、そのことばかりを考えている。
 そういう日本人は、お金目的のネパール人に体よく利用されてしまう。
 利用されていることすら、見えない。
 こんな中からは、真のネパールとの友好関係、共感は生まれてはこない。
 本当に援助を必要としている人たちの下へは、援助の手は届かない。
 ネパールの実情がわからぬうちは、簡単な気持ちで援助などと、手を出さない方がよい。
 逆効果にもなりかねない。


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