ネパール パタン

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 今日は朝からよく雨が降った。外に出かけるにしても、泥濘は厄介だ。
 昼過ぎてから、雨も小降りになり、晴れ間ものぞいてきたので、パタン方面に出かけることに
 した。
 いくつか、パタンの仏教徒のサッキャ・カーストの人か、バジャチャーレ・カーストの人に
 尋ねたいことがあったのだ。

 パタンには、ビハールとバハールと呼ばれる二つの仏教施設がある。
 ビハールと呼ばれる仏陀の像を収めた寺院はバジャチャーレの管理のもとにあり、
 仏教徒の住んでいる広場の中にある。様々のサッキャ、バジャチャーレの人たちの
 仏教行事は、このビハールを中心にして行われる。

 一方、バハールは、通りに面したところにあり、仏陀を納めているが、建物はビハールと違って、
 三方に小部屋がたくさん並んでいて、昔は僧侶、僧侶見習いが そこで仏教修行でも
 していたような造りなのである。
 これらの建物は、サッキャの人たちによって建てられ、ビハールよりも歴史は古い
 らしい。
 たくさんのサッキャ、バジャチャーレの人たちに、このバハールと呼ばれる建物は 
 何に使われていたのか尋ねても、要領を得なかった。

 そこでバジャチャーレ、サッキャの多く住むバースカール・ヴァルマ・マハビハールのある
 広場に行って、詳しい話を聞いてみることにした。
 年寄りたちに聞けば、何かわかると思って、60歳過ぎの人たちに話を聞いてみたが、
 よく知らないらしい。
 一人のサッキャの中年の男性が、パタンの仏教に詳しいバジャチャーレの人がいると
 言うので、案内してもらい、その家に出かけていった。
 そのバジャチャーレの人といろいろ話すうちに、少し パタンのバハールの姿が見えてきた。


 最近、サッキャ族の人から、ラナ家独裁政治の時代に、カトマンズに住んで、仏陀の
 教えを説いていた多くの僧侶が、ネパールの外へ追放になったという話を聞いた。
 以前から、仏教徒の町、パタンにどうして僧侶の姿が少ないのかと気になっていたのだ。
 パタンの街の中には20近くのバハールがあり、あるものは手入れもされず、朽ちるままに
 任されているらしいし、あるものは、政府の学校として利用されている。
 外国の援助によって、復元されたバハールもある。
 その場所には訪れる人も少なく、信仰の体裁を成していないところが多い。

 しかし、ラナ家独裁政治の時代の前には、この場所が、仏教伝道の場所だったのである。
 サッキャ、バジャチャーレの人たちの住む広場にあるビハールはサッキャ、バジャチャーレの
 人たちのための寺院であるが、このバハールという宗教施設は、カーストにはこだわらず、
 誰でもこの場所で僧侶から仏陀の教えを聞くことが出来のだ。
 その生き生きした伝道の場が、失われて百年以上になるが、未だに仏教伝道の場として回復も
 していないし、復活の兆しすらないのが現状だ。
 ビハールと違って、バハールには サンガ(檀家のようなもの)の組織もなく、
 建物の維持すら難しくなっているらしい。

 古い昔は、すべての仏教徒に開かれていた伝道の場、バハール、この場所が復活して
 いかなければ、ネワール族の仏教も衰退していくだろう。
 仏教の教えの場も、学びの場もないというのが、現状だからである。
 人々は 形だけの祭儀、祭事は行うが、仏陀の説いた教えを深く知ろうという姿はない。
 サッキャ、バジャチャーレの人たち、農民カースト マハルザンの人たち、マナンダール、
 タンドゥカール、ウダースの人たちと数多くの仏教徒はいるけれど、皆 てんでばらばらで
 つながりはない。

 今一度、このバハールが、仏教徒たちの寄り合い所としての働きを成してほしいと思う。
 日本では、生きた仏教は失われ、死に掛けているが、このネパールなら、まだ再生の
 機会あると思う。



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 ラトー・マチェンドラナートを乗せた山車が動き出すまで、あたりを散策することにした。
 山車が止まっているあたりは、銅・真鍮の器を作るカースト タムラカールの人たちの
 居住区である。
 そこを過ぎると、今度は、仏教徒の高カースト サッキャの人たちが住む。
 時間つぶしにサッキャの人たちに話し相手になってもらう。
 この祭りの主役といえば、仏教徒のサッキャと農民カーストのマハルザンだ。
 サッキャの人たちは祭儀をする人という役割で参加しているだけで、祭りの担い手は
 マハルザンの人たちだ。
 山車を引いたりする人や、太鼓やシンバルを使った音楽隊はすべてマハルザンの人たちの
 役目である。
 マチェンドラナートは ヒンズー教の神様であるが、大々的に信仰するのは
 ネワール族だけである。

