アジアの街角 一枚の写真から

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 夕方の4時近くなると 近所の私立学校の授業が終わり、たくさんの生徒たちの
 下校の姿を見かけることになる。
 カトマンズでは 子供たちの大半は 私立学校に行き、私立学校の授業料や
 お金のかかる補助教材を支払う余裕のない家庭の子供だけが 公立学校へと
 通うことになる。

 近頃は いくつかの施設のいい公立学校も出来てきているが、教師の見栄で、
 補助教材にお金をかけるようになり、それが負担になる子供たちは 施設は
 悪くても 費用のかからない公立学校へと移っていくことになる。
 ネパールでは 教育の機会均等など夢のような話である。
 親の収入によって、通うことの出来る学校が選ばれることになる。
 完全な格差社会が 子供の教育にもはっきり現れている。

 ネパールの私立学校は 人間教育の場所というより、
 組織化された塾のようなものである。
 ネパールの教育制度の中に SLC 高校卒業資格試験というものがある。
 この試験に合格しないと大学に進学できない。
 最近では 諸外国の制度に合わせ、私立学校も公立学校も10年制でなく、12年生に
 変わってきている。
 この高校卒業資格試験の合否、そしてその成績の上位を占める学生の数が 
 私立学校の良し悪しを決める判断になっている。
 だから、私立学校は 受験教育に没頭し、生徒の人間教育など二の次になってしまう。
 人間としての躾など 家庭で行えばいいのであって、学校の役割ではないとはっきり
 割り切っているようだ。

 日本の公教育のように 列を組んで整然と下校するという姿は 間違っても見られない。
 日本のようにといっても 私が小学校に通っていた頃は 右側歩行を指導される
 ぐらいで 皆 てんでばらばらに下校していたものだ。
 昔は今ほど 車の交通量もなかった。
 何はともあれ、一歩 家の外に出れば 子供たちは 自分の身は自分で護るより仕方が
 なかったのである。

 カトマンズの私立学校の生徒のように 傍若無人に公道を他人の迷惑を顧みず、
 下校していく姿も問題があるが、あまりに管理された日本の生徒たちの姿にも
 疑問が湧いてくる。
 あまりに従順すぎるような気がする。
 子供たちが本来持っている野生的なものを感じさせてくれないのである。

 私の近所の私立学校の生徒は 中産階級より少し下の生活レベルの家庭の子供たちで
 あるが、このレベルの人たちには 公という意識がないから、子供たちに公教育、
 公の躾を施そうという気はない。
 カトマンズでは 政府と家族という対立はあるが、その中間の共同体の中での
 公という概念がないから、道にゴミを捨てない、周りに迷惑をかけない、
 そういった公共の躾はほとんどないといっていい。
 昔は カトマンズに住んでいる人間は カトマンズの先住民族 ネワール族が大半で
 しっかりとした共同体があり、それなりのルールがあったが、今は、80%以上が
 カトマンズの外からやってきた人によって占められ、それぞれ わがまま放題に
 暮らしているというのが現状である。
 その象徴的な姿が 私立学校の生徒たちの下校時の姿である。
 カトマンズの人口増加が 様々な歪みを生み出しているのである。

 つい先日も 青少年の不良集団同士の争いがあり、16歳、17歳の高校生が殺され、
 二人は病院に運ばれたが、一人は 昨日死亡し、もう一人は未だに意識不明の重体だ。
 家族制度が崩れ、弱肉強食の社会制度や教育制度の中では 格差がどんどん生まれ、
 カトマンズの若者たちの心の歪みも生まれてきている。
 大人社会の歪みが そのまま若者たちの間にも蔓延してきている。
 それは 日本でも同じことである。
 日本でも近頃では 凶悪犯罪があとを絶たない。
 アジアでは その傾向に歯止めがかからないのは どういうわけだろう。
 何でもお金次第という風潮、アメリカの価値観が すっかり、アジアでも
 定着し始めているのである。
 本当にこれでいいのか、アジアはと 声を上げたくなる。


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 黒い鉄製の吊り橋の下には プラスティックの容器、ビニール袋、古着、
 空き缶などの廃品を集めて 生活しているインドからやってきた人たちの
 集落がある。
 そのすぐ横の路上に インド人の行商の菓子売りがやってきている。
 パニ・プーリと呼ばれる菓子を売っている。
 プーリとは インドでは 揚げたロティのことで 朝ご飯としてアチャール
 (インド風ピクルス)、そして甘いミルクティと一緒に食べる。
 明け方に 列車でインドの駅に着くと このプーリのセットを売りに来るのを
 目にしたものだ。
 揚げたてのプーリと少し酸っぱくて辛いアチャール、そして甘いミルクティと
 いうのは絶妙の組み合わせで 朝ごはんとしては最高である。

