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ネパールと係わりを持つようになってから25年になる。
最初の3年はネパールとインドを往復し、ヴィザの延長を繰り返しながら、住み続けて
いた。
その後は、ネパールのヴィザのルールも変り、ツーリスト・ヴィザでは、年間5ヶ月が限度のなり、
年間4,5ヶ月すむことを目安に居座り続けてきた。
今住んでいる場所を借りて、住み始めて15年以上になる。
実際正確に何年住んだのか、定かでないくらいだ。
引っ越してきた時、小学生だった大家の息子も今では26歳になっている。
私の住んでいるところの大家はチェットリ族である。
その前はネワール族の大家でそこには、4年近く住んだ。そのネワール族の大家も、
つい先日亡くなった。
私にいろいろなエピソードを残してくれたちょっと変わって大家だった。
それば、ブログの中のエピソードのカテゴリーの中で書いた。
25年経っても、日本人の私からすれば、理解しがたいことも多い。
こうして、長くネパールに住み着くと、大家との係わりも深くなり、その家族を見ていると、
まるでネパールという国の縮図を見ているような気持ちになってしまう。
今のところに越してきた当時は、2階が出来上がったばかりで、大家は1階に住んでいた。
大家の家族は中学1年の長女、小学5年の長男、大家夫婦と、だんなの父親、
奥さんの父親の6人家族だった。
だんなはネパール航空の会計の仕事をしており、年に1度ネパール航空から配給される
無料航空券で夫婦して香港、バンコクに行くのが楽しみの一つだった。
そのだんなも13年前、癌でなくなり、大家は家賃収入だけで生活している。
そもそもこの家も、奥さんの父親が一人暮らしだったことから、奥さんの父親が
一緒に住むということで、パタンの郊外の土地をすべて売り払い、建てたものだ。
土地を売り払ったお金の残りで、近くにもう1軒 賃貸しのための家屋がある。
今の住んでいる建物は、3階建て半で4階部分に奥さんの父親の部屋が一部屋ある。
家賃収入はすべて奥さんのもので、父親は1銭も手にしない。
以前はインドでトラックの運転手をしていたが、彼の両親が年老いたということで、
カトマンズに帰ってきた。
そして、政府の大臣付の専属運転手の仕事を20年近く勤め、今は、そのわずか
ばかりの年金が彼の収入のすべてだ。
この奥さんの父親という人、まことに良くできた人で、ネパール人には珍しいくらい
欲のない人である。もう85歳に手が届くが、家のごみ捨て、鉢植えの草花の水遣り、
政府の水道水が来る時はモーターで水を汲み出すといった具合で 体の動く限り、
なにかしら仕事をしている。
食事も自分で用意し、ロティと茹でた野菜に塩をかけて食べる完全な菜食主義者だ。
健康上心配なので、時々豆腐を買ってきて、彼に上げるようにしている。
今唯一の楽しみといえば、近所のヒンズー教のババのところに行って、宗教の話を聞くことだ。
ネパールがこんな人ばかりであれば、ネパールもさぞかし素晴らしい国になるのであるが、
こんな人物は、全くまれである。
何より いいのは謙虚であることだ。
この大家の家族の中で信用できる人間といえば、このおじいさんだけだ。
** 忘れないでね **
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