 私の勝手な思い込みであるが、昔からのマハルザンの人たちの土着の神様に、
 ヒンズーの神様の一人、 マチェンドラナートを重ねたのではと思っている。
 そんなことを思いながら、散策を続けていると、小さな1軒のネワール料理の店が
 眼に入ってきた。
 祭りの前の腹ごしらえに 卵入りバーラと水牛肉のカレー煮込みを食べた。美味である。

 再び山車の置いてある場所に戻ってみると、どんどん人々が集まり始めている。
 神様を乗せた山車が動き出す準備を始めている。
 近くの家々の窓に集まった人たちが、動き出すのを今か今かと待ちわびている。
 近くの寺院の境内も人だかりである。
 黒い制服を着た王宮からの兵隊が、笛を吹きながらやってくる。
 今度は、太鼓とシンバルを打ち鳴らしながら 農民カースト マハルザンたちの集団が
 やってくる。晴れ舞台の時である。
 その周りではマハルザンの男たちが踊りだす。
 太鼓をシンバルの激しいリズムの中で人々の心も高揚していくのがわかる。
 どんどん人は増え続け、山車の周り一帯はびっしりと人で埋まっている。

 山車を引く人たちは太い綱を握り、山車を引く準備が整う。
 そばにいた王宮からの兵隊が 旧式の銃で空砲を撃つ。
 1発目が、小さな音だったので、そんなものかと思っていると、今度は耳がじーんと
 なるような大きな音、その音を合図に山車は動き始めた。
 少し傾いたラトー・マチェンドラナートを乗せた山車、倒れやしないかと心配になったが、
 大丈夫なようである。
 それでも頭の中では、倒れたときの逃げ場所を確かめている。
 これだけ人が集まると逃げようもない。

 ラトー・マチェンドラナートの山車の後を ミムナートの山車が、ゆっくりと追いかけてゆく。
 カトマンズの華やかな祭りはたくさんあるけれど、路上で人々を楽しませる祭りは、
 ネワール族の祭りだけである。その中心は農民カースト マハルザンである。
 カトマンズ盆地に古くから住み着き、ネワール族の様々の文化を創り出してきた人たちだ。
 支配者になることなく、ひたすら大地とともに歩んできた人たちである。
 山車を引き、太鼓とシンバルを叩きながら、ラトー・マチェンドラナートを乗せた山車、
 ミムナートを乗せた山車とともに遠ざかっていった。


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 昨日は パタン最大の祭り ラトー(赤い)・マチェドラナートの祭りを見てきた。
 祭りの始まりの日、一昨日もパタンにはいたのだが、見逃してしまった。

 カトマンズ盆地の中では、水・天候の神様 マチェンドラナートの祭りは二つある。
 1つは セト・マチェンドラナートのお祭りで、カトマンズで行われるもの、これは、
 1ヶ月前に終わった。今年は山車が、近くのマイクロバスに倒れ掛かり、何人かの
 負傷者を出した。
 山車が倒れると、その年は縁起のよくないことが起こると言われているが、このセト・
 マチェンドラナートの山車は倒れることが多いようだ。

 ラトー・マチェンドラナートの祭りを見に行くということで、近所の人間に 
 「今 山車はどこにある?」と尋ねると、
 「パタンのスンダーラにある」と教えてくれる。
 「そこに行くには、どうすればいいのか」と再び、尋ねると、
 ラガニケルからが近い、モンゴルバザールから近いと、はっきりしない。
 どっちでもいいやと思い、早く来た乗り合いテンプーに乗ればよいと決めて、
 通りに出ると、ラガニケル行きの乗り合いテンプーがやって来た。
 乗っている乗客に 
 「マチェンドラナートの山車を見るには、どこで降りればいいか」と尋ねると
 ネワール族の中年の女性が、自分も近くまで行くから、教えると言う。

 テンプーを降り、二人で一緒に歩き始めると、5分もしないうちに山車が見えてきた。
 山車が置かれていたのは、いつも歩いているタムラカールの居住区で、銅製品が数多く
 売られている場所で、モンゴルバザールのすぐ近くだった。
 正解は モンゴルバザールだった。

 パタンのザウラケルから運んできた山車が 再び動き始めるのは、夕方の4時過ぎから
 ということだ。2時間の待ち時間がある。

 人々は山車に鎮座している赤いマチェンドラナートの功徳を得ようと、賽銭・米を
 投げ入れ、そのお返しに、マチェンドラナートの神様を飾っている花々の一片を貰い受け、
 頭に飾っている。