 そのプーリをもっと小ぶりにして 独特の匂いのある酸っぱいたれをかけて
 食べるのが パニ・プーリだ。
 カトマンズのいたるところで このパニ・プーリを売る行商のインド人の姿を
 見かける。
 私はたれの匂いがあまり好きでないので 1度試しに食べてみたが、その後は
 手を出さない。
 しかし、ネパール人やネパールにいるインド人の間では なかなかの人気のおやつに
 なっている。

 このインド人のパニ・プーリ売りがやってくると 廃品を集めている集落から
 子供たちや若い女の子たちが集まってくる。
 その顔つきを見ると 大半がインド系の顔をしている。
 パニ・プーリを売るインド人を囲む人々の様子を見ると インドのどこかに
 いるような錯覚を起こしてしまいそうだ。
 このあたりには 廃品集めを生業としている多くのインド人が住んでいる。
 集まっている子供たちや若い女の子たちはそのインド人の子供たちである。

 インドからやって来て、廃品集めを始めた当初は 住む場所もなく ビニールや
 竹を集めてきて 粗末なバラックでの生活であるが、当人たちの努力しだいで
 収入が増えれば、貸し部屋へと移っていく。
 ここに集まった若い女の子たちも 幼い頃は 親たちとともに貧困にあえいで
 いたのだろう。
 今来ている服装をみると おしゃれだし、小奇麗である。
 それでも 近くに行って写真を撮ると お金を要求された。
 小さいときの習慣はなかなか抜けないのかもしれない。

 しかし 貧しさから 抜け出すために親とともに努力し、生活を向上させてきた
 自負、自信、たくましさ、押しの強さを 彼女たちは感じさせる。
 他人の国で生活し、生活を向上させていくためには 必要な能力である。
 このインド人の強さには ネパール人は太刀打ちできない。
 それが ネパールの経済を インド人に支配される結果になっている。
 最近、とみにインド人の数が増えてきている。
 カトマンズのインド化に拍車がかかっているようだ。
 カトマンズの人口の半分以上は インド系住民によって占められているのでは
 なかろうか。
 インドの追従する今の政府では インド人の流入には歯止めをかけることは出来ない。
 カトマンズらしさ、ネパールらしさが どんどん失われている。


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 カトマンズとパタンを結ぶバグマティ橋を越えて パタン側に入ると 
 ハヌマン・タンと呼ばれるラーマヤナで知られる猿の王 ハヌマンの像が置かれている
 場所がある。
 クポンドールの大通りからこのハヌマンの像の横を右に曲がると 私がいつも通って
 いる道に入る。

 この道、雨期に入り、雨が降り続くと ちょっとした難所になる。
 この道筋、水溜りがいたるところに出来る。
 何年かごとに アスファルトを敷いて整備しているが 道の中央に政府の水道局の
 水道管が埋め込まれており、新しい家が出来ると 家に水道を引くために 道路を
 掘り起こすことになる。
 掘り起こした後、元の状態に戻せばいいのだが、ただ掘り起こした跡に
 土だけをかぶせて置くだけだから そこから道が痛み始め、そこがいつの間にか
 大きな水溜りの原因になる。
 水道の敷設にやってくるのは 政府に委託された業者、水道の敷設を頼んだ家主は
 工事費は支払い済み、本来ならこの業者がきちんと元の状態に戻すのが当然だが、
 そこまではやる気はないようだ。
 この地区の住民たちも仕方がないとあきらめているようだ。

 つい2年前に 道路拡張工事が始まったが、途中で予算がなくなり、そのまま
 放りっぱなしで 道路を広げたのはいいが、電柱は以前のままに据え置かれたままで
 あるから、不自然な状態のままにある。

 ネパールの仕事の大半はすべてこのようなもので 途中で予算がなくなると、
 中止になる。
 大きなプロジェクトであれば、予算は十分にあったはずなのに いつのまにかに 
 政治家や官僚の懐に入り、途中で予算不足になり、工事が中断してしまい、他国の
 援助を待つといったこともしばしばである。

 それが 私がいつも通うこの道に象徴されているわけだが、この頃は これは 
 ネパール方式なのだと気にしないことにしている。
 他国からの援助を期待していれば、責任を持って仕事を遂行しないというのも
 当然のことで 税金を払っていない国民が多数を占めるこの国では 国民の不満も
 大きくならない。
 汚職の多いこの国の政府 皆 如何にして 政府に払う税金を少なくするか
 そればかりを考えている。
 儲かるのは 税金の額を減らすために賄賂をもらっている税務署の職員ばかりである。

