カトマンズ 生き抜く人々

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 午後 バグマティ橋の上から眺めたスラムに行ってみた。
 どんな人たちが 新しく出来たこのスラム住んでいるのか知りたかったからだ。
 パタン側からカトマンズに向かって橋を渡り、橋のたもとにある階段を下りて、
 スラムの中に入っていく。
 スラムの入り口付近には、インド系の顔をした女性と10歳ぐらいの子供が、
 竹を組み、作りかけた家の前に立っている。
 いろいろ尋ねてみると、インドからやって来たこと、家のための竹を買うのに
 百ルピーかかったこと、長男が働いており、この子は次男だと言う。

 少し先まで歩いていくと 12,3歳の少年が向こうから歩いてくる。
 バウン族(カーストの僧侶階級)のような顔をしているが、訊くと、
 タパ・チェットリー(カーストの武士階級)だと言う。
 ここの家を見にやって来たと言うと、自分も一緒に行こうと言うので、
 子供の案内係がついていれば、安心と一緒に歩き始める。
 家はどこと尋ねると、家の前まで行き、その前に立ってくれる。

 そんなことをしていると、どんどん子供たちが寄ってきて、
 自分の写真も撮ってくれと言いと始める。 
 中には、ここが自分の家だと、家の中を案内してくれる。
 ビニール造りの家の中を見ると、1DKになっている。
 入り口のある部屋は、かまどが設えられており、煮炊きできるようになっている。
 奥の部屋は寝室、子供たちが寝転がって見せてくれる。
 バンコクのスラムにも行ったことがあるが、バンコクのスラムは木造で、家の中に
 トイレもあり、雨露は充分に凌げるようになっていた。
 カトマンズのこの家は、まさにバラックで、竹で組んだ枠にビニールやズタ袋を
 張り合わせたものだ。

 3ヵ月後に始まるカトマンズの雨期には、さぞかし、苦労するだろうと思う。
 電気はなく、ろうそくの明かりを頼りの生活、地下水を汲み上げる水汲みポンプはあるが、
 食用には適さず、近くの共同水道まで汲みに行かなくてはならない。
 それでも子供たちにとっては 我が家である。
 家の前には空き地もあり、近所の子供同士で遊ぶことも出来る。
 子供にとっては、自由で楽しい場所だろうが、学校、食事、子供の安全のことを
 考える親にとっては 頭の痛いことが山積している。

 インドの売春宿のギャングを組んだネパール人が、ネパールの女の子たちをさらっていくと
 言う話もよく聞くし、臓器売買の話も耳にする。
 こういうスラムで生活する子供たちに付きまとう危険である。
 そんなことのないように、近隣で強い気綱をつくり、子供たちの安全を護ってほしいと思う。

 まだまだ表情の明るい子供たち、遠い未来には何が待っているのか、誰もわからない。
 片目のつぶれた幼い子供が、犬を抱えて写真を撮ってくれとせがむ。
 胸が痛くなる光景だ。
 財力のない私には何も出来ない。ただ現状を伝えるだけだ。
 ある種の無神経を装わないと、こんな場所には入っていけない。
 明るい子供たちの姿を見ていると余計にそのことを感じる。
 家に買えると、私の神経もぼろぼろになり、疲れ果てていることがわかる。
 何を好んで、こんな場所を歩き回っているのか、自分でもわからない。


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 今日も朝6時から10時までの計画停電だ。そして、午後2時から6時まで
 再び計画停電が始まる。日中は4時間だけ電気が来る。
 電気が来るのを家の中でぼんやり、待っていても仕方がないので 
 近くのバグマティ橋まで 散歩に出かけた。

 バグマティ橋はカトマンズとパタンをつなぐカトマンズの中で一番大きな橋であり、
 二本の橋が架かっている。
 一本の橋は、昔インドの援助の下に作られたが、造り方が悪かったせいか、
 12,3年前に傾き、中国の援助で修復された。
 そのときは、私もカトマンズにいて、あっと驚いたものである。
 この橋を毎日のように渡っていた。
 夜帰るときには 気がつかなかったけれど、朝見ると本当に傾いていた。
 もう一本の橋は日本の援助によって、造られたもので見栄えよく造られている。
 この二本の橋、一方通行で、古い橋はパタンに向かい、新しい日本の援助による橋は
 カトマンズ方面に向かう一方通行だ。

 昼間は新しい橋を渡り、暗くなってから古い橋を渡って家路に着くのが、
 私の生活のリズムになっている。
 今日は、古い橋からバグマティ川の上流を眺めてみた。
 なんと、そこには5ヶ月前にはなかったビニールを張ったスラムが作られていた。
 私のブログのコメント欄にカトマンズ在住の方から、バグマティの辺をみると、
 びっくりするよとコメントを頂いたが、何のことかわからなかった。
 バグマティ川の下流にも似たようなスラムがあったが、ここに移住してきたのか、
 新たに形成されたのかどうかはわからない。
 確かめてみる必要がある。
 竹が組まれ、新しく造られつつあるビニール張りのバラックも多く見られる。
 いきなりのスラムの出現には、全く 心底 驚いてしまった。