 山車の上にいる人たちは、パタンの仏教徒の高カーストのサッキャやバジャチャーレである。
 お参りに来る人たちのためにプザ(祭儀)を執り行っている。
 山車が動き出すまでののんびりした光景である。

 この祭りにはラトー・マチェンドラナートの神様に寄り添うようにして、
 一緒に練り歩くミムナートと呼ばれている神様の小ぶりの山車もある。
 マチェンドラナートの神様が、田畑に雨を降らせ、安定した天候を与え、農民の作物に
 恵みを与える神様であれば、ミムナートの神様は、命を与える神様である。
 これらの神様はネワール族の神様で、バウン族、チェットリ族からすれば、
 重要な神様ではないと言う。
 農耕民族であるネワール族にとっては、大地に命をもたらし、そして、雨と安定した天候を
 もたらす二つの神様は、彼らの信仰の理にかなっている。
 バウン族、チェットリ族のインドからのヒンズー教の焼き直しで 形式的な儀礼のみの
 信仰に比べれば、余程生き生きとした信仰の有様である。
 千年以上にもわたるネワール族の歴史が 祭りには凝縮されているのだ。
 自らの王国をゴルカ王朝に奪われてから、240年、途切れることなく祭りを続けて
 きたネワール文化の底力が感じられるのである。

 まだ2時間 山車は動き出さないので、それまであたりを散歩することにした。


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 昨日は久しぶりにパタンの旧市街に行ってみた。
 パタン・ドカ行きのバスがやってきたので そのバスに乗ってパタン・ドカへ向かった。
 いつものようにパタンの門をくぐり、旧市街へ入っていく。
 そこから歩いて5分くらいのところに、私が気に入っている石造りのチャディ(仏塔)  
 がある。
 その中に刻まれている仏陀の像には品があり、彫り手の深い信仰を感じることが出来るものだ。
 ネワール族の農民カースト(ダンゴール)が住んでいる集落の中にあるチャディだ。
 どのくらい古いものか ここに住んでいる人に尋ねてもわからない。

 このマハルザンの住む集落は 1つの家系から出発して、何百年も経るうちに大きくなったものだ。
 だから、この集落に住む人々は、濃い薄いはあっても、血でつながっている。
 一番重要なものは、祖父母、兄弟、叔父叔母、息子・娘、孫の家族である。
 こうしたものをグティ(共同扶助組織)と呼んでおり、子供の宗教通過儀礼 バルタマン、
 葬儀などのときに助け合う。
 その次には地域住民で構成するグティがあり、これは祭りの運営、地域の問題を
 解決していくためのものだ。
 家族単位のグティと集落全体のグティの二つに人々は属している。
 祭りの中心的役割を果たすマハルザンでは、祭りの多いネパールにおいては、
 集落全体の共同作業は大変多いし、それが地域のつながりを深める力にもなっている。

 ここにある石造りのチャディは集落全体の仏教信仰の中心になっている。
 集落の仏教信仰の象徴的な存在ではあるが、彼らは各家の中に、守り神を持っており、
 これは、一族以外のものに見せることは許されない。
 この守り神はヒンズーの神のようではあるが、土着の神とヒンズー教の神とが
 融合したようなもののように思われる。
 家の守り神のようのものだ。どこかで、タイのピー(精霊)信仰にもつながるような気もする。
 この家の女が結婚しても、彼女の夫にこの守り神を見せることは許されないが、
 家に迎えた嫁は、家族の1員になり、見ることは許される。

 今日はパタン最大のお祭り、ラトー・マチェンドラナートの祭りの始まりの日である。
 そのことをこの集落の男性から聞かされた。
 この祭りの始まる前には、ブット(お化けのようなもの、人に取り付くと災いをもたらす)、
 ラッチェス(魔物)に108匹の魚、108匹の鶏、108個の卵、羊、山羊などを
 捧げなくてはならないという。
 その後でないと、祭りを始めることは出来ないと言う。
 社会の安定、作物の豊穣を願うマチェンドラナートの祭り、災いを成す可能性のあるブットや
 ラッチェスにも敬意を表すのが目的なのだろう。
 ネワール族の昔から伝わる神々は、善も悪もなす凶暴な神々である。
 おろそかにすれば、たちまち凶暴な神へと変貌してしまうのだ。
 気候の変化によって一喜一憂する農民の生活の中では、天候は神の存在そのものである。
 人々の心に安定を与える仏教信仰と 絶えず敬い怒らぬようにいさめる土着の神への信仰が
 並存しているところにマハルザンの信仰心の面白さ、興味深さがある。