 確かに水溜りの多い道を歩くことは 不便なことには違いないが 
 耐えられない不便さではない。
 そんなものだと納得すれば、大して気にならなくなるから不思議である。

 便利さばかり追求していると 不便さに対する耐久力がなくなる。
 便利さには お金がかかるのである。
 多少の不便さを受け入れる心構えもなくして エコーなど遠い話である。
 戦後 アメリカ式のモダンライフを求めて、消費社会にどっぷりと漬かってしまった
 日本であるが この経済不況の中では 別の生活の仕方を考える必要があるだろう。
 経済成長という神話が 国民全体に何をもたらしたのか、ここ10年の経済成長が
 本当に国民一人ひとりに 幸福をもたらしたのか もう一度 しっかり考えなくては
 ならない。


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 カトマンズの街では 長年にわたって、水不足に悩まされている。
 私の住んでいる地域は特に水不足がひどく、この1ヶ月以上 政府の水道水の供給は
 ない。
 この地域の住民は 日夜 水を求めて 右往左往している。
 今から25年前は カトマンズ盆地内の人口も7,80万、今は3百万を越えている
 ようだ。
 25年前は カトマンズ市民が水不足で困っているという話は 耳にしたことは
 なかった。
 今から250年前まで カトマンズ盆地を支配していたネワール族のマッラ王国時代に
 造られた地下水を利用した石造りの共同水場 ドゥンゲ・ダーラと政府の作った給水
 施設でどうにか事足りていたが、あまりの人口増加の激しさに 水の供給が追いつか
 なくなってしまった。
 その上、農地は減り、住宅地が増え、雨期に降った多量の雨は 地面に吸収されず、
 蓄えられることもなく、バグマティ川へと流れ出し、地下水の水位も下がる一方である。
 今まで使えていた井戸も 手押しポンプのパイプも 再び掘り起こさないと 地下水に
 届かなくなってしまった。
  
 カトマンズでは家を建てたとき 道に面していれば、1階を店舗、2階を貸し部屋、
 3階に大家が住むというパターンが多い。
 道に面していなければ、1,2階が貸し部屋、3階が大家の住居になる。
 そうした家では 庭に井戸を掘るか、10メートル以上の鉄のパイプを埋め込み、
 手押しポンプを備え付けるが、今年のように雨が降らないと、地下水の水位が下がり、
 水が出なくなってしまう。
 政府の水は供給されない、備え付けの井戸や地下水を汲み上げる手押しポンプが
 使えなくなると、家の外にある水を探し回ることになる。
 バグマティ川の岸辺周辺の共同水場、路上にある共同使用の水の出る手押しポンプの
 水を捜し求めて、歩き回ることになる。

 私の住んでいる場所であれば、500メートル先のバグマティ川岸辺の水場に行くか、
 クポンドールの大通り近くにあるシバ寺院横の700メートル先の水の出る手押し
 ポンプのある場所まで水を汲みに行き、家まで運んでこなくてはならない。

 そんな人々の様子を見かねて、近所の有志がお金を出し合い、水汲みのための
 手押しポンプを備え付けた。
 近くの建材店はパイプを、別の店の人間は砂と小石を、ほかの人間は工事のための
 人件費をといった具合に協力し合ったのである。
 この手押しポンプが出来たお陰で 間借り住まいの人々の負担はずいぶん軽減された
 ようだ。

 お金と物を出し合った人たちは 比較的豊かな人たちであり、水に関しては 
 自分たちで解決できる人たちである。
 中心になって動いた人たちは 昔からこの場所に住みついているネワール族の
 人たちである。
 彼らは土地持ち、家持だから、当然 家には間借り生活者がいる。
 一石二鳥の面もあったのだろうが、この地域では まだまだ人々の協力体制が
 残っている。

 やはり、中心になって動く人たちは ネワール族の人たちである。
 彼らにとっては カトマンズは生まれ故郷であるから、どこかカトマンズを
 愛する気持ちが強く残っている。
 もし、ネワール族がカトマンズにいなかったら、カトマンズは もっとひどい街に
 なっているだろう。
 カトマンズのネワール族の利に敏い性格について いろいろ言う人もいるが、
 人口増加の激しいカトマンズで どうにかこうにか治安を保つことが出来るのは
 彼らの存在が大きい。