 そのスラムの前の川の中に入って、男と女がなにやら作業している。
 近くまで寄って、様子を見ると、川底の砂を岸辺に運んでいる。建材用の砂である。
 川の水は、黒いどぶ水に化し、臭い臭いすら発しているバグマティ川の水の中だ。
 男が砂をすくい、女の背負うドコ(竹製の入れ物)の中に砂をいれている。
 岸辺に砂の山が出来ていることを見れば、もう何度もこうした作業を
 繰り返したのだろう。
 春先の川の水、かなり冷たいらしく、上がってくると震えている。
 その冷たさに耐え切れなくなったらしく、男も女も岸辺に上がってくる。

 話を聞くと、ツルスリ、カトマンズから、80キロばかり離れた山の町から
 やって来た人たちだ。
 ツルスリはランタン方面のトレッキングの中心的な小さな町だ。
 タマン族の男女である。一日働いて2百ルピーぐらいにはなるようだ。
 再び建設ラッシュの始まったカトマンズでは、川砂はいいお金にはなるのだろう。
 ツルスリの村には、もう農地もなく、こうした仕事をする以外には食べていけないと言う。

 お金を右から左へと動かして金儲けをする人間もいれば、肉体を酷使して働く人間もいる。
 貧富の格差は、広がる一方である。
 用を成さないネパールの政治家たちの目には、スラムも肉体労働者の姿も見えてこない。
 この2年半のうちに、どれだけの政治家たちが カトマンズに土地を買い、
 家を建てたことだろう。
 こうしたことが、20年近くに渡って続き、ネパール庶民の政治に対する不信は
 増すばかりだ。
 ネパールに来て、ヒマラヤだ、世界遺産だと喜んでいる旅行者には、
 ネパールの現実は見えてこない。
 世界は一体どうなっているのだろう。
 選挙、選挙と騒ぎ、国連(UN)のランドクルーザーが バグマティ橋の上を走っていく。


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 すっかり春の装いになったカトマンズ、昼間の陽射しも随分強くなってきた。
 今日は午後1時から5時までの停電、今日は自転車には乗らず、歩いてカトマンズまで
 行く。
 家から通りに出て歩き始めると、二十歳にもならない女の子がレンガを運んでいる。
 カトマンズ郊外のバネパからやって来たタマン族の女の子たちだ。
 タマン族はカトマンズ近郊、ポカラ、ツリスリ辺りに多く、標高2千メートル当たりに住む
 仏教を信仰する民族だ。
 子供の教育に関心がないせいか、カトマンズにやって来ても肉体労働に従事することが多い。
 リキシャ、レストランの下働き、荷運びなどが主な仕事だ。
 タマン族の男は口が軽くて調子がよく、ちょっと信用できないところがある。
 タマン族の女たちは、男に比べるとしっかりしているようだ。
 レンガを運んでいる女の子たちを見ても 若い美空で頑張っているなと思う。
 カトマンズに住んでいる女の子といえば、おしゃれに精出し、力仕事などしない。
 この辺りは、学校、私立大学が多い地域だから、彼女たちもそんな同世代の女の子たちを
 眼にすることだろう。
 性格の良さそうな女の子たちだったから、彼女たちの心中が気にかかった。

 そんなことを思いながら、カトマンズとパタンを結ぶ日本の援助によって造られた
 バグマティ橋の近くに行くと、いつものようにとうもろこしを焼いているマガール族の
 女性が居る。
 5ヶ月前には、マガール族の老女がとうもろこしを焼いて売っていたが、知り合いのようだったので
 どうしたか訊いてみたら、彼女の母親で、今は 橋のすぐ下の野菜市場で野菜を売っていると言う。
 細々とした商いである。食べていくのがやっとだと思う。
 皆、カトマンズの外からやって来た人たちは精一杯生きている。
 近くに座り込んでいた年老いた女性も煎った豆類を荷車に載せて売っているようだ。
 しかし、生活に負けた顔はしていない。
 死ぬまで生きることを受け入れ、それまでは生きることに精を出すという自然な姿が
 感じられた。

 更に歩き続け、ラットナパーク近くまで良くと、ライ族の年老いた女性が、香辛料を
 売っている。
 実にいい顔をしている。ネパールでは珍しいぐらいのふくよかな顔である。
 生まれ故郷は、東ネパールのダラン、ダランといえば20年以上前に大地震があり、
 壊滅的な打撃を受けたところだ。
 地震の少し前に、ダランに行ったことがある。そして、ライ族の経営するホテルに
 泊った。
 そんな話をすると、地震の時は、ポカラにいたと言う。
 地震の時、私はカトマンズにいて、古い建物の最上階に泊っていた。
 カトマンズにもその地震の影響があり、窓から外を眺めると、建物が揺れており、
 この建物が壊れれば、そのときはそのときと、動かずベッドの上に座り込んでいた。
 下手に下に下りて行って、レンガの下敷きになるのも嫌だと思ったからだ。
 運良く何事もなかった。