 眼を集落の中に向けると、年老いた女たちが座り込んでいる。
 その中に90歳になり、あと5年生きることが出来れば、四度目のジャンクーを
 迎えるという女性がいる。寝転んで他の年寄りたちの話を聞いている。
 ジャンクーという儀式は 最初は77歳から始まり、二度目は81歳、次は84歳、
 四度目は95歳になった時に行う長寿を祝う儀式である。
 その齢になった老人たちを担いだり、特製の乗り物に乗せて親族で街の中を練り歩く。
 年を取るたびに人は神に近づいていくと言う。
 別の場所には、ジャンクーにはまだまだ間のある中年女性集団が座り込んでいた。


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 パタンの旧市街には ネワールの仏教徒カースト サッキャ、バジャチャーレの人たちが、
 サンカ(日本の檀家のようなもの)のメンバーになっている15のマハビハールが
 あることは、前回話した通りだが、サッキャ・カーストの人たちが多く住む地区に
 大半のメンバーがサッキャ・カーストの人たちであるマハビハール ルドゥラヴァルナ・
 マハビハールがある。
 ここでもサンカのメンバーの男であれば、一生に1度 15日間 このビハール(寺)に
 篭る必要がある。
 大体の34歳前後のときに順番が回ってくるようになっているようだ。

 このマハビハール、あの有名なゴールデン・テンプルに対抗するように存在しているようであるが、
 寺の中に置かれている像などを見ると、仏教的な雰囲気が損なわれているようにしか思われない。
 仏教寺院というより ヒンズー教の寺院に近い雰囲気がある。
 どこかからか寄付されたというライオンの像、フライング・ホースという山羊のような
 薄気味悪い動物の像、あの悪名高いラナ専制時代の首相の銅像、何かちぐはぐな感じなのである。
 寺そのものはリッチャビの時代に建てられた古いものなのであろうが、時代の変転、
  支配者の交代にあわせ、その都度、いろいろなものを付け足していったという姿だ。
 だから、この寺の中にいても落ち着いた気分にはなれない。

 15日間、この寺に篭るためにこの寺にいる男も、着ているものは普段着だし、
 朝夕の祭儀の際には、別のものを身につけるという簡素さである。
 修業的な意味合いより、寺の警備に来ているといった様子だ。
 15あるマハビハールもサンカの運営、考え方によって、その修行の仕方もいろいろなのだろう。

 ネパールの仏教といえば、主にタマン族、シェルパ族などの民族が信仰するチベット密教、
 そしてネワール族の信仰するテラワーダ仏教の二つがある。
 チベット密教などは ラマ僧が中心になって民衆の間に信仰を広げ、民衆の間で広まって
 行ったようだ。

 しかし、古い歴史と文化を持つネワール族の中では、仏教は特権階級のものにとどまり、
 大きな広がりを見せていない。
 本来 ネワール族のサッキャ、バジャチャーレが仏教の布教に努める必要があると思うが、
 彼らのサンカという組織は、彼らだけが所属することを許し、他のカーストの人間を受け入れない
 という閉鎖的なものである。
 ネワール族の中にも農民カーストのマハルザン、ウダースと呼ばれている職能カースト
(トゥラダ、シルッパカールなど)、マナンダール(菜種油の製造に従事)など多くの
 仏教徒がいるが、祭儀の時にバジャチャーレを呼ぶくらいで、彼らの中で、サッキャ、
 バジャチャーレが仏教の教えと伝える中心的な存在になってはいないようだ。

 それは1つには、サッキャ、バジャチャーレが仏教の持つ平等思想を正しく理解せず、
 ネワール族の仏教のなかに カーストのような身分制度を設け、自らを仏教徒の特権階級に
 仕立て上げてしまったからだ。
 そして、仏教思想を深めることなく、彼らの祭儀の中に仏教を押し込めてしまったことにもある。
 習慣的には、サッキャ、バジャチャーレは彼らのカーストの中だけで結婚し、
 他のカーストの人たちとは結婚しないし、家の中に低カーストの人々を受け入れることもしない。
 こうした彼らの生活態度は、仏教の布教とは無縁のものである。

 又、ネパールでは、長く修行したテラワーダ仏教の僧侶も少なく、その役割は、
 非常に狭い範囲内にとどまっている。
 何年にもわたって修行した僧侶の仏教に関する知識が生かされる機会が少ない。
 そのために正しく仏陀の教えが伝わっていく機会も少ない。

 仏教徒でありながら、ヒンズー教の神も信仰するというおかしなことも起こる。
 仏陀は他の神々と同じ価値を持つ御利益のある神々という存在になり、仏陀の説いた
 教えはどこかに行ってしまう。
 ダサインというヒンズー教のお祭りでは、ヒンズー教徒と同じように、動物を殺し
 生贄を捧げるという仏教では受け入れることの出来ないことを、バジャチャーレ、サッキャの
 人々が行うということすら起っている。
 そんなネパールのネワール族の仏教社会である。


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