 この出来たばかりの水汲み手押しポンプが それを象徴している。



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 カトマンズの計画停電の時間帯が 夕方6時から8時まで際には 電気が来るまでの
 間、近所を散策することにしている。
 今、お気に入りの場所は カトマンズのタパタリのバグマティ川沿いに建つ
 寺院周辺である。
 このあたりに建つ寺院は 19世紀初頭から中期にかけて建てられたものが多い。
 ラーマ寺院、ナラヤン寺院は サハ家の王を幽閉し、ラナ家の専制政治の創始者
 ラムバハドール・ラナの建てたものであるし、その先にあるマハデヴィ寺院は
 サハ家の三代目の王の王妃が 亡き王を偲んで建てたものだ。

 このあたり 多くの古い寺院が建ち並んでいるわりには 外国人観光客の姿は
 なく、快い静寂が 寺院の敷地内を覆っている。
 そんな寺院の一隅で 夕方になると 夕餉の支度を始める若者がいる。
 この寺を囲む無料宿泊所に住みついて若者である。
 カトマンズのこうした寺院を囲む建物は サドゥーや貧しい人たちの生活場所に
 なっている。
 早くに住みついたものは 建物付属の小さな部屋に住んでいるし、部屋を手に入れる
 ことの出来なかったものは 雨露をしのげる回廊のような場所に寝泊りしている。
 この若者もこうした人々の中の一人である。

 インドで働いていたが 仕事を失い、村にも帰ることも出来ず、カトマンズに
 やってきて どうにか日雇い仕事で食いつないでいる様子だった。
 グルン族の若者で 村の人間の素朴な性格は まだまだ失われていないようだった。

 夕方6時を過ぎると 夕餉の支度をいつも始めるようだ。
 レンガと石で簡易なかまどを造り、近くから、木切れを拾ってきて 燃料にしている。
 すぐ近くには 24時間地下水の出る水場もある。

 このグルン族の若者と話をしながら、彼が作っている料理を眺める。
 ご飯のほうはもう炊き上がり、彼の脇に置いてある。
 おかずは 今 作っているもの1品だ。
 トマトと大きめの唐辛子をジラと呼ばれる香辛料で味付けした質素なおかずである。
 ご飯とこのおかずで栄養のほうは大丈夫なのかと心配になる。
 普通は これにダールという豆汁と加えれば、ダール・バート・タルカリ(豆汁・飯・
 野菜カレー)というネパール人の一般的なメニューになる。
 この若者の夕食には タンパク源になるダール(豆汁)がない。
 ダールを料理するには 圧力鍋がいる。それがなければ、豆が煮込まれるまでに
 時間がかかってしまう。
 若者の持っている料理道具の中には圧力鍋はない。
 金目のものを持って、こんな回廊での暮らしは出来ない。
 彼が仕事に出ている間に 盗まれてしまうこともあるからだ。

 彼の作って食べる料理を見ながら、食とは何だろうと考えてしまう。
 ネパールやインドでの庶民たちの食事を見るにつけ、贅沢な食事を志向しなくなって
 いる私であるが、彼の夕食の献立を見ていると、生きていくための最低のものを
 食べていることがわかる。
 こうした食事を見ていると 贅沢な食事に対する罪悪感のようなものを感じるように
 なってしまう。
 私はこの国の人間ではないから、この若者のような食事をしていると 
 必ず栄養失調になってしまう。
 彼らは米の飯でお腹を一杯にする。

 昔、キルティプールというカトマンズ公害の町に住んでいたことがあるが、
 ネパール人並の食事をしていて 半年で10キロばかり痩せてしまったことがある。
 彼のような食事の形は無理だが、外で食べるときには カトマンズ市民が
 たむろするようなローカルレストランでローカルなものを食べることにしている。
 ここ何年か、カトマンズにある日本食レストラン、西洋人の集まるタメルあたりの
 洋食レストランで食事をしたことはない。
 カトマンズの庶民たちの生活、特に食生活を見ていると どうしてもそんな場所へと
 足を運ぶ気持ちにはなれない。

 グルメ、グルメと狂ったように取り上げているテレビ番組、それに群がる無節操な
 日本人を思い出すにつけ、やはり この世の中は 何が間違っていると感じてしまう。
 海外旅行に民族移動のように出かけ、日本人たちは何を見てくるのだろう。
 そこで育ったと思う国際感覚とは何だろう。

 ストリートチルドレンの援助のためにやってきた日本のNGOの連中が 
 夜な夜な日本食レストランで ビール片手に食事をする。
 この人たちにとって 社会の最下層で生活する人々の姿はどう映っているのか
 疑問が湧いてくる。
 想像力の枯渇したところからは どんな共感性も生まれては来ない。
 心の病んでいる日本人が ネパールにやってきても人間を共感的に見つめることは
 出来ないだろう。
 お金が解決するものはものの世界だけで 心の問題は解決してくれない。


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