 彼女の亭主は最近なくなり、一人になってしまったと寂しそうに話していた。
 仏のような立派な顔をした女性に、これ以上の不幸はないことを願った。

 カトマンズの路上に生きている人々は、顔には表さないが、皆、懸命に生きている。
 その日その日を食べていくためには、怠けるわけには行かないほど、
 カトマンズで生計を立てていくことは難しい。
 カトマンズの外からやって来た人たちは、皆 間借りである。
 働く以外に収入の道はない。
 家賃を払うことが出来なければ、今度は寝場所まで路上になってしまう。
 生きることは大変だなと思う。
 こんな世界の中で死ぬまで生きるというのは 忍耐が要る。


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 カトマンズでもバンコクでも 地方から都市にやって来た人たちは食べていくために
 何らかの仕事を探さなくてはならない。
 特に求人のないカトマンズでは、仕事を見つけ出すのは至難の技だ。
 教育があろうとなかろうと、同じことだ。
 へたに教育があると、上ばかり見て、路上での物売り、体を酷使する仕事は嫌がる。

 昔からのカトマンズの住民は、特にネワール族などは、土地と家を持っているから、
 住むには困らないし、店を出して商いをすることも比較的楽に出来る。
 しかし、山からやって来た出稼ぎの人たち、インドからの出稼ぎの人々は、
 部屋も借りなくてはならないし、店を出すだけの資金もない。
 そうすると、まず出来ることといえば、路上での小さな商いということになる。
 農閑期を利用して山からやって来て、何ヶ月か仕事をして、現金を持ち帰る人もいれば、
 山では食べることも出来ず、一家総出でカトマンズに移住してきた人々も居る。
 それは大人も子供関係ないのである。
 働き、食べる道があれば、子供だって働く。
 小さい時から働くことに親しみ、生きる力を身につけていくのだ。
 路上での学びは、学校教育に比べれば、したたかに生きることを子供たちに教えて
 いくことだろう。

 先進諸国から来た援助団体などは、働く子供の姿を見て、小さい時から働かされて、
 なんと可哀相にと思うらしいが、生きる知恵も力も身につけないまま、大人になれば、
 ネパールのような世界では、それこそ悲惨な結果が待っているのである。
 教育万能主義は そろそろ卒業しても良いのではと思う。
 きれいごとばかりを言うなと言いたくなってしまう。
 生半可な教育は人間を型にはめ、政府や企業にとって都合の良い人間を生み出していくだけだ。
 この頃の日本の教育についての様々な論議を聞いていても、一人一人が人間らしく生きると
 いうことよりも、企業にとって役立つ人間の教育が裏にあるような気がしてならない。
 世界で勝ち抜くための力を身につけるという言葉も、誰にとっての力と疑いの目を
 向けたくなってしまうのは 私だけだろうか。
 今の日本の企業に人間のためのという発想はない。
 世界で生き抜くためにというスローガンの下に、国民に不安を与え、安く賃金を
 抑えようとしているだけだ。
 その中で 人々が生き生きとした生活力を失っていることには 気がつかない。
 登校拒否、ニートが増えていくのは 必然の結果なのである。

 そんな企業の論理などからは関係なしに、生き抜いている路上の人たちだ。
 時には見回りの警察官に追われ、嫌がらせをされることもある。
 生きることに真剣にならざるを得ない。
 こうした生の生活力の中で育ってきた人々に、ぬるま湯の中で無批判に生活してきた
 日本人旅行者も日本のNGOもうまくしてやられるのは当然至極のことだ。

 カトマンズ庶民の入るレストランで働く子供たち、インド国境近い南ネパールのタライ地方から
 やって来て果物を売る少年、路上でボールペン、ライターを母親やおじいさんの教えのもとに売る
 子供たち、レストランや路上は、彼らにとって生きる学びの場だ。
 働いている限り、食べることは出来る、犯罪に向かうこともない。
 今は、カトマンズの学校は試験後の休みに入っている。
 親の目を逃れて、遊びほうけている子供も居れば、親、家族とともに路上の商いをしている子供も
 居る。
 矛盾の多いネパールで確実に生き抜いていく力を持つ子供はといえば、
 その答えは見えている。
 学びとは生きる力を身につけること、その実践の中にいる子供たちだ。
 足場のない教育など、このネパールに来れば、何の役にも立たない。
 日本という国が、何を失ってしまったのか、考える素材がこのカトマンズにはある。


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